Tableau/The Orielles

『Tableau』/ The Orielles

The Oriellesの3rdアルバム『Tableau』が素晴らしい。発売前に公開された先行曲を聴いた時点ですでにそんな予感をビシバシ感じていたが、高まる期待を少しも裏切らずむしろ大きく越えていくようなバンドにとっての飛躍となるアルバムを、今秋のリリースラッシュのさなかで静かに花をひらくように完成させた。

イギリスのハリファクス出身で、マンチェスターを拠点に活動するジ・オリエルズは、ベース兼ボーカルのEsmé Dee Hand-Halford、ドラムのSidonie B Hand-Halfordの姉妹と、ギターのHenry Carlyle Wadeの3人。2ndアルバムの時点のクレジットではもう1人キーボードのメンバーも在籍していたが、現在は脱退しているようだ。Hand-Halford姉妹の父は80年代の終わり頃に活動していたThe Train Setというバンドのドラマーだという情報もある。

オリエルズを最初に知ったのはUKの老舗インディーレーベル〈Heavenly Recordings〉から2017年にリリースされたシングル"Sugar Tastes Like Salt"だった。サイケで不思議な魅力を醸し出す、インパクトの強いガレージサウンドが新鮮だったこと、さらにレーベルと長年親交が深かった故Andrew Weatherall がリミックスをしていたことも大きい。バンドの怪しい雰囲気をしっかり残しつつ、目の粗いヤスリで磨いたようにザラッザラな音に仕上げたこの曲は両者いいとこ取りのかなり面白いリミックスで、大御所ミュージシャンの手に掛かろうとまったく引けを取らない存在感を放つ新人オリエルズは、まるで古着を着こなす最先端の若者のように洒落て見えた。しかも同じ曲のRadioactive Manよるリミックス(こちらはエレクトロver. )も同時に収録するという粋な人選にもがっちり掴まれたうえに、曲名はタランティーノの『デス・プルーフ』のセリフからの引用だというからもう、狙い撃ちだった。

翌2018年にリリースされた1stアルバム『Silver Dollar Moment』を通じて受け取ったオリエルズの印象は、掴みどころのない謎のテンションで、インディーポップ、ガレージロック、ディスコ、ファンク、その他の形容しがたいジャンルをラフにミックスさせたような、フレッシュでユーモアに溢れたバンドといった感じ。一見するとベルセバのスチュアートが監督した『God Help the Girl』の登場人物のようにキュートな風貌の3人が、同年のPeggy Gouのヒット曲"It Makes You Forget (Itgehane)"を即座にカバーしてのけるスピード感には驚いたし、ハウスミュージックをいい塩梅のバンドアレンジに仕立てるユニークなアイディアにもまた痺れたものだ。

数年前にフレッド・ペリーのサイトで公開されたプレイリストを見れば、当時の彼女たちの魅力が伝わるかもしれない。PavementとSpice GirlsとPortisheadとEmpathとStereolabが同居する音楽を想像してみてほしい。想像できるだろうか?

その後リリースされた2ndアルバム『Disco Volador』は、先述の"It Makes You Forget (Itgehane)"の路線を突き詰めるような感覚で
、ディスコやファンク、ジャズ、サンバ(!)のグルーヴをインディーバンドの作法を使って表現してみせて、思い返せばなかなかの傑作だった。しかし発売が2020年の3月だったことがオリエルズのブレイクの妨げになってしまう。せっかくのアルバムのリリースツアーは中止を余儀なくされてしまい、世界中の多くのアーティストと同じように途方に暮れたことだろう。しかしそこから彼女たちはロックダウンをきっかけに『Disco Volador』を連続したスコアに書き換えて、かねてから興味のあった映画音楽の制作に取り掛かった。そしてメンバーが脚本・主演を務める映画『La Vita Olistica』を完成させ、2021年の夏に映画館などで上映したという。そんな経験があったうえで2022年の10月に発売されたのが、この『Tableau』というアルバムだった。

アートワークがまず作品の変化を物語っている。前2作品のエンジニアを務めたJoel Patchettとの共同プロデュースにより作られた『Tableau』は、ピアノやストリングスを取り入れ、ジャズに傾倒し、即興性と複雑な美を追求したモダンで独創的な音楽を表現している。時々ポストパンクのようにソリッドな一面を見せつつ、〈Heavenly Recordings〉所属のアーティストらしくダンスミュージックへの敬意も忘れていない。全16曲収録でトータル1時間超え、あくまで流れを重視し独立することを拒否した楽曲は、現代アートのような批評性も備え持つ。曲の前に1枚ずつ選んだカードがそのテイクを演奏するときのモチーフになるという、1970年代にBrian EnoとPeter Schmidtが作ったトランプ「Oblique Strategies」をレコーディングで利用した、とインタビューで語っていて、自由であると同時にどこかスリリングな空気が漂うこのアルバムを紐解くための大事なエピソードのひとつだと感じた。

パンデミックは彼女たちをよりシリアスな方向へと導いたのかもしれないし、デビュー当時に訪れた思い出のライブ会場の名前を1stアルバムのタイトルに付けるほどライブを楽しんでいたバンドにとって、勢いに乗っていた矢先のツアー中止は精神的にとても厳しかっただろう。しかしオリエルズはエネルギーを決して無駄にせず、内に秘めた探究心を新たな挑戦のために費し、音楽への遊び心とより深い愛情を持って、時代に適応しながら変化していく姿勢を見せてくれた。しかも完璧を目指すあまり終わりに近づくようなものではなく、次に繋げるための余韻を残した実験的なサウンドを築き上げている。わたしはこのアルバムを2020年から続いた混乱のなかで生まれた最も美しく正しい音楽の到達点だと捉えているし、ダークで内省的な音をポップスに変換してきちんと成立させ、隙間から時折ちらっと人懐っこい表情を覗かせるオリエルズの姿に何よりも心を掴まれてしまった。そしてSaint Etienneの『Foxbase Alpha』をはじめて聴いたときから約30年、今もなお刺激的でこんなに夢中にさせる作品をリリースし続ける〈Heavenly Recordings〉へ愛をこめて今この文章を書いている。わたしのなかで今年度の年間ベストアルバムがおそらくもう決まった。



『Tableau』より、ハンド-ハルフォード姉妹が監督を手掛けた奇妙なMV"Beam/S "


〈Heavenly Recordings〉の創設者であるJeff Barrettの2015年のインタビュー。
現在公開中の映画『Creation Stories』鑑賞後の補足記事として読むのもおすすめ。




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