見出し画像

だるま村へ ♯9 『マイゴイヌ』

 マルタと別れてから、だるまは実を採ってカバンに蓄えました。坂を降りながら進むうちに、いつの間にか街に近づきすぎていたようです。同じ服を着た大人の男たちが何人か固まって、話をしている様子が近くに見えました。
 だるまが森の奥に引き返そうとした時、人の話し声が聞こえてきました。
「迷子犬がいたという報告が保健所に上がったのは、三丁目の付近だったな」
 
 迷子犬?
 だるまは背伸びをして、草と草の間から、人のいる方向を観察しました。男が三人いて、今話したのは年長の男でした。話しかけられた二人のうち、背の高いひょろっとした方が答えます。
「はい。白にブチ模様が入っていて青い首輪をつけている中型犬です。隣の市から報告のあった犬の特徴とも一致します」
「隣の市ではゴミあさりをしていたんだって?」
「はい。目撃情報を聞く限りでは弱ってはいないようです。飼い犬としてはかなり警戒心が強く、捕獲器に近寄りませんでした」
「檻の形をしていて怪しまれやすいからな。この付近の道路は車の通行が多いから、早く捕まえなければ犬にとって危ない。今回は、捕獲器より目立たないくくり罠を使うしかないな」
「どうして最初からくくり罠を使わないのですか?」
「動物が逃げようと暴れて怪我をする危険があるからだ。くくり罠を使う時は、罠にかかった後すぐに外してやる必要がある。おれが罠の近くにいよう。お前らは後ろに控えて、罠が作動せず、犬が逃げようとしたら網で捕まえてくれ。ただし焦って無茶はするな。犬にとって、捕まえられることは大変恐ろしい事なんだ。必要以上に脅かしてはいけないし、まして怪我をさせてはならないぞ」
 背の高い男と、背の低い男がほとんど同時に「分かりました」と答えました。

 全てを聞いていただるまは、急いでマルタに知らせに走りましたが、マルタの姿がありません。行き違いになったのかもしれないと、だるまが実を採っていた坂に戻ると、さっきの男達の声が聞こえました。
「罠を抜けたぞ!」
「森へ逃すな、家の方へ追い込め!」
 だるまは声のする方を見ました。坂を下りた所にアスファルトで舗装された道が横切っています。その道を越えた所で、マルタが住宅の塀に追いやられていて、周りを三人の男達が取り囲んでいました。
 だるまは道の脇に生えている樹の上へ駆け上がって、枝の先に進んでいくと、枝に両手でぶら下がって激しく揺らします。枝がきしむ大きな音に男達が反応して、視線が一瞬マルタから外れました。そのすきをついて、マルタは人と人の間に突っ込みます。
「あっ」
 年長の男が網を振りました。マルタはぎりぎりで網をかいくぐると、人間たちの間をすり抜けて、一目散に道を渡ります。二人があっけにとられているのを見て、年長の男が叫びました。
「回り込め! おい、何をぼうっとしてる!」
 すると、戸惑った声で背の低い男が、年長の男に尋ねました。
「あの。先輩、今の見ましたか?」
「あ? 何を」
「小さいだるまに手足が生えて、動いていたように見えたんですが」
「は?」
 年長の男が訝しげに聞き返すと、ひょろっとした男も会話に加わって言いました。
「いや、おれも見ました。俺には、真っ赤で丸い何かが枝にぶら下がって、揺らしていたように見えた」
「お前ら、何わけのわからないことを言ってんだ。枝を見てみろ。何もないだろうが」
「目を離したらいなくなっていたんです」
「鳥か何かと見間違えたんだろ。お前らが変なことを言ってる間に、犬を逃したじゃないか」
「俺、見ちゃいけないものを見た気がする」
「あの犬、捕まえちゃいけないんじゃないか。俺ら呪われるんじゃ」
「馬鹿なこと言ってないで、違う手を考えるぞ」
 年長の男が怒った顔で言いますが、だるまを見た二人は、体の力が抜けてしまって、ただぼんやりした目で枝を眺めているのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?