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積読依存で詰んでる話


何かに興味を持つと、すぐに本を買ってしまう。

でも本屋さんの本は高いので、ネットで古本を買う。

値段が1円、送料が数百円といういつものパターン。
それでも新品一冊の値段で、何冊も買えてしまう喜び!


そうして積読の山はさらに標高を増す。



どうしても、本を読む時間がない。

課題の締め切りや仕事などが何にもなければ、一日中本を読んでいたい。

朝起きて朝食をゆっくり食べて、コーヒーを淹れて本を読む。
昼食を作って食べて、本を読む。
少しのおやつを食べて、本を読む。
ちょっと散歩する。
夕食を作って食べて、本を読む。
少しお酒を飲んで、また本を読む。

そんな一日を過ごしてみたい。

あれ、食べてばっかりじゃないか。


雨が降る度に、「晴耕雨読」って本当に良い言葉だなぁと思う。
雨の日に、雨音を聞きながら家でゆっくり、読書をして過ごしてみたい。
他のことは、何にもしないで。

だが現実はそうはいかない。

好きな作家の小説をたくさん積んでる。
詩集も、気合いのいりそうな古典も、ビジネス書も、沢山積んでる。

詰んでる。


時間が無くても読書できないかと、オーディオブックを聞きまくった時期があった。

大学での課題制作中、ずっと聞いていた。

オーディオブックで見つけた「やりたいことの見つけ方」といったような本に、人生を変えてもらったこともあった。


さらには時間がない中でも、上下巻になっている長めの長編小説も読む(聞く)ことができた。
なんと、今まで読んだ小説の中で、一番長い本をオーディオブックで読み終えた。


文字を一文字も読んでいないし、本に指一本触れていないのに、読み終えたわけだ。

後日、書店で実際にその本をパラパラと開いてみると、何とも不思議な感覚になった。
初めて手に取る本なのに、中身は読み終わっている。


あぁ、このシーンあったなぁ。
あぁ、「サエキさん」ってこんな漢字だったのか。


でも作業をしながらのオーディオブックでの読書は、作業の方にやはり全く集中できず。

「ながら」作業なんてやるもんじゃない!と思い、やめた。

単純作業だったら良いんだろうなぁ。
オーディオブックを聴きながら、単純作業の在宅ワークなんてどうだろう!

読書しながらバイトができる!

などと考える。

歩きながらなんて危ないし、電車の中では紙の本でいいし、作業中は作業に集中したいし。

ならばオーディオブックを聞く時間すら無いではないか。

紙の本と併用して読み進めていったこともあったけど、どこまでいったっけ?となって面倒だった。

でもそろそろ積読本を読みたいし、月額もそこそこ高いのでオーディオブックは解約してしまった……。


タイトルに書いた「積読依存」

読まなくても買って積んでおくだけで安心してしまうという現象だ。(今考えた)

参考書を買って頭が良くなった気になるアレだ。



最近、盛大な失態を犯した。
ここ数年で最大の失態だったと思う。

冷静さを失って適切な判断を下せず、深く考えずに行動して、周囲に多大な迷惑と面倒をかけて、ずっと罪悪感に苛まれて眠れない夜もあった。
思い出すたびに胸がゾワッとして、自分が周囲にかけた迷惑を猛省する。


だから深夜に、某熱帯雨林で「判断力 本」とか「冷静になるには 本」とか検索しまくり、色々吟味して古本を2冊買った。

するとほんの少しだけ、気持ちが楽になった気がした……。

家に届いたけど、まだ読んでいない。
本棚に並べて満足している。
本を買っただけで、自分が成長したような気になってしまう。

この現象を「積読依存」と命名したい。

流石にこれではいけない。

本を買うのに自己投資として結構お金を使ってきたのに、全く回収できていないなんて。


とにかく、時間を確保しなければ!

電車の中でももっと読めば良い。



ボンヤリうたた寝して、バイトに向かう電車で寝過ごしてる場合じゃない……!

…………。


とにかく、生活を整えてリズムを掴んで、落ち着かなければならない。

気持ちが焦っていては、本の内容も頭に入ってこない。

なにか、気持ちを落ち着ける方法を探そうと思う。
落ち着ける方法が見つかったら、そのことを書こうと思う。

この秋から自分は変わるんだと、決意したばかりなのだ。



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