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シャネルとラガーフェルド

もともと勉強が嫌いではない方なのだが、1年間で自分の服を見直してからは、前よりも積極的にファッション関係の講義に通うようになった。

服との距離ができた分、大きな流れとしてのファッションを理解することに興味が湧いたためだ。

今、一番楽しみにしているのが、フランス文学者・芳野まい先生の『スタイルアイコンの系譜』という講義だ。

第一回はマリー・アントワネット、第二回はジャクリーン・ケネディ、第三回はバービー、第四回はグレフュール伯爵夫人が取り上げられた。

第五回のテーマはココ・シャネル。

なぜメゾンシャネルがファッション界で孤高の存在となりえたかを中心に講義は進んだ。

ココ・シャネル自身の功績はあまりにも有名だ。ジャージーのドレス、シャネル・スーツ、コスチュームジュエリー、香水のNo5…etc.

このほか、日焼けをはやらせたのも、黒い服を喪の色から解放したのもココ・シャネルだといわれている。彼女が提案したもののうち、驚くほど多くのものが現在の定番となっている。

しかし、才能あるデザイナーは他にもたくさん存在していた。にも拘わらず、シャネルはほかを圧倒する存在感を放っている。では彼女にあって、クリスチャン・ディオールやイヴ・サンローランになかったのは何なのか。

芳野まい先生が指摘されたのが、後任者・カール・ラガーフェルドの分析者としての優秀さであった。ラガーフェルドは自身優秀なデザイナーであったが、メゾンシャネルを引き継ぐと、ココ・シャネルを理解することに並々ならない情熱を注いだ。古い作品やデザイン画の一つ一つを緻密に分析し、時代背景や彼女の立場を総合することで、ある意味ではシャネル本人より明確に、彼女の趣味嗜好を理解した。たとえば講義の中で先生が紹介された映像には、ラガーフェルドがかつてシャネルのデザインしたアクセサリーを指して「これはデザインとしては優れているがシャネル的ではない」と指摘している箇所があり、これには度胆を抜かれた。

つまりラガーフェルドは、美しいか/美しくないか、という尺度とは別に、シャネル的か/シャネル的でないか、という基準を持っていた。そしておそらくは後者を尊重した。シャネルのセンスは時を超え、シャネルとラガーフェルド、2人の人間に共有されることになった。

デザイナーとしてのシャネルは通常の人間のおよそ二倍の活動期間を手にしたというわけだ。ラガーフェルドは自らの寿命をかけてさらにシャネルらしさを追求していき、今日にいたる。そうした特殊な二人三脚の結果、シャネルは唯一無二の圧倒的なメゾンになった、というわけだ。

もちろん、それだけがシャネルのパワーの源ではない。シャネルのセンスそれ自体に普遍性があったこと、そしてビジネスマンとしての才覚に優れていたことも、同じようにメゾンシャネルを強くしただろう。しかし、他のデザイナーよりも圧倒的に恵まれた後継者(あくまでデザインセンスの継承、という意味では)に引き継ぐことができたことによって、シャネルというメゾンが今日の地位を確立したことに疑いはなさそうだ。

恋多き女でありながら、生涯独身を貫き、子供も設けなかったココ・シャネル。そのシャネルの精神のDNAがラガーフェルドという異色の秀才に引き継がれ、彼女の時間のなかでは体現できなかったことが次々と産まれていく奇跡に、たたただ、感嘆するばかりである。

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