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【学ぼう‼刑法】「実行行為とは、結果発生の現実的危険のある行為である」という定義はなぜ正しくないのか?

第1 はじめに

法学部で刑法を学んだ学生に向かって
「実行行為とは何ですか?」
と質問して、
「結果発生の現実的危険のある行為です」
という答えが返ってきたら、実際のところ、その学生はかなり勉強している学生と言ってよいと思います。
また、司法試験の答案などでは、ある場面でこのように書いたとしても、減点されることはないでしょう。
……ただ、そうではあっても、この文は、実行行為の定義としては正しくはありません。
ここでは、なぜそうなのか、ということを解説したいと思います。


第2 ではこれは何なのか?

「実行行為とは、結果発生の現実的危険のある行為である」という文は、実行行為の定義を表現するものとしては、正しくありません。
しかし、刑法を学ぶ多くの学生は、この文、あるいは類似の文を、刑法の教科書やら参考書やらで必ず目にしたことがあるはずです。
とすると、これは、いったい何なのでしょうか?
これは、結果犯の実行行為の特質を表わす文です。そして、その意味であれば、若干の省略を含むとしても、この文は誤りではありません。
これを、より正確に表現するならばどうなるかというと、
「結果犯の実行行為は、構成要件的結果発生の現実的危険をある行為であるという特質をもつ」ということになります。
教科書や参考書での記述は、この文章が簡略化され、しかも、文脈上話題になっている犯罪が「結果犯」であることから、その点が省略されて、上記のような表現になっているものと推測されます。


第3 なぜ定義としては正しくないのか?

では「実行行為とは、結果発生の現実的危険のある行為である」という文は、なぜ実行行為の定義としては、正しくないのでしょうか?
定義が、正しく定義であるためには、その定義は、その概念に含まれるすべてのものにあてはまる必要があります。
しかし、この文に示された内容は、すべての実行行為にあてはまるとは言えません。例えば、この定義は、暴行罪(刑法208条)の実行行為にはあてはまりません。
暴行罪の構成要件には、構成要件要素としての結果がありません。そのため、暴行罪の実行行為は「結果発生の現実的危険のある行為」ではありません。

暴行罪の構成要件の図

つまり、もし上記の文が「実行行為の定義」を表すものであるとするならば、暴行罪の実行行為にあてはまらない時点でアウトでしょう。
このように、客観的構成要件要素として構成要件的結果を持たない犯罪を「挙動犯」といいます。
挙動犯において最も単純な場合は、その客観的構成要件要素は「実行行為」のみとなりますが、必ずしもこれに限られません。「行為状況」や「身分」などの客観的構成要件要素を伴う構成要件もあります。ただ、挙動犯は「結果」を伴いません。
暴行罪は、最も単純な形の挙動犯で、客観的構成要件要素は、実行行為である「暴行」だけです。ですから、暴行罪では、実行行為が行われ(構成要件的故意があ)れば、それで既遂となります。
なお、暴行罪における実行行為である「暴行」は、人の身体に直接向けられた有形力の行使です。
※なお、暴行罪にも結果があるという説もあります。


第4 結果犯の実行行為の特質

1 結果犯の構成要件

結果犯は、客観的構成要件要素として「結果」あるいは「構成要件的結果」を持つ犯罪をいいます。結果犯の場合、客観的構成要件が充足されるには、行為者が実行行為を行っただけでなく、それによって一定の「結果」が発生することが必要とされます。
例えば、結果犯である殺人罪(刑法199条)は「人を殺した」場合を処罰する構成要件ですが、その客観的構成要件要素としては、

  1. 実行行為(人を死亡させる現実的危険のある行為)

  2. 構成要件的結果(人の死亡)

  3. 因果関係(実行行為と結果との間の原因・結果の関係)

という3つがあります。

結果犯の場合は、「構成要件的結果」とともに、必ずこれと実行行為とをつなぐ原因・結果の関係である「因果関係」が構成要件要素に含まれます。
結果犯の場合は、行為者は、実行行為を行うだけでなく、その実行行為によって結果が発生して、はじめてその犯罪の客観的構成要件が充足されたことになり、既遂となります。
そのため、実行行為は行われたものの、結果が発生しなかった場合や、結果は発生したが、実行行為とは無関係な原因によって発生したという場合は、既遂とはならず、未遂にとどまります。

2 相当因果関係と結果発生の現実的危険

この結果犯の客観的構成要件要素の1つである「因果関係」がどのような場合に認められるかについては、因果関係論で論じられます。
かつては、実行行為と結果との間に「条件関係」があれば因果関係を認めることができるとする条件説もありました。条件関係とは「あれなければ、これなし」という関係を言います。つまり、実行行為がなかったと仮定したら結果が発生しなかったかを問い、これが肯定される場合に因果関係を認めるという説です。
しかし、条件説による場合、因果関係の認められる範囲があまりにも広くなりすぎて妥当でないということが広く認識されるようになり、その後、これを限定する学説がいろいろと主張されるようになりました。
こうして、後に通説的な見解となったのが相当因果関係説でした。
相当因果関係説は、条件関係の存在を前提としつつも、これのみではなく、これに加えて、当該実行行為から当該結果が発生することが経験則上相当と認められる場合にだけ、因果関係を認めるという見解です。
つまり、相当因果関係説は、条件関係相当性という2つの要件によって、刑法上の因果関係を肯定する、つまり、結果の行為への帰属を認めるという見解といえます。
では、なぜ、条件関係だけでなく、相当性も認められる場合にだけ、その結果はその行為に帰属されるというべきなのでしょうか?
その行為からその結果が発生することが経験則上相当である、とは、別の言葉で言い換えれば、その結果はその行為が生じさせた危険性の射程の範囲内で発生したということができるでしょう。そこで、その結果はその行為が発生させた危険性の現実化なのだから、その行為に帰属する(その行為のせいである)と評価できる、ということなのです。

3 結果犯の実行行為はどうあるべきか

では、このような結果・因果関係という客観的構成要件要素をもつ結果犯の実行行為は、どのようなものであるべきだと考えられるでしょうか?
上述のように、結果犯における「構成要件的結果」は、その実行行為によって発生した危険の射程の範囲内で発生した場合に、はじめてその実行行為との間で相当因果関係をもち、その実行行為に帰属する、とされました。
ということは、逆に言えば、そもそも結果犯の実行行為には、相当因果関係を通じてその構成要件的結果を発生させるような危険性がなければならないということになります。つまり、そういう行為でなければ、そのような結果をもつ結果犯における実行行為としてふさわしくない、ということです。
そうすると「そのような行為をしたらそのような結果が発生することが経験則上相当であること」が、結果犯の実行行為には必要であり、それは、言い換えると、その行為に「結果発生の現実的危険性がある」ということだと言えます。
そこで、相当因果関係説を前提とした、結果犯における結果と実行行為との間のこうのような関係から、結果犯における実行行為は「構成要件的結果発生の現実的危険のある行為」でなければならないと定式化されることになります。

結果犯の構造とその実行行為性の図

4 結果犯の実行行為の公式

以上のような過程を経て、冒頭に述べた「結果犯の実行行為とは、構成要件的結果発生の現実的危険のある行為である」という公式が得られます。
この「結果発生の現実的危険のある行為」というものが、実行行為の定義ではないということがご理解いただけたでしょうか?


第5 実行行為の定義は?

では、「結果発生の現実的危険のある行為」というものが実行行為の定義でないとしたら、実行行為の定義とはどのようなものでしょうか?
おそらく、多くの教科書で見つけることができるのは「実行行為とは、基本的構成要件に該当する行為である」というものだと思います。
もちろん、多くの教科書に書かれているわけですから、これを間違いということはできません。
しかし、私は、この定義には賛成しません。
なぜなら、この定義は、実行行為である「事実」についての定義だからです。つまり、この定義が示しているのは「該当する行為」のほうであって、その行為が該当する対象となっている構成要件要素たる実行行為の定義にはなっていないからです。
では、この事実が該当する対象たる、構成要件要素としての実行行為の定義は何でしょうか? これは、基本的構成要件において定型的に示された行為ということになるでしょう。これこそ、構成要件要素たる実行行為の定義と言うべきものです。
なお、ここにいう基本的構成要件とは、修正された構成要件と対比される概念で、刑法などの刑罰法規の条文に規定されている構成要件です。
これに対して、修正された構成要件は、共犯(教唆罪、幇助罪)や未遂罪の構成要件です。もっとも、未遂罪の構成要件では行為は修正されておらず、結果と因果関係の部分のみが修正されておりますので、未遂罪の場合の構成要件的行為は、既遂の場合と同じく実行行為です。


第6 関連するいくつかの問題

最後にいくつかの関連する問題に触れておきたいと思います。

1 必要条件か十分条件か?

結果犯の実行行為は、構成要件的結果発生の現実的危険のある行為である、という公式は、とても便利なものです。
例えば、殺人罪の実行行為とは何かという問題を考えた場合、殺人罪の条文(刑法199条)には「人を殺した」と書いてあるだけで、どういう行為が殺人罪の実行行為なのかについては、これだけではよくわかりません。
しかし、この結果犯の実行行為の公式を使えば、この構成要件的結果のところに、殺人罪の結果である「人の死亡」をはめ込み、「人を死亡させる現実的危険のある行為」とすれば、殺人罪の実行行為の概念を得ることができます。
ただ、注意しなければならないのは、このような結果犯の実行行為の公式は、結果犯の実行行為としてふさわしいものと言えるための最低限の要件(必要条件)を示すだけで、その構成要件が提示している実行行為の十分条件を示すものではないということです。

2 強盗罪の実行行為

そのことを示す1つの例として、強盗罪(刑法236条1項)の構成要件について見てみましょう。
強盗罪(1項)の構成要件は「暴行又は脅迫を用いて他人の財物を強取した」というものですが、この場合の構成要件を図式化すると、次のとおりです。

強盗罪の構成要件

強盗罪においては、実行行為は2箇所にあります(厳密に言えば、後半部分はさらに2つに分かれるのですが、この点に説明は、別の回に譲り、ここではその点の説明は省略します)。
この場合、条文上の第1の実行行為は「暴行」と「脅迫」であり、暴行は、人の身体に向けられた有形力の行使、脅迫は人に対する害悪の告知です。これは、その条文に書かれている要件なので、このことは強盗罪の「実行行為」の概念から外すことはできません。
そのうえで、強盗罪における暴行・脅迫は、結果犯における実行行為の特質として「相手方(被害者)を反抗を抑圧する」という結果を発生させる現実的危険性を有していなければならないので、単なる暴行・脅迫ではなく、それは「相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫」ではなければならい、ということになります。
刑法各論の教科書では「強盗罪における暴行・脅迫は、相手方の反抗を抑圧する程度の暴行・脅迫(最教義の暴行・脅迫)である」と説明されていますが、それは「暴行」「脅迫」の概念に、結果犯の実行行為の公式を適用した結果としてそうなっている、と言えます。
それと同時に、強盗罪の実行行為は「暴行又は脅迫」と規定されていますので、単に相手方の反抗を抑圧する現実的危険のある行為というだけでは足りず、それは暴行または脅迫に限られるということになります。
そこで、例えば、行為者が催眠術を用いて、相手方(被害者)を無力化し、反抗できない状態にして財物を奪ったという場合、昏酔強盗罪(刑法239条)または窃盗罪(刑法235条)となることはあっても、強盗罪(刑法236条1項)にはなりません。それは、強盗罪の実行行為は、相手方の反抗を抑圧する現実的危険のある行為であるだけでは足りず、暴行または脅迫である必要があるからです。
つまり、ある犯罪が結果犯であるとしても、条文上特にその行為態様が限定されている場合には、その実行行為は、その結果に対する現実的危険があるとうことに加え、そのような行為態様をもつことが必要とされるということです。

3 現住建造物等放火罪の実行行為

次に、結果犯の実行行為の公式では「結果発生の現実的危険」と言っていますが、ここにいう「結果」は、厳密に言えば「構成要件的結果」です。
刑法上「結果」という言葉は、他に「法益侵害」の意味で用いられることもありますが、ここでの「結果」は、構成要件的結果であって、法益侵害の意味ではありません。ここも注意を要するところです。
もっとも、刑法上の結果犯の多くは、構成要件的結果と法益侵害とが重なっています。例えば、殺人罪(刑法199条)の場合、その保護法益は「人の生命」ですから、その法益の侵害は「人の死亡」です。また、同時に、構成要件的結果も「人の死亡」です。ですから、この場合は「構成要件的結果=法益侵害」であり、構成要件的結果を発生させる現実的危険のある行為と言っても、法益侵害を発生させる現実的危険のある行為と言っても、意味に変わりはありません。
しかし、これが一致しない場合があります。例えば、現住建造物等放火罪(刑法108条)の場合がそれです。条文を示せば次のとおりです。

(現住建造物等放火)
第108条
 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

現住建造物等放火罪は、公共危険罪であり、その保護法益は、公共の安全です。しかし、構成要件的結果は、列挙されている物件の「焼損」です。そうすると、現住建造物等放火罪の実行行為である「放火して」とは、これらの物件を焼損する(=火力によって損壊する)現実的危険のある行為ということになります。公共の危険を発生させる現実的危険のある行為ではありません。
ですから、結果犯の実行行為の公式を述べる場合は、誤解のないように、単に「結果発生の……」と言うのではなく「構成要件的結果発生の……」と言ったほうが望ましいと言えるでしょう。


第7 おわりに

「実行行為は、構成要件的結果発生の現実的危険のある行為である」というフレーズは、司法試験などの答案作成などでも、まさに決まり文句としてよく使われているものだと思います。
そして、多くの場合、それでも何の問題もありません。こう書いたから試験に落ちるということも、ほとんどないでしょう。
しかし、よくよく考えてみると、今回説明したように多くの問題を含んでいるものでもあります。今回の解説でそのあたりをご理解いただければ幸いです。
なお、今回お話したことは、実は、不能犯論の射程を考える場合にも意味がありますが、この点については、また別の機会にお話することにしましょう。


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