読めない手紙

「わたしはあなたを知っていますか」

静かな目と声で尋ねられれば
からだの中心を針が抜けていく気がする
それは季節のわりにあたたかな午後
道の脇を歩いている猫と
梢の先にとまっている鳥
いくつかの視線が彷徨って
ぷつりと重なってはほぐれていく

映るものの正しさに
さした価値などないと言ったのは
古びた聖書を抱えた靴磨き
ひとさじの幸福を数えるものさ
と鼻唄をまじらせたのは
片腕を失った銀細工師

すれ違うたびにふれる肩の
わずかな痛みと届く振動
ここで天使が踊っていたというのは
もうずいぶん昔のことのようだ
今は眠っている、
そこに
お伽話のやわらかさの羊
傍らに横たわり
白詰草の花冠を編みながら
少女は四つ葉を食んでいた

「どこにいきたいの?」

歩き続けるうちに
足音は半音ずつずれていく
数えるときに指を折る癖が
抜けないまま繰り返される
階段をあがってゆくにつれ
迷子になることが増えた
靴底に穴を開けた少年の背を
目を細めて眺める

いつか手紙を書くことにして
振り返ることはやめた
最初の問いかけの答えは
気が向けば記しておく


ここまでお読みくださり、ありがとうございました