フジロック2023

今年も行くと決めたのは第1弾のラインナップが発表された2月の上旬のこと。まだ真冬で、寒かった。そのわりにチケットを購入したのは6月の上旬だった。どういうスケジュールで参加するかをなかなか決められないまま、あっという間に夏がやってきた。お気に入りのアーティストが出なくても会場のあちこちで未知の音楽に触れられて、行けばとりあえず楽しいのがフジロックの魅力。けれど年々上がっていくチケット代が私を苦しめる。他にもキャンプサイト代は以前より2千円アップ、シャトルバスや苗場温泉はコロナ以降2倍に、会場での飲食代も地味に上がり続けている。イープラスのチケット金額提示画面のその先に進む決断ができずに、そりゃ行けるなら通しで行きたいよ!と若干キレはじめる始末。2015年頃は3日間通し券が4万円でお釣りがきていたが、今年はなんと5万5千円(ギャー!)まで上がってしまった。もはや貴族の遊びかよという価格に目眩を覚える。過去10回の熱狂的なステージと会場で過ごした思い出の深さを考えるとその価値はあるかもしれないけれど、年にいちどのフジロックのみにエネルギーを注いでいた時期は過ぎて、その後の日常の中にいつもの音楽生活が待っている。すべてを捧げることはもうできない……と諦めながら、まだ体験していなかった前夜祭に参加することを前提に、金曜日1日券のチケット購入ボタンを静かに押した。

昨年は同行しなかった友達Aが今年はまた行くことに決めたのは心強かった。フジの準備&相談と称して直前にぶらぶらと必要な買い物をしつつビールを飲むところからが、自分の中でのフジロックの序章ともいえる。そして昨年同行した息子もすっかり味をしめたようで、とりあえず金曜日のチケットのみを購入して前夜祭から参加、あとはその場のノリで考えるとのこと。Under22は一般チケットより5千円も安いうえに、先行でも当日券でも値段は変わらないそうで、ラインナップにあまり惹かれない土曜はキャンプサイトでゆっくり過ごし、行けそうなら観たいアーティストがほどよく並んでいる日曜の当日券を買って月曜朝まで残るパターンも考えているらしい。天候に左右される野外フェスの遊び方としてはなかなか賢いかも?と感心した。

7月27日(木)

フジロックに参加するのは今年で11回目。毎年滞在日数や宿泊プランが若干違うと昨年のレポートにも書いた。


今年も前夜祭〜1日目のみ参加のテント泊で翌土曜日昼に帰るという初めてのパターンで挑んだ。木曜から会場入りするのは初めて。新幹線やシャトルバスの混雑具合が気になるところだが、2020年に通し券で3日間参加した際にテント担当の友人が前乗りしてくれたことがあったが、事前の抗原検査必須で検温ありのコロナ感染対策強化時のあのいちばんややこしく、いちばん人の少なかった年なのであまり参考にならないとのこと。ま、でもキャンプサイトがオープンするのが12時だから13時頃に越後湯沢駅に着く感じで少しずらしていけば大丈夫っしょ、と呑気に構えて当日を迎えた。ただ、前日に新幹線の自由席のeチケットを登録する際にちらっと見たところ、指定席とグリーンの両方ほぼ売り切れていたのと、当日余裕を持って家を出たにも関わらず、途中の電車が2箇所で延滞が生じて、東京駅の到着時間がかなり遅れた焦りもあり、嫌な予感がして駅弁を買うのをやめ、キヨスクでさっとおにぎりとサンドイッチを買って上越新幹線のホームに向かうと、どう見てもフジロックに向かう人々の群れが自由席の乗車口に向かって長蛇の列をなしていた。やばい。家を出るのが遅れてホームで待ち合わせている息子と、大宮駅から乗る友人Aの分の3人席を確保しなくてはいけないのに……!慌てて奥の空いてそうな列に並んでみたけれど、ドアが開いて座席の真ん中まで進んだ瞬間にほぼ満席。かろうじて1席を確保できたものの、後続の乗客がデッキどころか通路に溢れてかえって身動きが取れないほどの大混雑。すぐに同行者2人に連絡を取ると、息子は別の号車から乗っていて、当然そっちも満席だけれどデッキは比較的空いてるとの報告。しかし私が別の車両へと移動するのは不可能な状況なので、とりあえず友人Aには息子がいる号車のデッキから乗るようにと伝えた。今まで東京駅発の新幹線の自由席を取れなかったことなんてなかったのに。先行き不安だ。パンパンに詰め込まれた通路で完全に巻き込まれてしまった気の毒なサラリーマンの体が真横にあるせいで居心地の悪さを感じながらも、座れただけまだマシか、としかたなく肩をすぼめて静かにおにぎりを食べ、ただひたすら目的地に着くのを待った。

越後湯沢駅に着くと、ホームで息子と友人Aが談笑しながら待っていたのでホッとした。「まさか〇〇(うちの息子)とフジロックに一緒に行くなんてな……」と感慨深そうに友人Aが呟く。確かに。私が初めてその友人とフジに行った年には息子はまだ生まれていなかったのに、何十年も経ってこんな日が来るなんて。そもそもフジロックは親子連れがかなり多いフェスだけど、小さい頃は一度も連れてきたことがなく、だからこそなぜ今ここにいるのかが不思議だ。しかも息子は一昨年のフジの配信をたまたま家で観たのをきっかけに音楽をちゃんと聴くようになったので、それを思うとさらに感慨深い。決して手懐けたわけではないのに、いつのまにか身の周りで誰よりも音楽の趣味が合うようになっていた。ただ、息子といると大体は楽しくても、急にお母さんに戻らなければならない瞬間が訪れるのが困る。

駅で人がばらけたおかげか、現地までのシャトルバスの行列はざっと見て150人弱といった感じ。この程度の人数だとターミナルの屋根のある場所で待てるし、バスは次々と来るので回転も早い。3人で無駄話をしてるうちにサクサク進んで、14時前にはバスに乗れた。今年のフジのトピックスや注意事項を含めた映像がモニターから流れる車内で40分ほど揺られて到着。キャンプサイトまで向かう途中、念のため売店でトイレに入った。そのたった数分のことなのに、トイレから出ると雨がいきなりザッザーザと本降り!山の天気は変わりやすいことは重々承知していたけれど、いくらなんでも急すぎる。これからテントを建てようというのにどうすんだこれ……と絶句しつつも、ここでもしトイレに行ってなかったら、と想像すると逆についてるような気もする。しかたなく売店内をぶらぶらしてお菓子などを物色していると、すぐに雨は止んだ。あらかじめ宅急便で送っていた荷物を受け取り、キャンプサイトの入口へ。

一昨年と同じく友人Aの大型テントにお邪魔するため、私たちはレディースサイトへ。昨年わたしが購入した、限りなく1人用に近い2人用テントを今回1人で使用する息子とはここで別れる。15時頃でレディースサイトはまだ空きがあり、生い茂った芝がよほど乾いていたのか、先ほどの急な雨も全部吸収してくれたようで、曇り空の下で快適に問題なく作業が進んだ。しかしここで、1人でテントを張る場所を探していた息子から連絡が。人気のA、Bのサイトはすでに埋まっていた為、少し登ったCサイトを確保できて建て始めたまではよかったが、なんとテントがぶっ壊れたとのこと。慌てて教えてもらった場所に駆けつけると、先週荷物を送る前にチェックした時にはなんともなかったはずのポールの一部が、まるでさけるチーズのように裂けていた。とりあえず息子にテントサイト入口付近にあるキャンプよろず相談所に行くように促し、わたしは荷物番としてその場に残ることにした。目の前の広大な山々を眺めながら静かに待っていると、周りのテントから聞こえる会話から、どうやらアジア系の外国人らしき人が多いことに気がついた。特に団体といったわけではなく、個々に来ている数人の若いグループがあちこちに点々といるように見える。もちろんコロナ前も外国からの客はいたけれど、円安の影響か今年は会場内でも特に多く感じた。よろず相談所で簡易的な処置を受けたさけチーポールを手にして戻ってきた息子(お世話になったお礼にあとでちゃんと募金しました。本当に感謝!)となんとか無事にテントを建て終えてからレディースサイトに戻り、先に到着していた友人Bも合流して3人でおやつタイム。山で淹れるコーヒーは数割増でなぜか美味しい。前夜祭のスペシャルギグの出演者が今年はSNSでもう発表されてるみたいよ、と教えてもらって早速チェックしてみたけれど、DJ MAMEZUKA以外は知ってる人は特にいなかった。でも行けば楽しいはずだし、ちょっと遊んだら明日に備えて早めに帰ろうか、と言いながら18時半頃に前夜祭を開催するレッドマーキーへ友人A&Bとともに向かう。

夕暮れ時の苗場の空の美しさよ


レッドマーキー手前の飲食エリアのオアシスではやぐらを囲んで盆踊りが行われていて、場内は大混雑。20時から始まるレッドマーキーの前に腹ごしらえを、と毎年恒例の越後もち豚串を求めて進むと、左手の岩盤スクエアのモニターに何かが映っている。

GAN-BAN SQUAREの前夜祭タイムテーブル


わあ!岩盤もやるなんて聞いてないんですけど!しかもフジでは毎年必ずどこかでDJを聴いている我らがSUGIURUMNと、今回日曜日の出演でお目にかかれないと思っていたD.A.N.のDaigosが!これは嬉しい誤算。つまり早めになんて帰れないぞ。テンションが一気にあがっていくわたし。まだテントにいるD.A.N.大好きな息子にも連絡する。まだ少し早いので大行列のもち豚に並びつつ、到底当たるわけのない抽選会の様子を遠目から眺めた。やっと順番がきて会計を済ませると、友人2人がレジでもたついている。どうやら今年はPayPayが使えないことを知らずに沢山チャージしてきてしまい、他の電子マネー系にはほとんど入れてこなかったらしい。しかも現金は使えないし、クレジットは持参していない。明日入口ゲート前のATMでチャージするしかない、と嘆く2人を見て、事前に教えてあげればよかったと激しく後悔する。

オアシスでの催しが終わると、グリーンステージ方面に綺麗な花火が打ち上げられた。早めの夏休みが始まり、そしてすぐに終わりを迎えることを示唆するかのような、なんとも言えない切なさを肌で感じながら、散りゆく火の粉の美しい残像を見届け終わると、岩盤スクエアからビートルズの「Tomorrow Never Knows 」が爆音で聴こえてきた。SUGIURUMNのDJが始まった。ニクい選曲だなー。そこからじょじょに四つ打ちのテクノへと変化していくプレイを聴きつけてか、クレイジーなパーティー野郎たちが吸い寄せられるように前方へ集まっていく。世間の人はいわゆる「フジロック」というものに対してモッシュやロック的なノリを想像するかもしれないけれど、演者が誰であろうがその場の雰囲気に応じて楽しそうな場所へふらふら流れていく現場至上主義の生き残りみたいな人たちがフジには必ず一定数いて、それが自分にとって居心地のいい理由のひとつである。

遅れて到着した息子がTHE ALEXXのライブ中に、ちょっとインドのバンド観てくるわ、とレッドマーキーに向かった。インドのバンド……?何となく気になってわたしもどんなもんかと様子を見にレッドマーキーに足を踏み入れてみた。中では超絶ギタープレイのプログレとフュージョンの真ん中に位置するようなインストバンドの演奏が行われ、かなり盛り上がっている。2曲ほど聴いたあたりで、会場内に立ち込める熱気という名の湿気にまいってしまい、すぐに外に出た。本編と違って前夜祭はレッドマーキーしか行き場がないので散らばりようがなく、オアシスエリアは変わらず人で溢れかえっていた。明日に備えて早めにテントに帰った友人Bのおすすめのおにぎり屋でふきみそおにぎりを買って食べる。うまーい。さすが米どころ、新潟。だんだんと夜も更けてきて、早朝のテントの暑さやお風呂のことを考えると少しでも早く戻ったほうがいいかもしれない、とその時は思っていた。しかし、Daigosの出番になるとステージ上に誰かもうひとり出てきた。……え、Jinyaじゃない?ベースのJinyaだ!D.A.N.のメンバーが2人も出てきたらそれはもうほぼD.A.N.だ。嬉しさのあまりUKガラージ多め、BPM早めのDJにまんまと踊らされ、帰るタイミングを逃して最後まで残ってしまった。テントに戻って苗場温泉に並び、露天風呂に浸かったのち、テントで豚汁を飲んで就寝。

7月28日(木)



猛烈な暑さで目が覚めた。時計を見ると7時。快晴。昨夜は結局3時過ぎに寝たのでもっと寝ていたかったけれど、夏の強力な日差しが木陰のないテントサイトを容赦なく照らし、中はサウナ状態。しかたなく起きて、テント横の陰でしばらくだらだらとしてから身支度を整えて、キャンプサイト奥のピラミッドガーデンにて9時半から始まるmaya ongakuのライブを目指して歩いた。途中ですれ違う人びとが着ているTシャツを何となくチェックするのはいつものことだけれど、たまたまなのか今年はなんだか同じ柄ばかりが目につく。「ねえ、さっきからやたらとジョイ・ディヴィジョンのTシャツばかり見るんだけどさ、もしかしてジョイ・ディヴィジョンって今年のフジに出るのかな?」「AI美空ひばり的な感じならあるかもな」「スペシャルヘッドライナーかもしれないしね……あ、ほら、またいた、5人目!」と、くだらない会話を交わしながら目的地に到着。

毎年ピラミッドガーデンに出店しているパンケーキがめちゃくちゃ美味しいと2年ほど前から友人Bに教えてもらっていたので、今年こそは食べるつもりで朝から張り切ってきた。しかしすでにかなりの行列ができている。しかたなくmaya ongakuのステージを遠目から眺めながら行列に並ぶ。アムステルダム拠点の幾何学模様のレーベルから海外デビューし、国内でもD.A.N.などを輩出する 〈Bayon Production〉からリリースした注目のバンド。両者のファンであればがっちり心を掴まれるであろう抽象的でサイケデリックな心地よいグルーヴが、朝のピラミッドガーデンに漂うのどかな雰囲気によく合っていた。冷たいレモネードと甘じょっぱいパンケーキも相まって、とても贅沢な時間を過ごした。

PYRAMID COFFEE STANDのパンケーキ


お腹も心も満足し終えて、友人たちはATMに向かうというので一旦テントに戻る。今日は日が暮れてから夜中にかけてのタイムテーブルが重要なので、昼間はわりと自由に動ける。毎年楽しみにしているデイドリーミングに向かうか、飲食目当てで奥地のオレンジカフェに行くか迷っていると、別行動でグッズの行列に並んでいた息子から、水を届けて欲しいとLINEが。わたしたちがピラミッドガーデンに向かっている頃にグッズを狙うと連絡があったはずなのに、この暑さのなか屋根のない場所でまだ並んでるの?正気か!?驚いてペットボトルを2本抱えて急いで差し入れに向かう。昨年と一昨年のスッカスカなグッズのブースを見ていたので、そのあまりの長蛇の列に驚いた。今さら引くに引けないのかまだ頑張るという息子の健闘を祈りながら、そのまま入場ゲートに向かう。少し歩いただけでもう体中から湧き出てくる汗。一旦グリーンステージの後方の木陰で椅子を出し、帽子を脱いで汗を拭きながら少し休んだ。開催前は晴れを願っていたけれど、こんなつもりじゃなかった。ATMは混みすぎだから夕方にするという友人Aと落ち合って、オレンジカフェへと向かった。


ところ天国とホワイトステージの間の川は水遊びをする人でごった返し、芋洗い状態だった。その先のボードウォークを進むと、途中に楽しい仕掛がたくさんあり、木陰は快適で、心身ともにだいぶリフレッシュできた。が、目的地のオレンジカフェに到着すると、カラッカラに乾いた地面、照りつける日差しの中で飲食店に向かって行列を作る人々の群れが視界に入ってきた。覚悟はしていたけどやっぱり混んでいる。旧オレンジコートのこの場所は雨が降ると水捌けが悪く、そのせいでステージが廃止されたはずなのに、ここ数年は皮肉なほど晴れが続いて、殺風景な謎の空間と化している。タイミングよく並ばずに買えた毎年恒例のルヴァンのベルベデーレ(超うまい)を明日の朝食用にゲットして、比較的行列の短いキューバサンドの店に並んだ。照りつける日差しを体中に浴びて、帽子の中は蒸れて汗が流れてくる。つらい。30分以上待っていたその時、少し前に並んでいた外国人の男性が注文したキューバサンドを受け取ったそばで一気にムシャムシャと全部食べる姿を見てしまった。その間、わずか1分程度。その光景を眺めていたら、そんな風に一瞬で食べ終わってしまうものにここまで時間を費やして並んでいるのが急に馬鹿らしくなって、直前でボリュームのありそうなご飯に変更した。屋根のついたフードスペースに移動して、ゆっくり食べながらカレーの列に並んだ友人Aを待つ。日陰にてアレ、なんかいい風……に吹かれながらビールを飲みつつお腹も満たされると途端に、山はいいな〜、などと夏に流され始めるから恐ろしい。

キューバサンドのご飯バージョンっぽい


グッズに並んでいた息子から無事にストロークスのTシャツを買えたと連絡がきた。結局3時間半も並んだとか。なかなかの地獄だ。あとから話を聞いたところ、人の多さというよりレジでの確認の重複など手際に問題があったらしい。オレンジカフェからフィールドオブヘヴンを抜け、ジプシーアヴァロンからホワイトへ向かう途中の通路や木陰には、椅子を置いて避難している人が隙間なくびっしりと列を作っていた。一旦テントに戻って、このあとのスケジュールを練ろう。暑さでだいぶ消耗していたし、これから夜中まで遊ぶのに仮眠が必要だ。いや、それよりこの日焼け止めと汗の混じったベッタベタな肌をなんとかしたい!いっそのこともうお風呂に入ってしまわないか?と、思い切って15時に開いたばかりの苗場温泉に向かったのが大正解。前日夜の混雑が嘘のように空いていて、生まれ変わったようにサッパリし、出る頃には外も夕方の空気に入れ替わっていた。レッドマーキーにて16時から行われるイヴ・トゥモアのステージを目指して用意していたが遅れてしまい、今年リリースのアルバムの中で最も気に入っている「Echolalia」の音がテントサイトまで聴こえてきた。急ぎ足で駆けつけると、ステージではパンイチにエプロン姿のイヴがハスキーでドスの効いた歌声と肉体美を惜しみなくさらけ出し、音は予想以上にインダストリアルなハードロックで迫力のパフォーマンスを繰り広げている。徹底した世界観と美意識はプリンスやデヴィッド・ボウイとよく比べられているけれど、実際に生で観てみると人としての妖艶さ、生々しさに、もっと身近な現代のポップアイコンとしての存在を強く感じた。日も暮れようという時間になってやっとステージらしいステージを観たので満足し、テントに戻りがてら途中のイエロークリフで手羽先とモヒートを注入する。19時のダニエル・シーザーまでしばし仮眠を。

眠っているのかどうかよくわからない状態で横になること30分。ここからもうテントには戻らないので、寒さと雨対策の上着や椅子やらを準備して出発すると案の定また出遅れてしまい、入場ゲートあたりで「Let Me Go」が聴こえてきた。そもそもフジは普通のライブと違ってほぼ定刻に始まる。したがって早めに出ること。なのにどうして同じ過ちを何度も繰り返すのだ!と、17年前に「N.O.」を聴き逃したことをまた今回も思い出しながら歌声の響く方へと急ぐ。直前までヨラテンゴと迷って、結局今の気分とスケジュールに合わせつつ2019年に見逃したダニエル・シーザーを選んだけれど、グリーンステージに到着した途端に、今日のその選択は正しかったと確信した。夕暮れから夜に差し掛かる瞬間の美しい空に響き渡る神聖なる歌声は、苗場でしか体験できない極上の演出だった。あの大きなステージに身体ひとつ、アコースティックギター1本で挑む個の強さ、そして彼の歌声に棲むとてつもない魅力を肌で感じられる貴重な1時間だった。最後に「Get You」を生で聴けて、感無量だった。

ダニエル・シーザーが終わり、合間にヤー・ヤー・ヤーズを観に行こうとレッドマーキーに向かうと、すでに入場規制がかかっていた。当然だ。それならばとストロークスの前にトイレに行っておくとやはり長蛇の列で、戻ると友人Aとはぐれてしまった。別のステージにいる友人Bから、昼間に1時間も並んでチャージしたのに、混雑のせいで今度はSuicaが使えないんだってよ、と落胆するLINEが届いた。そういえばついさっきも、現金が使えるようになりました!とアプリに連絡がきていた。完全キャッシュレス化が実現すればお互いに楽になるはずなのは重々承知しているけれど、それにしても昨年以上に行き届かない場面があまりにも多すぎて、結局昔よりも時間がかかってしまっているのは確か。きちんと対策をたててこの過度期を乗り越えて、来年こそはスムーズなシステムの強化を実現してほしい。しばらく忘れてしまっているけれど、雨が降ればキャッシュレスは本当に重宝するはずだから。

ひとりでグリーンステージ前方に進み、見やすい場所を確保した。周りは次の開演を待ち望む人々の熱気で溢れていて、5人のメンバーが登場すると大歓声があがる。やはりスケールが違う。開催中止となった2020年の幻のラインナップでストロークスの名前が発表されてから、この日が来るのをずっと待っていた。「The Modern Age 」から始まったのも、要所要所に最新アルバム『The New Abnormal』からの曲を披露してくれたのも嬉しかった。途中で、ジュリアン大丈夫か?とハラハラする場面もあったけれど、リズム隊が空気をしっかりと引き締めてくれて、ギターの2人がバランスが本当に心地よく鳴り続けている。「Welcome To Japan」でひとしきり盛り上がったあと、終わりに向かって畳み掛けるように『Is This It』からの曲を連続で演奏し、「Reptilia」でクライマックスを迎える頃にはジュリアンのパフォーマンスの精度もぐんと上がっていて、勝ちのタイミングを見逃さないリーグ王者のような圧倒的な風格を感じた。さすがだった。


ストロークス終了後、レッドマーキー外の森の中で友人A&Bと落ちあう。ちょうど遠くにレッドマーキーのステージが観れる好位置だったので、人混みに押されて疲れた体を一旦休めるため、椅子を出して座る。テントに戻る友人Bとジプシーアヴァロンに向かう友人Aと別れ、遠くでインダストリアルなライブを展開しているRyojiIkedaのステージをその場で眺めることにした。きめ細やかなサウンドと無機質な映像で頭が一旦リセットされ、続いてそこからヴィーガンのエレクロトニックミュージックの持つ儚さやエモーショナルな部分を抽出して混ぜ合わせたような夢見心地な音にまどろみ、少し寒くなってきたので昨夜と同じ店でおにぎりと豚汁を買って暖をとった。準備が整ったところでビールを購入し、本日の最後の目的、オーヴァーモノへ。

UKのダンスミュージックの伝統とトレンドを融合させたUKガラージの代表格で、老舗レーベルのXL Recordingsから1stアルバムをリリースしたばかり、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの彼らのパフォーマンスを絶好のタイミングで観ることができた。エレクトニックミュージックの知性や気品をしっかり保ちつつ、ダンスミュージックの色気のブレンド具合がとにかく絶妙に感じた。今年4月に配信で観たコーチェラでのライブの時より構成力がさらに増していて、その夜のピークをきちんと演出し、次世代のテクノを背負う存在であることを証明してくれた。直前で合流して一緒に観ていた息子も大興奮。血は争えないものだ。別のところで観ていた友人Aと、終了後に出口で待ち合わせる。オーヴァーモノは見た目や盛り上げ方はハードフロアみたいだけど、兄弟だからむしろオービタルかな、でもXL Recordingsだからプロディジーだろうか……と、あえて90年代テクノに当てはめながら帰った。
(※後日2人がトムとエドだということを知り、違う、ケミカルブラザーズだ!と思うなど)


午前3時。これからテントに戻って寝たとしても7時には灼熱の太陽に起こされるうぅ……と、この時間でもまだまだ活気あふれるパレスオブワンダーは泣きながら諦めて、疲れた体をゆっくり動かしながら3人で退場ゲートへと向かった。結局息子も残らずにやはり明日一緒に帰るという。開催前は今年で最後の参加にしようかと真剣に考えたりもしたし、昼間の暑さはかなり体にこたえたけれど、行けばやっぱり楽しかったな、としみじみ振り返る。前夜祭もあったとはいえ、今年は1日参加で遊びそびれた場所がいつくもある分来年はもっと遊ぼう、などど性懲りも無く思ってしまう。帰り道、ルーキー・ア・ゴーゴーのステージを遠目から眺めながら、「そういえば今年のルーキーって誰が出るんだろう?」「……もしかしてジョイ・ディヴィジョンでは?」「それ絶対に大物になることが約束されたルーキーだわ」「ボーカルがいなくなったとしても残りのメンバーが絶対にバンドを続けてくれるしな」と、また相変わらずくだらないことを延々と喋りながら会場をあとにした。



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