ラーメンズ第16回単独公演「TEXT」

2007年2月から4月にかけて、東京・神戸・福岡・札幌を巡った単独ツアーより、3月17日に東京グローブ座で行われた公演を収録。同公演の模様は2007年5月にBSハイビジョン、同年12月にNHK教育で放送された。十二年前の私は、家族の寝静まった真夜中に、部屋の灯りも点けずに衛星放送を受信するリビングのテレビでその放送を視聴している。暗闇の中、映し出されるコントの素晴らしさに、ただただ魅了された記憶がある。その二年後、2009年4月に本公演はソフト化。彼らにとって初のブルーレイでのリリースとなった。現在、それぞれのコントがYouTubeで無料配信されているが、トータルバランスを考慮した内容になっているため、個人的にはソフトでの鑑賞を推奨したい。

本公演のオープニングを飾るのは『50 on 5』。教材用五十音ポスターに記載されている単語を全て新しく書き換えることになったバイトと平社員が、様々なアイデアを出し合って、それを膨らませていく。それらがまとまりそうになったところで、社長が「これまでのデザインのままで良い」と言い始め……。自由な発想で五十音作文を埋める作業を描いているコントで、こういった言葉遊びを得意とするラーメンズならではの魅力的な表現が随所に詰め込まれている。とりわけ〈な行〉と〈は行〉で作り上げられたヒッチハイカーのくだりは笑った。また一方で、複数の人間を二人だけで演じるという手法も興味深い。バイト、平社員、社長……に加え、実に様々な人物が登場し、コントに厚みを加えていく。そして、この手法だからこそ仕掛けることの出来たトリックが残す、ちょっとした謎。オープニングコントらしい軽やかな内容に対し、遊び心に満ち溢れた名作である。

続いてはショートコント形式で演じられる『同音異義の交錯』。舞台上の二人がそれぞれに違ったシチュエーションの一人コントを演じている。例えば、片桐が「テレビドキュメンタリー番組に出演している冒険家」を演じているとき、小林は「商店街の立て直しを依頼されたプロデューサー」を演じている。ところが、そのまったく無関係な筈の二つのシチュエーションが、ところどころで奇妙に符合し始めて……。手法自体はアンジャッシュの名作コント『それぞれの会話』(同じベンチに座っている二人の男性が、携帯電話でそれぞれ違った相手と異なる話題で会話しているにも拘らず、会話が噛み合ってしまう状態を描いている)そのもの。しかし、各自のシチュエーションがより自由度を増していて、アンジャッシュのそれよりも過剰にバカバカしさを引き出していたように思う。中でも、片桐が「モテたい男」を演じ、小林が「誰にも迷惑をかけない爆弾魔を追う刑事」を演じているバージョンの下らなさはたまらないものがあった。

軽やかなコントが二本続いたところで、今度はがっつりと会話重視の内容になっている『不透明な会話』。言葉のちょっとしたニュアンスの違いを利用して巧みに様々な“常識”を覆してしまう男に対して、「俺を操るのを面白がって「透明人間はいる」とか言い出すなよ?」と切り出してみたところ……。意味が複雑怪奇で曖昧模糊としている日本語の特性を大いに利用しているコントだ。男は日本語の隙を見事に突いて、もう一人の男と観客を騙し続ける。まるで落語の『時そば』か『つぼ算』のように。だが、このコントの最大の魅力は、そんな男の発言がもう一人の男の中で躊躇半端に咀嚼、再構築されることで却って言いくるめられてしまうという逆転劇にある。その鮮やかな言葉のマジック、是非ともご覧いただきたい。

がっつりとしたコントの後は、再び軽めのコントが続く。『条例』は、とあるシチュエーションを描いているコントを、『不透明な会話』の中で為されている会話の中に登場している“条例”を反映したバージョンで次々に演じていくショートコント形式のネタ。それぞれの“条例”からイメージされる表現を見事に取り込んでいて、『日本語学校』で様々な国の人々の姿をステレオタイプで描いていたラーメンズの本領発揮といったところ。『スーパージョッキー』は、出走直前に姿を消した競走馬をようやく見つけたジョッキーが、まるで言うことを聞いてくれない馬を必死になって説得するコント。無言の小林に対して必死になってアピールする片桐……という構図はラーメンズの単独では定番となっているが、今回は何故か競馬に固執したつくりになっている。無秩序に飛び出すワードも競馬関連のものが多く、鑑賞後にはきっと競馬に詳しくなっていることだろう。たぶん。

軽やかな、とにかく軽やかな二本のコントが終わり、とうとう最後のコント『銀河鉄道の夜のような夜』が幕を開ける。活版の仕事に携わっている青年、トキワ。いつも漢字間違いをしているので、まるで給料が上がらない。例え、お祭りの日であっても、仕事に出かけなくてはならない。お祭りに出かける友人のカネムラを見送って、這う這うの体で家に帰ると、いつも届いている牛乳が見当たらない。牛乳屋に電話してみるも、どうにもこうにも埒が明かないので、店へ取りに行くことに。その電車の中で、トキワはカネムラと再会する。タイトルで分かるように、このコントは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を題材としている。コントの中にも、『銀河鉄道の夜』を髣髴とさせるフレーズが幾つも散りばめられている。〈活版〉〈お祭り〉〈牛乳〉〈発掘〉などなど……これらの言葉が、従来のラーメンズコントとは少し違った、幻想的な空気を作り上げていく。そして、それはトキワが鉄道に乗り込むシーンを、よりいっそう引き立てることになる。この時、ある仕掛けが作動する。それは『同音異義の交錯』でも用いられたものだが、ここではそれが、笑いではなく切なさを演出するために使用されている。よもや、あれほどバカバカしく、楽しかったコントの仕掛けが、これほど哀しみを誘うものに再利用されることになろうとは……。それが、どのようなものなのかは、実際に鑑賞して確かめてもらいたい。

『日本語学校』『読書対決』など、これまで言葉の面白さを重視したコントを演じてきたラーメンズが〈TEXT〉を掲げている本作は、その技術を結集した最高傑作と呼ぶに相応しい逸品だ。この二年後、彼らは肩の力を抜き、ギャグ濃度の高い公演『TOWER』を引っ提げ、全国ツアーを敢行する。これまた今後の展開に期待の持てる素晴らしい公演だったのだが、これを最後にラーメンズはコンビとしての活動を休止。以後、十年に渡って、ファンをやきもきさせている。いつまで待たせるつもりだ、まったく。

(※本文は2009年4月に書いた「ラーメンズ第16回公演「TEXT」」の全ネタ感想文を再構築したものです)

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