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混沌たる日々

ぬか漬けは、我が家のサラダのようなもの。

発酵している分、生野菜より栄養価が高い、そして、ご飯に良く合う。

まだ漬かり切らないナスを齧りながら、僕は不図昨日の事を想起する。

美しい金髪にあどけなさの残る笑顔。

食や農と言った事へ大いに関心がある様子で、
僕の話を真摯な面持ちで傾聴してくれた。

町の雑貨屋で店員として働き、
忙しいけれど楽しい日々だと、
笑顔で語った。

その彼を仮にアーロンとしよう。

アーロンのアパートメントは町の外れに位置している。

美しい高級住宅地を背負い、最奥は僕の住む森の方向へ通じている。

この地域内の所謂集合住宅の集まる場所で、
様々の形状の(多くは三角屋根の)、色とりどりの住居が並んでいた。

「僕の自宅はそこです。あの白い屋根に黄色い外壁の。」

そう言って指差した方向には、
こじんまりとした可愛らしいアパートメント。

「ワンルームだけど広くて使い勝手が良いんですよ。
もう五年近く住んでいます。」

そう言って笑う彼の顔や歯並びを見ていると、
心身共に健康なのが伝わって来る。

美しい人は中身から美しい。

彼とはまた会う約束を交わし、僕は帰路に就いた。

ここから僕の山小屋へはそう遠くない。

特別何をか為した、と言う事も無い日だけれど、
人と触れ合い、言葉を交わす、
この行為だけで僕は随分と元気を取り戻した。

体に良いものを摂取する、それはまことに結構な事ではあるが、
それだけで人間が元気でいられるはずも無い。

どれだけ健康的な生活を送ろうと、
人間関係の外側に独りでいる事は不健康だ。

それはアーロンが教えてくれる。

彼の友人に囲まれたプライベート、
適度に健康的な食生活。
(彼はアルコールも好きだし、スナック菓子はもっと好きだと言った。)

何より、日々の生活を最大限に楽しんでいる、
大変な事も楽しい事も、半分ずつあるのだと。

そんな彼を思い、僕の脳内には忽然と疑問が浮かぶ。

僕は如何して山で自然農をしたいと思ったのだろう、と。

何がきっかけだったのだろう。

何が僕をこの山小屋へ導いたのだろう。

考えれば考えるだけ、僕は僕と言う人間が分からなくなる。

しかし、一つ言える事は、
僕は矢張り、この生活に憧れを抱いていたと言う事だ。

過去の憧憬と現状とは必ずしも一致しない、
否、殆どの場合できっと異なる。

それが何だ。

僕は今の僕だ。

過去でも未来でも無い。

その僕が思い描く生活を、その通り実行するだけだ、
それが例え過去の僕の意図に反していても。

早々に秋が来れば良い。

ぐだぐだと回り続ける思考に一旦終止符が打てる。

終わりは始まり。

そろそろ始まる時だ。

ナスのぬか漬けはもう少し待つべきだったと、
笑って上から醤油をかけた。

全く、何もかも僕を焦らしてくる。

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