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だるま村へ ♯2 『旅の始まり』

 一人になっただるまは、辺りを見回しました。目の前は細い一本道になっています。遠くから車が近づく音が聞こえてきたので、だるまは急いで静かな方向へ走りました。
 電信柱の陰に隠れながら進んでいくと、川が土を削って道の下を横切っています。両岸に家が並んでいるものの、川べりには背の高い草が生えているので、隠れながら移動するのに良さそうです。だるまは近くに誰もいないのを確認してから、川べりに下りました。
 少し湿った土の感触が足にひんやりと感じられます。水面に垂れた細い草にハエが止まって、せっせと両手をこすり合わせていました。だるまは「西ってどっちか知ってる?」と尋ねましたが、ハエは馬鹿にしたように、だるまのすれすれの所を飛んで回ったかと思うと、ブンブン唸って行ってしまいました。
「ハエの言葉は分からないや。どこかに話ができる生き物はいないかなぁ」

 ところが、他に見かけるのは蝶々くらい。花の間をふらふらと舞って、話しかけることもできません。進むと、川沿いの人家が少なくなっていき、反対に緑が深くなっていきます。歩き続けるうちに、太陽はてっぺんに昇り、傾いていって、とうとう深い森の中へ沈もうとしていました。
「お腹から変な音が鳴ってるし、体が何だか重くなってきた。近くに安心して休める場所がないかな」
 川の先は森に飲み込まれていました。街灯はまだ点いておらず、人家も見当たりません。森に近づくにつれ、木々が川岸に覆いかぶさってきて、ますます辺りは暗くなっていきます。
 怖くなってきて、引き返そうかと思った時、森に張り付くようにして家がぽつんと建っているのを見つけました。物音を立てないように近づいていくと、庭には雑草がぼうぼうに生えて放ったらかしになっています。屋根は傾き、壁のペンキが剥がれて、所々、木の目地が見えていました。
 そっと門扉の下をくぐり、草をかき分けながら庭を進んでいると、横から突然、金属同士が当たったような重い音がしました。だるまが後ずさると毛に包まれた温かい何かが背中に当たりました。と同時に、熱い息が頭の上にブワッとかかり、ケモノの匂いのするヨダレが降り掛かってきました。だるまが尻餅をついて、真上を見ると、大きなケモノの口がすぐ目の前に迫っています。

(もうだめだ! お腹の中で栄養になって、ケモノの役に立ちますように)

 だるまは両手を胸の前で組んで、目をギュッと閉じました。ところが何秒待っても、襲いかかってくる様子がありません。
 恐る恐る目を開けた時、庭のそばに立っている電灯が灯って、庭を照らしだしました。だるまの背丈より三倍も高い目線から、犬がいぶかしげにこちらを見下ろしていました。

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