見出し画像

無い!からのリカバリー②

一瞬ないけど用意する話の続きです。

前回の話はこちら↓

明日の席札がない/明日のグラスを割る/カメラマンが来ていない/料理を落とす ほか



ケーキがない。

天井まで届くほどの白いウェディングケーキ。
あれは入刀の時に運ばれてくる今般の生ケーキとは全く違う。

高さ2~3mもあるアレは、シリコン製である。セッティングの際にバックヤードから会場内まで運ぶのだが、台車に乗せても入口のドアを通らないので、横にして入れなければならない。全花嫁の憧れ、夢のウェディングケーキを肩に担いで闊歩している姿は、決して中を見ないでください的な闇の作業なのである。

ある日の披露宴、新郎新婦が入場し主賓祝辞が始まった。このあとケーキ入刀だ。準備を、、

「!!!」
高砂のステージ上を見た瞬間、漫画のようにケーキの形の点線が瞬き、私の頭の上にはびっくりマークが3つ出た。ケーキ台には何も乗っていない。ケーキが、無い。

どうしよう。脳みそフル回転で対策が3つ思い浮かぶ。
 ①台車に乗せて料理の鉄人のBGMで派手に入場させる。
 ②乾杯後に、どさくさに紛れてセッティングする。
 ③「これは透明のケーキです」と言ってエア入刀する。
・・・いやいやダメだ。嘘をついてはいけない。

①をする勇気はなく、②が無難である。
PAの私は司会者とアテンダーに「次、乾杯です」と進行順の変更を短く伝えた。乾杯になり全員が料理に気を取られている間に、男性スタッフが「通常運転ですけどなにか?」みたいな涼しい顔をしてケーキをセッティングした。台車からケーキ台に移す時に近くの席のゲストに気づかれ少し笑われたが、とにもかくにもケーキ入刀ができてよかった。


ケーキがない。リターンズ

時代も移り替わり、本物のウェディングケーキが人気になった。食べ物なので最初から飾っておくことはせずに、入刀の直前に出す。

宴中、冷蔵庫にケーキを取りに行ったスタッフが小声で言った。
「あの、、ケーキが無いです」

レストランではウェディングケーキ制作まで手が回らないため外注していた。入刀の時間までに厨房の冷蔵庫に届くことになっていた。

「ケーキが無い?そんなはずは、、」
冷蔵庫の中を見た瞬間、漫画のようにケーキの形の点線が瞬き、私の頭の上には「???」はてなマークが3つ出た。デジャブだ。すぐにケーキ屋さんに電話をした。
「今日のケーキがまだ届いていないようなのですが」

道が混んで遅れているのかと思ったが違った。
明日だと思っていた?まだ全然作ってない?急いで作る?!
いや絶賛パーティー本番中である。おひらきまでに間に合うのか。
「ケーキ入刀はお色直し後にします」私は進行順を大幅に変更した。

それから1時間後にケーキは来た。……恐ろしすぎる。
スポンジ焼いといたから良かった~とかいう問題か。寿命が縮むわ。

指輪がない。

その日はガーデンの木の下での結婚式。
風が強くリングクッションに乗せた指輪はブライズルームで待機だ。
挙式の始まる直前に挙式台に持って行こう。

しかし後でやろうと思っていることは大概忘れる。
新郎新婦が入場し結婚式が始まっても、忘れたことは忘れているのだ。
緑の木々と白いドレスのコントラストの美しさよ。笑顔の眩しさよ。
「続いて結婚指輪の交換です」司式者はそこまで言ってから、あれ?指輪は?と小声で言った。

全ゲストの全まなざしと全カメラが集中する指輪交換のシーンに、指輪が……ない。この事実のみがいま、白日の下にさらされた。
全員がすぐに察した。忘れたんだろう。

はい、忘れました。(急いで持ってきます!)走れ。



常温のビールが無い。

結納の宴席で、お父さんが言った。
「ドイツではビールは常温で飲むんだ。冷えてないビールを持ってきてくれ」
ここはドイツではないが、「はい」と言ってバックヤードに下がった。ビールなどその辺に転がっているだろう。私は放置ビールを求めて搬入口や倉庫を探した。しかしその日に限ってすべてのビールが冷蔵庫に入れてあり、常温の放置ビールは1本もなかった。

いったい何のために変なオーダーをするのだ。意地悪なのか?冗談なのか?

私はお父さんに常温のビールを出すために、冷えた瓶ビールを湯煎した。やりすぎるとホットビールになってしまうので付きっきりで湯煎をしていると、通りすがりの同僚が「何やってんの」とのぞき込む。どこの世界にビールを湯煎するやつがいるというのだ。本場ドイツ人もびっくりだろう。

初めてのことで加減が今ひとつわからなかったが「お待たせ致しました、常温のビールでございます」と一か八か出してみた。お父さんはうまいうまいと飲んだ。

それから数か月後、両家の結婚式の日が目出度くやってきた。もう湯煎は御免だ。放置ビールに【お父さん用 冷やさない】と書いた紙を貼りキープした。

言われる前に持って行き、敢えてのぬるいビールだと他の客に周知しつつ「お父様、常温のビールをお持ち致しました」と言うのだ。

しかしそんな私の自己満足に、お父さんは「はぁ」とそっけなく、結納の時のことなんてすっかり忘れている様子だった。
待って。わざとぬるいビールを出すイヤミなやつみたいじゃん!誤解しないで。いやわざとなんだけど、好意だから!好意!!



以上、一瞬ないけど用意する【無いからのリカバリー】の話でした。


現場からは以上です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?