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孤独の美学より老醜を選ぶ

石田某には小賢しい発言が侭ある。

30代の頃、川崎のストリップ小屋でみた景色は、理想の老いだと思った。

女性看護師の付き添いで、鼻に酸素チューブを付けて車椅子に乗り

かぶりつきで、嬢の股間に顔をむける。

おじいちゃん、見える?

近づいた嬢に頭をなでられながらも必死に手を叩く。声は小さくフガフガとしか聞こえない。

老醜、色惚けであるが、悦ぶ姿は幼境にかえり無邪気とも云える

老いの孤独など、何処にもない。

「最近、ゴミ置き場が乱れんから、あのジジイきっと縊によったわ」

そんな死と

介護士のオイドをなぜては、「おじいちゃん、オイタしたらあかんやろ!もうボケてもそこは忘れへんのやなぁ」と頭を小突かれて生きるのと

どっちが幸せな人生か。

荒川さんの云うとおり、まずはスナックに通い、若いもんに混じって下手や名と笑われながら趣味を謳歌し

最後は人に囲まれて死ぬ。

老醜こそ、理想。孤独の美学を追究するのは若いうちが良い。

小賢しいプライドなど老いては無用。

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