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この業界で働く人たちは、皆、総じて"愛"に弱いのだ⎯⎯辻村深月『ハケンアニメ!』

“作品愛”という人質を取られたアニメ業界の現状

というタイトルで感想書いてる方がいて笑ってしまったのだけど、まさしくその通りの作品。笑

とっても素敵なお仕事小説です。特に『図書館戦争』が好きな人におすすめしたい。そしてアニメじゃなくても何らかのクリエイトに携わる人に。キャラが立ってて、愛があって、現場でがんばってるお話なので!

第一部『王子と猛獣使い』はプロデューサー、第二部『女王様と風見鶏』は監督、第三部『軍隊アリと公務員』はアニメーターと、アニメの現場で働く女性3人の視点で描かれるオムニバス。

三部制のため、キャラクターに愛着がわいたところで全然別人物視点に切り替わり一瞬気持ちがついていけないのですが、大丈夫。みんな「ある年の春アニメの製作現場」という舞台を走り抜ける同業者なので、入れ替わり立ち替わり、その後の姿を見せてくれます。

読めばきっと、登場人物一人一人を好きになる。作られたアニメを実際に観たくなる。一話一話、リアルタイム視聴者として観てみたかった。

同作者の本屋大賞作品『かがみの孤城』も、最高傑作と言われる『スロウハイツの神様』もそれぞれ面白かったけど、私は『ハケンアニメ!』がいちばんすき。

ヒロインがアニメーターという朝ドラ『なつぞら』の予習に、

なるかどうかはわからないけど(弱気)(なつぞらはアニメ草創期、ハケンアニメは現代と、時代の隔たりが大きい…)単純にこのエキサイティングで胸がすく面白さをぜひ味わって欲しい。

アニメに興味なくても大丈夫です。必要な説明が適宜挟まれるので読み進めるのに不自由なし。私もふだん全然アニメ観ないけどめちゃめちゃ楽しかった!! そしてきっと、アニメが大好きな人ならめちゃめちゃ嬉しいと思う!!!

※短編『執事とかぐや姫』と巻末スペシャル対談(著者辻村深月×アニメ監督新房昭之)がついてるので、今から買うなら断然文庫です。

 再び、誰かのものにこんなに恋い焦がれるように「憧れ」るなんて。 『ヨスガ』を観ながら、おもしろい、と思っていることに、後から気づいた。感情に名前が追いつかなかった。
 自覚したら、寒気が襲ってきた。今この瞬間、大好きなものを見つけて、これを他の人も観ていることに、たった今観たばかりだというのに嫉妬が生まれる。私がこれを見つけたのだと、自分だけのものに、したくなる。
 それは、香屋子の時代の空気を吸った、香屋子のための物語だった。
 自分以外の他の誰にも、自分以上にこれを理解して欲しくない。業界内部の人間として別の作品をまさに進行中だったにもかかわらず、その時は『ヨスガ』を通じて、本来"お客様"であるはずのアニメファンーー他の視聴者たちに嫉妬さえしたのだ。
 お前らに、これがわかってたまるか、と。
 アニメもフィギュアも、男も女も、この業界周りで働く人たちは、皆、総じて"愛"に弱いのだ。自分のやっていることに誇りをもっています、これが好きです、というのを見せられてしまうと、簡単にたらされてしまう。
 そうやって盛り上げて決めた話の後で、結果、愛だけじゃどうにもならないお金の問題が発生して揉めたり、地味な作業に地獄のように追われることになっても、一瞬燃え上がった愛の思い出が、その過程をあたためてくれることは多い。後悔も絶望もするが、それでも慰めにはなる。
「脚本とか絵コンテは、地道に机に向かうことでしか進まないよ。どんだけ嫌でも、飽きても、派手さがなくても、そこに座り続けてずっと紙やパソコンと向き合うしかない。席を立ったらそこで取り逃すものだってあるし、囓り付くように、ひったすら、やるしかないんだ。気分転換なんて、死んでもできない」
「アニメは、それを観た各自のものだよ。そこじゃもう、作り手のことなんか関係ない。俺が作った『リデル』を、俺以上に愛してくれる人はいるし、俺の作品に一番詳しいのは俺じゃなくていい。それは、そこに一番愛情を注いだ人のものなんだよ。設定だって、キャラのその後だって、全部それは観てくれた人が自由に決めていい」
「――つらい側面ばかりが取り上げられがちな、私たちの業界ですけど」
 頬に、自然と笑みがこぼれる。
「それでも私は、この業界の仕事を楽しい、と言いたいです。つらくても取り組む価値のある、とても楽しい仕事だと。この業界に憧れて欲しいし、新しい人にどんどん入ってきてもらいたい」
 王子が苦笑する。
「アニメが好きなんだよね」と、彼が言った。
「どうしようもなく好きなんだから、だからもう、どうしようもないよね」
 その言葉を聞いた途端、瞳の全身が、温かい熱にくるまれたように感じた。「はい」と頷く。嬉しく、ただ、ただ、頷く。
「私も、アニメが大好きです」

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