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そば-2「冷たいそば」こそがそばの基本であるという2大理由

前回の記事では、冷たい「もりそば」こそがそばのうまさを最大限に味わえる食べ方である、と書きました。ではなぜ温かいそばではなく、冷たいもりそばなのか、今回はその理由をさらに掘り下げて、詳しく話してみたいと思います。


重要なのはフレーバーとテクスチャー

 私はそばが好きなので、時間を見ては気になるそば店を食べ歩いているのですが、その時食べるのは、ほぼほぼ「もりそば」です。店によっては「ざるそば」とか「せいろ」とか呼んだりもします。いずれ冷たいそばが大基本であるのは、そば好き共通の認識であると思います。
 
 食を分析した研究によれば、人が食べ物をおいしいと感じるための要素は味や匂いのほかにも、感触や見た目、音など色々あるわけですが、中でも「風味」(フレーバーつまり味と香り)と「食感」(テクスチャー)の2つがおいしさに大きく関与しているといわれています。
 食感がそこまで重要だということは意外かもしれませんが、茹で時間が適切でない麺や、水加減を間違えたごはんが全くおいしくないことを考えれば、理解しやすいかもしれません。

 それを踏まえて、なぜ温かいそばではなく、冷たいそばなのかという問題について、そばの「風味」と「食感」に絞って考えてみましょう。

 繊細で上質なそばの風味

 ではまず「風味」についてですが、そば自体の風味というものは繊細であり、ともすれば見過ごすほど微かなことさえあります。だからこそ、そばのうまさを味わったときには、無上の喜びを感じるのかも知れませんね。
 ところが冷たいそばではよくわかる風味が、温かいそばではあまり感じられなくなるという現実があります。その理由は温かいそばでは麺が汁の中に入っているからであり、汁から麺をつまみ上げたとき、麺の表面を汁が覆ってコーティングしているので、そばの香りが鼻まで届きにくいためなのです。
 
 しかし、冷たいそばもつけ汁に浸すではないかといわれるかも知れませんが、冷たいそばは昔から汁に「ちょん付け」して食べるものであり、どっぷり浸すのは野暮とされてきました。
 そうすることで、箸でつまんでいる部分には汁がついておらず、そばの香りが鼻にしっかり届くというわけです。そのためつけ汁は辛めに作られています。さらにそしゃく時に口中で放たれるそばの香りが、口の奥から鼻へと届けられるのですが、これも冷たいそばの方が感じやすい理屈になっているのです。
 

食感は麺を食べる悦び

 ではもうひとつの要素である「食感」はどうでしょう。そばは、すすった時のしなやかさや口当たり、舌ざわり、かんだ時の弾力、そして喉を通る感触までが、おいしさにつながる重要な要素になっています。それほど食感は重要であるといえ、これは麺類全般に共通する大きな魅力となっています。
 手打ちそばの世界では経験を重ねた職人が、最上の粉を選び、卓越した技を駆使してそば打ちをするわけですが、つまるところ、そば打ちとはこの「最高の食感」を追い求める行為といってもいいでしょう。これは小麦粉(つなぎ)を加える案配でも大きく変わります。
 
 さらに提供する際には細心の注意を払って茹で上げ、水洗いし、冷水で「締める」ことまで行って、しなやかでしゃきっとした極上の食感を作り出しているのです。
 これは温かいそばでも同じ工程を踏むのですが、最後に温かい汁の中に浸されるため、そばの表面がぼやけてしまいます。つなぎの入った二八ならまだいいのですが、九一や十割ともなると伸びやすく、後半には汁の中でとろけてしまうこともあります。そば粉にはグルテンがないため、うどんとは決定的に違うのですね。
 
 つまり温かいそばは、麺としてのそばを楽しむというより、かつおだしの上質な汁や、汁にのせた天ぷらなどの具を楽しむことに重きを置いた食べ物であるのです。もちろん繊細で極上のだしがきいた汁は、思わずため息が出るほどうまいものですが。
 食べ物の好みは人それぞれなので、温かいそばが好きな人の気持ちもよくわかりますが、同様に冷たいそばのおいしさも、ぜひ味わってもらいたいと思うのです。
 
 本式の手打ちそば店でも、お客さんの需要もあるので温かいそばを出しているお店は多いのですが、店では丹精込めて打ったそばそのものを味わってほしいので、冷たいそばがお勧めとわざわざメニューに書いているところもあります。中にはハナから温かいそばをメニューに入れていない店もありますね。

(#003 2023.07)
 


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