小説「くみくん」

 くみくんは馬鹿でろくでなしのくせに、すぐ葛藤するので、あたしが悩み相談に乗ってあげている。彼は本当に馬鹿で、本当にろくでなしで、二人の女性を同時に好きになるなどしては二人ともと両想いになり、肉体関係を持ち、やがてバレて二人がかりでボコボコに殴られ、蹴られ、流血沙汰を引き起こすなどしている。そうしておいて「流れたのが俺の血だけでよかった」と真顔で言うなどしている。馬鹿だ。あたしは頭の悪い奴と話していると反射的に手が出そうになる。普段はもちろん、堪えているが、くみくんなら殴っても許してくれそうという甘えから、時折、顔をグーで殴ってしまう。
 「ごめんね。顔くらいしか取り柄ないのに」
 モラルへの意識が高い人が聞いたら抜刀しそうな意地悪をあたしが言っても、くみくんは
 「一個ありゃ十分だって!」
と謎に笑顔だった。
 くみくんは何をしても許してくれる。酔っ払ったあたしが道路上で靴を脱いで、その靴のヒールの先端でふざけてくみくんの股間をぶん殴ったときも、痛みに悶絶してはいたが、怒りはしなくて、「今度からカリナさんが靴脱いだ瞬間にその場から逃走するわ」と言っただけだった。くみくんはそういう奴だ。そういう奴だから、周りにわんさか人が寄ってくるんだと思う。あと、エロい。なんとなく雰囲気がエロい。長めの前髪から覗く睫毛バサバサの目とか、どことなく幸薄そうなところとか。だから、異常にモテて、馬鹿だから言い寄ってくる女性を上手く捌けなくて、あっちともこっちとも寝ちゃって、流血沙汰になる。あたしはくみくんとは寝ない。くみくんを神聖視してるからなんだけど、それを言うと絶対、アイツ、調子乗るから、「あたし、あんたには欲情しないの」とだけ言っている。
 あたしたちはめんどくさい。あたしはもちろんのこと、くみくんも相当、めんどくさい。馬鹿な上にめんどくさいので、くみくんはどんどん沼の底に沈んでいく。抱かれた女たちはそれでもくみくんの身体にしがみついて、自ら望んで沼の底に引き摺りこまれていくから、もうどうしようもない。あたしは沼に入りたくないから、慎重にくみくんとの距離をとっている。めんどうごとは嫌いだ。めんどうなのは自分の内面だけでいい。
 「コドモだけはできないようにしなね」
 そう言って、あたしはいつもくみくんにコンドームを買い与える。あたし以外の女と使うためのコンドームだ。
 「可愛くてエロけりゃ大抵のことはどーとでもなるけど、可愛くてエロいばっかりに奈落に落ちることもあるからさ。ゴムはちゃんとつけるのよ?」
 あたしがきつく念を押すとくみくんは
 「ん。わかった」
とあどけなく笑った。

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