見出し画像

そば-1 そばの魅力を語らせてくれ

そばとは、つくづく奥の深い食べ物です。そばのおいしさとはとても繊細ですが、それを決めているのは「風味」と「食感」であるといえます。記念すべき第1回では、その2大要素を深く掘り下げ、そばの持つ魅力を考察してみたいと思います。
 

そばといえば冷たいもりそばという話

 そばとは日本独特のものであり、多くの日本人が好む食べ物といえます。一般にそば好きがそばという場合、茹でて冷やした「もりそば」のことを指すでしょう。もりそばこそがそばのうまさを最大限味わえるメニューといえます。

 そば(冷たいもり)とは、麺状にしたそばをそばつゆにつけて食すという、極めてシンプルな食べ物です。とりあえず薬味はあるものの、ほかの麺類でいうところの具さえもないのですから。それでいて一旦その魅力にはまってしまえば、たとえ他県の店であっても喜んで食べに出かけるのですから不思議なものです。
 
 そばという料理はどれだけ素材の味(そばの実の持つ風味)を引き出すかにかかっており、そのために引き算を重ねて徹底的にシンプルなものになっているのです。
 それはまさに日本料理の真髄といえるでしょう。自然界の素材が持つ味と香りは極めて繊細です。そして素材が最高の状態であれば、そこに最上級のうまみが内包されています。その繊細なうまみを味わうために余計な手を加えないことこそが、日本料理の基本的な考え方なのです。
 例えば魚料理では、ただ切るだけの刺身が調理法の極みとさえいわれますが、実際、普通の居酒屋の刺身と高級割烹のそれとでは、味に雲泥の違いがあります。それほど素材が違うだけでおいしさが大きく違ってしまうのですから、実に面白いものです。これは単に新鮮だというだけではなく、素材の扱い(調理の仕方)が重要になるのですね。

そばの魅力は風味と食感

  さて、そばの魅力は大きく2つに分けられるでしょう。ひとつはそばの持つ「風味」です。すすったとき鼻に抜ける香りと、口中に広がる味わい。新そばであれば若くて豊かな香り、熟成してからは落ち着いた穀物感、そして極上のそばでは上品な甘みさえ感じるものです。
 そば自体のうまさはそば打ち職人の技というよりは、原料のよしあしにかかっています。つまりはそば粉ですが、近年は収穫から保管、製粉まで格段の技術進歩を遂げているので、一昔前とは比べ物にならないほどそばがおいしくなっているのです。
 もちろんそばを受けるつゆも、極めて重要な要素ですが、それはあくまでそばを引き立てるためのわき役です。ただし芝居と同様に、バイプレーヤーがしっかりしてこそ主役が生きるわけです。この両立がそばの難しいところではあるのですが。
 
 そばの魅力のもうひとつは、その「食感」(テクスチャー)にあります。本来そばの味を楽しみたいのであれば、実のままで茹でたり、粉にしたとしてもそばがきのように塊状に練って食べたほうが理屈にかなっているのですが、麺にするのが難しく、しかも風味が落ちるリスクがありながらも、あえて麺状に加工して食べるのは、その食感を楽しむためほかありません。
 
 そばをすすったときに唇や口中に当たる感触、これこそが麺食の大きな魅力であり、うまいと思う感覚を増幅させている、重要な要素なのです。数ある麺類の中でも特にそばでは、音をたてて強くすすることが正しい食し方として強調されます。
 試しにそばをすすらずに食べてみれば、どこか味気なくなってしまうのがわかります。これは麺を強くすすることで得られる心地よい感触とともに、そばの香りが鼻の奥までしっかり届けられるためでもあります。
 少し前までは、ラーメンやそばのすする音が外国人に強い不快感を与えるヌーハラ(ヌードルハラスメント)などといわれたものですが、最近は世界的ラーメンブームのおかげで、抵抗なくすすって食べる外国人も増えているようです。
 
 そばの味わいとは極めて繊細ではかないものです。そしてそのうまさを体感した時には、派手やかでわかりやすい料理を味わうよりも、よほど深みのある感動を覚えるはずです。もちろんどの店でも本当のそばのうまさを引き出せているわけではないのですが、それだけに極上のそばにめぐり会った時の悦びは何ものにもかえがたいといえるのです。

(#001 2023.06)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?