沈んだ鯨

寝室の床につけた爪先から
花々が開いてゆく心地がする
まだ世界が眠っていることを呼吸して
瞬きをいくどか繰り返した

分厚いカーテンの隙間に
手をさしいれて
引っ張りだした夜は水溶性だった
濡れた頬がいたむのは
鯨の歌を思い出したから

(死ぬときには)
(群れをはなれるのだって)

誰から聞いたかは忘れたまま
歌う真似をする
孤独のかたまりが深く
沈んでいき
耳の底で透明に響く

カーテンの向こう側は
泳いでいくには冷たい
たむける花を摘むように
手は祈りのかたちにした
かき集める骨の重みは
指先からこぼれていく
やわらかいままのくちびるを
いたみに埋もれさせて
かえりたかった場所を
囁く

骨捨て場に横たわった鯨の
最期の声が呼んだ名を
少しだけ知りたくなった

カーテンを開ければ
とうに朝が来ていた


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