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変わりゆくものと変わらないもの

僕の怠惰がまた暴れ出している。

山小屋を何気なく前方より眺めると、
その草勢の激しさに驚く。

何処もかしこも草だらけ。

まるで緑にペイントしたよう。

最早この見た目で貫こうかと心の折れかけるが、
流石に大家が黙っていないので、
泣く泣く草刈りを開始する。

無論、電動草払機は使えない。

非常に狭いエリアである上に、
ゴツゴツとした岩が覗いているのだ。

バックガーデンが広々としているのとは真逆である。

垂直面へへばり付くように生える草も刈るとなると、
矢張り手鎌で行くしかない。

日の傾き始める時刻。

屋外は幾分涼しい。

マリーゴールドはミントのように爽やかに香る。

そのあわいより顔を出す猫じゃらし。

彼らはどうすれば刈られずに済むかを良く知っている。

人の植えたものに沿って生えれば滅多に抜かれない。

僕は問答無用で引き抜くけれど。

植物たちの知恵の深さに感銘を受ける。

周囲の薄暗くなり視界の利かなくなる前に終わらせなければと、
徐々に焦りを覚える手元。

幾度と無く誤った刃先が自らの手を傷つけるが、
それを気にする暇も無い。

うず高く積み上げられる草の山。

僕が怠けて来ただけ山は高くなる。

それをまた集積場所へ運ぶのが重労働。

ツケはいつか回って来る。

早く支払ってしまうに限る。

後悔先に立たず。

山小屋は闇に溶ける。

何とか終わらせた僕は部屋へ戻ると、
バタリとソファへ倒れ込んだ。

滝のような汗をかいている。

眠りこけそうな疲労感を押してシャワーへ。

昼間にハヤシライスを作っておいて正解だった。

直ぐに食事へありつける幸福。

重曹とクエン酸で作った炭酸水は最高に身に染みる。

僕が正に最初の一口を口へ運ぼうとしたその時、
窓枠をカリカリと引っ掻く音が聞こえる。

はて、
と思って視線を向けると、
可愛い顔が懇願している。

すっかり失念していた、
ここ数日僕のメメは外出していたのである。

茶色の雌猫は大きな瞳を一段と大きく丸く僕を見つめる。

すかさず窓を開け放つと、
勢い良く飛び込んで来た彼女は、
泥まみれの手足でテーブルを歩く。

「メメ、ちょっと待った!」

僕は彼女を掴み上げて両手足を洗わせると
(無論彼女はにゃあにゃあ鳴き喚いた)、
平生は箪笥の上へ出すご飯をテーブルに開けてやった。

しかし、
彼女はそれに見向きもせず、
蛇口を捻ろと催促して来る。

流れる水を器用に舐める彼女に、
僕は少し安堵する。

在るべきものが在るべき場所へ存在していると言う、
安心感。

変化の下に横たわる、
普遍性。

僕を取り巻くもの全てに、
感謝しようと思った。

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