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値打ちと、お値打ち。期待と満足について素人なりに考える。

某マフィンの食中毒のことでSNSは大騒ぎ。
3000個も売れるの?! いったい1個いくらなの?
東京ってすごい。田舎の私はただただ感心するばかり。
東京はごった返す人やモノに紛れて何でもよく売れる。

グルメの話、ではない。

食べ物にあまり執着がない。
お昼時には待たずに入れるお店に行くし、SNSで見た「話題の○○」目当てで休日にわざわざ遠くまで食べに行くなんてことはしない。女子力高めのカフェの話題にもついていけないし、食べた後いちいち感想を言うのも好まない。グルメ番組の食レポさながらに感想を言う癖がついている一般人に告ぐ。どの面下げて品評する?無粋な。

執着がないというのは飽食ニッポンの副産物に他ならないが「いただきます」「ごちそうさま」は今も日本独特の美しい挨拶の習慣。
食べ物への感謝は忘れまい。(←ココ大事)

サイゼリアのポモドーロ 400円

コンビニ弁当よりもお手頃プライスの、あれ。
作り立てのフレッシュ感がある、あれ。
割れない素材の中でもチープになり過ぎない木のお皿の、あれ。
座ったら目の前に出され、食べたら帰っていい、あれ。
ごちそうさま。

その驚異的な安さ故、あまり期待しないで食べるから満足度のハードルが下がるのか。3日に1度は食べたくなる「あれ」だが、私は自分自身に問う。もしも驚異的な安さでなかったら満足度は下がるのだろうか。あるいはそのポテンシャルの高さから、大きめの白い皿にのせてイタリアンパセリをチョンとあしらい、おしゃれなカフェでおしゃれ料金プラスで提供されたとしたら、同等かそれ以上の満足感を得られるのだろうか。

「値打ち」それはコスパという単純なことではなく、期待値と満足感の秤(バランス)だ。高すぎない期待と、それを少し上回る満足度というのが商売的にも最適、持続可能な値打ちバランスだ。

ところで期待と満足とやらはいったい何に起因するのか。
モノやサービスの質が良いこと、安いこと、購買欲求を満たすこと、お腹がいっぱいになること、買うタイミング、使う目的、要望が叶うこと、効果があること、他人からの評価が高い、流行のもの、たのしい気分、優越感、便利、カンタン、、、、


デニーズの牡蠣パスタ 1859円

某シェフ監修の牡蠣パスタを勧められるがままに食べながらも私は「値打ち」について考えていた。

人気レストランの有名シェフのパスタがファミレスで気軽に食べられる。最近セブンイレブンでも有名パティシエ監修のクリスマスケーキと謳っていて気になっている自分がいることに気づく。グルメでもないし食べることに執着もない、おまけに甘いものは苦手の私が…である。

これは、美味しい・食べたいの問題ではなく「期間限定」「有名シェフ」この2つに起因する野次馬的行動パターン、まさにセブンアンドアイの思うツボである。嗚呼・・・こんな人がイベントに行ったら山積みマフィン爆買い必須だ。事前に何の情報も持ち合わせずいそいそと赴き、その場の雰囲気のみで飛びつくのだ。こんな浮かれ足の野次馬を、質実剛健のサイゼリアは嘲笑するだろう。

結論デニーズの値打ちとは、ランチタイムでも並ばずに入れて少し長居しても怒られない暇つぶしに最適な場所(個人的見解)。故に某シェフ監修の牡蠣パスタはおまけのおまけである。ごちそうさま。

手作り体験 石窯ピザ 4000円

色とりどりのフラッグが風に揺れるアウトドアマルシェ。エントランスを入ると石窯の火がワクワク感を煽って来た。
ピザ体験の時間と定員が張り出されている。お揃いのTシャツを着たスタッフさん達が「こんにちは!」と笑顔を向ける。
やりたい!やりたい! 料金も見ずに申し込む。

前述のセブンアンドアイと同じく、有名人の冠がつき今日だけ・10人だけ、の限定感。さらには手作り体験だ。この演出で料金は簡単に2倍になる。
嗚呼・・・私は味や料金は二の次の野次馬代表の人間だ。犬を連れてマルシェに行き娘と一緒にピザを作って遊びたいだけなのだ。こんな浮かれ足の野次馬を、持続可能なサイゼリアは嘲笑するだろう。

さて、ピザのメニューは2つから選べた。
①旬のキノコとトマトソースのピザ 
②旬のフルーツと蜂蜜のピザ 
ふつうの①に即決である。現に一緒に体験をした人たちも全員キノコピザだった。

これはユニクロでいうところの「全50色のフリース」何種類あっても最終的に選ぶのはベーシックな色だ。しかも50色の壁の前に立った時点でフリースを買うことは無意識下に確定している。なぜなら「買うか買わないか」から「ピンクか黒か」に論点がすり替わっているのだ。あ~こわいこわい。

ピザは正直キノコでもフルーツでも何でもよかった。丁寧に素材の説明をしてくれているスタッフさんには申し訳ないが全く聞いていない。手作り体験とかいちご狩りといった類のものはエンタメ性でしかない。だいたいそもそもマルシェイベントに行っている時点で、買うも食べるも遊びなのだ。
楽しかった。ごちそうさま。

ほら、あれよ。神社のお祭り。
いい匂いに誘われ屋台の焼きそばを買い、家に持ち帰って食べた時の意味不明感。お祭り屋台もエンタメ系だ。

値打ちとお値打ちを野次馬が語る。

夜スーパーに行くと【半額!】などとシールが張られたお惣菜が物憂げに並ぶ。疲れた背中にもシールが貼ってあるのではないかと自身を疑う瞬間である。ビールで胃に流し込む。便利。ごちそうさま。

「値打ちがある」というのは品質がよく少々値が張っても手に入れる価値がある、「買って損はさせませんぜ」的な意味合いで使われる。高い安いの問題ではない。

「お値打品です」は質が良いのは前提だが「ちょっと安くてお得だよ」というニュアンスが含まれる。もともとは名古屋の言葉だそうだ。衣服などには良いと思うが、夜の半額お惣菜の表現には「お買い得品」が適切だ。

値打ち商売

商品を作って売る側としては、「この商品はいくらで売れるだろう」「誰が買ってくれるだろう」「喜んでもらえるだろうか」と常にモノやサービスの価値を考えている。

この商品の価値は一体なんだろう。
単に安売りではない、にもかかわらず満足感をゲットでき「安かったです!」と言ってもらえるものとは。
無くてもいいけどあったら嬉しいものとは。

生きる上で必要なライフラインとしての「食料」と「食事」の価値の違いを考える。不要不急と言われた、心を満たす芸術や文化について考える。

満足感の最大到達点はプライスレスだ。”何物にも替えがたい” それが値打ち商売の醍醐味だろう。


しらんけど。

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