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【学ぼう‼刑法】入門編/総論11/違法性阻却事由と違法性の実質



第1 はじめに

わが国の刑法学において、犯罪は、構成要件に該当する違法かつ有責な行為と定義されます。

そして、この定義に従い、犯罪の成否の判断も、

  1. 構成要件該当性

  2. 違法性

  3. 有責性

の3段階の判断を経て行われる、という学説が一般的な支持を受けていることはすでにお話しました。

そして、前回までは、このうちの第1段階、構成要件該当性について説明してきましたので、今回からは、第2の違法性判断の段階に進みます。

犯罪論体系

違法性をめぐっては、

  1. 主観的違法性論と客観的違法性論

  2. 形式的違法性論と実質的違法性論

  3. 規範違反説と法益侵害説

  4. 行為反価値論と結果反価値論

という議論があります。以下、これらの議論に触れながら、今回は、違法性阻却事由について説明してゆきます。


第2 主観的違法性論と客観的違法性論

まず、主観的違法性論客観的違法性論について説明しましょう。

1 主観的違法性論

主観的違法性論は、違法性と責任(有責性)の判断とは分離することができない、という考え方をいいます。これに対して、客観的違法性論は、責任(有責性)の判断に先行して違法性の判断を独立して行うことができる、という考え方をいいます。

では、主観的違法性論は、なぜ違法と責任とを切り離すことができないと言うのでしょうか。

次の絵のピンクの人は、主観的違法性論の論者です。違法を責任から区別して先行して判断することができるという客観的違法性論の考え方に疑問を呈しています。その思考過程は、次の①から④に示したとおりです。

主観的違法性論の考え方

以上に対して、客観的違法性論は、責任の判断に先行して、違法性の判断を独立して行うことができると主張します。次の絵の水色の人は、客観的違法性論の論者です。

2 客観的違法性論

客観的違法性論は、主観的違法性論の主張に対して、次の①から④のように考えて反論します。

客観的違法性論の考え方

かつては、以上のような主観的違法性論と客観的違法性論の対立がありましたが、現在では、客観的違法性論が一般的な支持を受けるに至っています。

3 刑法規範の構造

主観的違法性論と客観的違法性論との争いは、刑法の行為規範をどのようなものとして把握するかをめぐる議論であったと言えます。

刑法規範(刑罰法規)は、まず、裁判規範と行為規範とから出来ている複合規範です(刑法の複合規範性)。

例えば、刑法199条(殺人罪)の条文を見てみましょう。

刑法
(殺人)

第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

この条文は「人を殺した」という要件に該当する者に対しては「死刑」「無期懲役」「5年以上(20年まで)の懲役」の範囲で刑を言い渡す、ということを裁判官に対して命じたものです。つまり、裁判官を名宛人とし、その国家刑罰権の行使に枠をはめたものです。そこで、この条文は、直接的には、裁判官を規律する「裁判規範」です。

この条文には「人を殺してはならない」ということは書かれていません。

そこで、この点を捉えて

「刑法は人を殺してはいけないとは言っていない」
「刑法は殺人を禁止していない」

などと言う人(特に法律を専門としていない人)もいますが、刑法学者の多くは、この裁判規範の裡面には、当然に「人を殺してはいけない」と殺人を禁止した行為規範が存在すると解しています。

刑罰は、対象者から生命・自由・財産などを剥奪・制限することを内容とするものであって、科される人にとって嬉しいものではありません。そのような刑罰を一定の場合に科すことが法において規定されているのは、その場合に行為者が法の禁止・命令に違反したからだと解されます。

そこで、裁判規範だけが明示され、行為規範が明示されていない場合でも、裁判規範の裡面には必ずこれに対応する行為規範が存在していると理解されます。

実際、行政刑法などの場合には、このような行為規範も明記され、これと刑罰法規(裁判規範)が別々に規定されていることが少なくありません。例えば、覚醒罪取締法などもそうです。

覚醒罪取締法
(輸入及び輸出の禁止)
第13条
 何人も、覚醒剤を輸入し、又は輸出してはならない。
(所持の禁止)
第14条 覚醒剤製造業者、覚醒剤施用機関の開設者及び管理者、覚醒剤施用機関において診療に従事する医師、覚醒剤研究者並びに覚醒剤施用機関において診療に従事する医師又は覚醒剤研究者から施用のため交付を受けた者のほかは、何人も、覚醒剤を所持してはならない
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、前項の規定は適用しない。
(以下省略)
(製造の禁止及び制限)
第15条
 覚醒剤製造業者がその業務の目的のために製造する場合及び覚醒剤研究者が厚生労働大臣の許可を受けて研究のために製造する場合のほかは、何人も、覚醒剤を製造してはならない
(2~4項省略) 
(譲渡及び譲受の制限及び禁止)
第17条 覚醒剤製造業者は、その製造した覚醒剤を覚醒剤施用機関及び覚醒剤研究者以外の者に譲り渡してはならない。
2 覚醒剤施用機関又は覚醒剤研究者は、覚醒剤製造業者以外の者から覚醒剤を譲り受けてはならない。
3 前二項の場合及び覚醒剤施用機関において診療に従事する医師又は覚醒剤研究者が覚醒剤を施用のため交付する場合のほかは、何人も、覚醒剤を譲り渡し、又は譲り受けてはならない
(4~5項、省略)
(使用の禁止)
第19条
 次に掲げる場合のほかは、何人も、覚醒剤を使用してはならない
(1~5号、省略)

以上のとおり、覚醒罪取締法は、覚醒罪の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受、使用などを禁止したうえで、この禁止に違反した場合について処罰規定を設けています。

覚醒罪取締法
(刑罰)
第41条
 覚醒剤を、みだりに、本邦若しくは外国に輸入し、本邦若しくは外国から輸出し、又は製造した者(第四十一条の五第一項第二号に該当する者を除く。)は、一年以上の有期懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、無期若しくは三年以上の懲役に処し、又は情状により無期若しくは三年以上の懲役及び一千万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
第41条の2 覚醒剤を、みだりに、所持し、譲り渡し、又は譲り受けた者(第四十二条第五号に該当する者を除く。)は、十年以下の懲役に処する。
2 営利の目的で前項の罪を犯した者は、一年以上の有期懲役に処し、又は情状により一年以上の有期懲役及び五百万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。
第41条の3 次の各号の一に該当する者は、十年以下の懲役に処する。
一 第十九条(使用の禁止)の規定に違反した者
二 第二十条第二項又は第三項(他人の診療以外の目的でする施用等の制限又は中毒の緩和若しくは治療のための施用等の制限)の規定に違反した者
三 第三十条の六(輸入及び輸出の制限及び禁止)の規定に違反した者
四 第三十条の八(製造の禁止)の規定に違反した者
2 営利の目的で前項の違反行為をした者は、一年以上の有期懲役に処し、又は情状により一年以上の有期懲役及び五百万円以下の罰金に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。

以上のとおり、そのような行為が禁止されるということが、必ずしも常識とは言えないような行政法規の場合には、必ず禁止される行為が明記されたうえで、その禁止に違反した場合の罰則が規定されるという体裁になっています。「行政犯」と呼ばれる場合です。

これに対して、刑法典に規定された犯罪の多くは、古来より犯罪とされてきた行為であり、それが国家・社会で禁止されているということは当然のことと言えます。このような犯罪を「自然犯」といい、自然犯の場合には、行為規範が明記されていない例が多いと言えます。

自然犯の場合は、そのような行為が禁止されることはあまりにも当然であるために、省略された、あるいは書き落とされたと言ってもよいかもしれません(法律では、あまりにも当然のことは書かれていないという例が結構見られます)。

ただ、その場合でも、裁判規範だけがあって行為規範が存在しないということではなく、裁判規範の裡面には当然に行為規範が存在していると解され、その内容は裁判規範の内容から推知されます。

そして、この刑法の行為規範について、これを「評価規範」と「決定規範」あるいは「禁止・命令規範」とに区別して理解するのが、客観的違法性論だと言えます。

評価規範は、その行為の「善い/悪い」を評価している規範です。その行為が決定規範によって禁止されるのは、その行為が「悪い」行為だからであり、その意味で、評価規範は、決定規範に論理的に先行します。

決定規範は、行為者に対して当該行為を禁止したり命令したりすることによりその意思決定に作用する規範です。そのため「決定規範」と呼ばれます。

また、この規範は、悪い行為に対しては「禁止」し、善い行為については「命令」するので「禁止規範」や「命令規範」と呼ばれることもあります。

刑法の場合は、基本的には、悪い行為(作為)について禁止しているので「禁止規範」であることがほとんどですが、不作為犯の場合は、善い行為(法の期待する作為)について命令し、この命令に従わない不作為が処罰されているので「命令規範」に対する違反となります。

ただ「禁止」も広い意味では「命令」の一種とも言えるので、「禁止・命令規範」の意味で、単に「命令規範」と呼ばれることも少なくありません。ややこしいですが。

こうして客観的違法性論では、行為規範は「評価規範」と「決定規範」とから成り、評価規範に違反することが「違法」、決定規範に違反することが「有責」であると解され、両者が区別されています。

そして、その行為の善悪は、その行為者がだれであるか、そのような状態で行われたかに関わりなく可能なので、評価規範違反(違法)の判断は客観的になされますが、決定規範違反は、行為者がその禁止・命令を理解できるか等行為者の能力に左右されますので、決定規範違反(有責)の判断は主観的になされるとされます。

刑法規範の構造

第3 違法性判断の方法と違法性阻却事由

1 違法性判断の方法

さて、以上に説明したとおり、現在では、違法性の判断は、有責性の判断から独立先行して行われる、という客観的違法性論が一般的です。

では、違法性の判断は、どのように行われるのでしょうか?

構成要件該当性の判断では、事実がある犯罪の構成要件に該当するかどうかを判断するには、その構成要件を構成している構成要件要素をすべて列挙し、1つひとつこれに該当する事実があるかどうかを確認してゆく、という方法で、これを行いました。

では、違法性の判断でも、このような方法で判断が行われるのでしょうか?

これは異なります。

違法性の判断では、違法性を基礎づける要素(違法要素)をすべて列挙し、それに該当する事実があるかどうかを逐一確認してゆく、という方法ではなく、構成要件に該当するにもかかわらず、例外的に違法ではないとされる事由(違法性阻却事由、正当化事情)が存在するかどうかを確認してゆき、これが何ら存在しないときには違法である、との判断がなされます。

つまり、違法性判断の段階では、実際には「違法性があるか」が判断され、これが「ある」ときに「違法性あり」とされるのではなく、「違法性阻却事由があるか」が判断され、これが「ない」ときに「違法性あり」と判断されるということです。

違法性判断の方法

2 形式的違法性論と法規的違法性阻却事由

違法性段階における判断が、このように違法性阻却事由があるかないかということによって行われるとするならば、違法性判断が的確にできるためには、違法性阻却事由にはどのようなものがあるかということを知り、それぞれの違法性阻却事由の成立要件について知っておけばよい、ということになります。

そうすると、教科書(体系書)の中で取り上げられている違法性阻却事由について逐一勉強して、その成立要件を覚えておけばよい、ということになりそうに思います。

……しかし、残念ながら、事はそれほど単純ではありません。

違法とは、行為が「法に違反すること」ですが、ここにいう「法」が制定法の意味であるならば、話は難しくありません。法律その他の制定法に反することが違法であり、そうであるならば、例外的に違法でないとされる違法性阻却事由についてもすべて法律等に明記されているということになります。このような考え方を「形式的違法性論」といいます。

刑法は違法性阻却事由について、3つの条文をもっており、そこには4つの違法性阻却事由が明記されています。

刑法
(正当行為)
第35条
 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。
(正当防衛)
第36条
 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
(緊急避難)
第37条
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
2 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

刑法第35条は「正当行為」という見出しの下、①法令行為、②正当業務行為について規定しています。また、刑法第36条第1項は、③正当防衛について、刑法第37条1項本文は、④緊急避難について規定しています。

形式的違法性論に従えば、違法性阻却事由はこの4つに限られることになります。このような条文に明記された違法性阻却事由は「法規的違法性阻却事由」と呼ばれます。

3 実質的違法性論と超法規的違法性阻却事由

形式的違法性論は、法律がある行為を刑罰の対象として規定することによって、その行為が違法性をもつことになる、と考えます。つまり、行為が違法か違法でないかは、法律が作られることによってその行為が違法に色づけられることになります。

しかし、刑法とはこのようなものなのでしょうか?

刑法は社会統制の手段です。社会共同体を維持するため、社会に害を及ぼす一定の行為(社会侵害行為)を刑罰をもって禁止し、人々の行動を統制することで、社会の維持に必要な最低限度の基盤を整備することを目的としています。

そこで、ここに存在する順序は、まず社会を侵害する一定の行為というものが存在していて、次いで、法律がこれを禁止し、人々の行動を統制する、という順序です。法律が作られることによって、はじめて違法が作られるということではありません。法律が作られる以前に、社会には実質的に違法な行為というものが存在しているのです。このように考えるのが「実質的違法性論」です。

下の図をご覧ください。

この図の水色の楕円で描かれた部分が、社会に存在する「実質的に違法な行為」を表しています。

そして、この実質的に違法な行為を禁止するために作られたのが、黄色で描かれた四角形の部分です。刑罰法規の「構成要件」がこれに当たります。

この四角い構成要件の部分は、もちろん「実質的違法な行為」を捕捉するために作られるワケですが、実質的な違法な行為が、いわばグニャグニャとした形をしているのに対して、言葉を用いて単純な形で作られます。

例えば、刑法第199条は「人を殺した者」、刑法204条は「人の身体を傷害した」という極めて単純な形で作られています。

しかし、実際に国家・社会において禁止される殺人行為や傷害行為は、そのすべてではありません。例えば、刑務官が死刑執行のボタンを押して死刑囚を殺害することは、実質的に違法な行為とはされません。また、ボクシングなどの試合で相手に怪我をさせたとしても、それは禁止されません。また、正当防衛や緊急避難と呼ばれる一定の場合にも、それが殺人罪や傷害罪の構成要件に該当するとしても、実質的に違法であるとは考えられておりません。

ここが、構成要件に該当すること(形式的違法行為)と、本当に悪いと評価される行為(実質的違法行為)とがズレる部分です。上の図では、黄色い四角形の四隅の部分で、ちょうど実質的違法行為を示す楕円からは外れている箇所がそれに当たります。この部分に該当する行為は、構成要件には該当するものの、実質的には違法ではないので、処罰の対象とすべきではない行為です。そして、構成要件に該当する行為のうち、この実質的に違法でない部分を除外する役割を果たしているのが、違法性阻却事由です。

この違法性阻却事由によって、刑法による処罰の対象となる範囲を、上図で言えば、四角形と楕円形が重なっている薄緑色で表示された部分に限定したいということです。

ところで、実質的違法性論によれば、違法性の阻却される部分(黄色い四隅の部分)は、社会における実質的に違法な行為が何かということと、構成要件がどのように規定されているか、という両者の関係(ズレ)によって決まります。

そうすると、その範囲というものは、形式的に規定された法規的違法性阻却事由の範囲だけでは収まらなくなります。もちろん、すでに紹介した4つの法規的違法性阻却事由は、これに該当しますが、これ以外でも、構成要件には該当するが、実質的には違法とはいえないという行為を観念することができます。

そこで、実質的違法性論による場合には、必然的に、法規的違法性阻却事由以外の違法性阻却事由、つまり、法律に根拠規定を持たない「超法規的違法性阻却事由」というものが観念されることになります。

これにあたるものとしては、例えば「被害者の承諾」「被害者の推定的承諾」「危険の引受け」「自救行為」「一般正当行為」「可罰的違法性の欠如」など、いろいろなものが主張され、その存在は判例・学説によっても是認されています。

なお、上記の図のうち、水色の楕円には入っているけれども、黄色い四角形の部分からは外れている上下左右の半円形の部分は、実質的には違法ではあるけれども、刑罰法規がないために、刑事罰の対象とはされていない違法行為を意味しています。

例えば、かつてはわが国にも姦通罪という犯罪があり、妻の不倫行為は犯罪とされていました。しかし、現在では、男女とも不倫行為を処罰する刑罰法規は存在しません。ただ、不倫は、配偶者の貞操義務に違反する行為として、違法行為ではあり、民法上は、他方配偶者に対する不法行為(民法第709条)にはあたると解されています。そこで、これなどは、上図の水色の半円形の部分に入ります。

4 違法性阻却事由の分類

以上のとおり、実質的違法性論を前提とすれば、違法性阻却事由は、法規に根拠規定のある「法規的違法性阻却事由」のほかに、法規に根拠を持たない「超法規的違法性阻却事由」というものも認めることになります。

そこで、違法性阻却事由には「法規的違法性阻却事由/超法規的違法性阻却事由」という種類があることになります。

また、それを構成している要件に目を向けると、違法性阻却事由の中には、正当防衛や緊急避難のように、緊急状態の場合に違法性を阻却するというタイプのものと、そのような緊急状態に限らず違法性を阻却するタイプのものとがあり、前者は「緊急行為」、後者は「正当行為」と呼ばれています。

このような違法性阻却事由の分類を示したのが、下の図です。

違法性阻却事由の分類

5 違法性阻却の原理の必要性

ところで、「2」の冒頭でも述べたように、形式的違法性論の立場に立ち、違法性阻却事由が「法規的違法性阻却事由」に限定されるのであれば、現行法に規定されている4つの違法性阻却事由(法令行為/正当業務行為/晴朗防衛/緊急避難)についてその成立要件を整理して暗記し、いつでも使えるようにしておけば、違法性についての的確な判断はできる、ということになります。

しかし、実質的違法性論を前提とした場合は、超法規的違法性阻却事由というものが入ってきてしまうため、違法性阻却事由の数は4つに限られなくなります。しかも、上記の図でも、超法規的違法性阻却事由の一番下の枠が「その他……」となっているように、超法規的違法性阻却事由には、限りがありません。今後も新たな超法規的違法性阻却事由が生まれる可能性があります。

そのうえ、超法規的違法性阻却事由では、(当然のことながら)その成立要件を引き出すうえでの手掛かりとなる条文が存在しません。もちろん、教科書などには、その著者の考えるそれなりの成立要件が示されているでしょうが、それが必ずしも充分とはいえず、また、本によって言っていることが異なったりしたら、一体どれに従ったらよいのでしょう?

結局、そうなると、教科書の個々の記述に「正解」を求め、これを「暗記」することで課題を突破しようと思っても、それは無理なので、別の方法を考える必要が出てきます。

つまり、教科書の中に「所与の正解」を求めるのではなく、そもそも違法性阻却事由というのはどういう理屈(原理)によって作られているのかということを考え、解明し、これを通じて、個々の違法性阻却事由について、スジのとおった成立要件というものを自分で作ってしまおう、という作戦です。


第4 違法性の実質をめぐる学説と違法性阻却の原理

1 違法性の実質の裏返し

では、以上に述べたように、違法性阻却事由というものを形作っている原理を解明し、これによって違法性阻却事由の要件を一気に明らかにしてしまうとして、この違法性阻却事由を形作っている原理というのは、いったいどのようなものなのでしょうか?

そのヒントになるのは、すでに示した、水色の楕円と黄色い四角形の図です。

この図で、違法性阻却事由は、黄色い四角形の四隅の部分で、黄色い四角形の内側にあるとともに、水色の楕円形の外側にある、という三角形のような部分です。つまり、それは、構成要件に該当するが「実質的に違法でない」という部分です。

つまり、それが違法性阻却事由なので、その実体は何かと言えば「実質的に違法でない」ということなのです。比喩的に言えば「実質的違法性の裏返し」です。

そうすると、違法性阻却事由がどのような原理でできているかを知るためには、違法性の実質(実質的違法性を構成している要素が何か)が解れば、おのずと解るということになります。

では、違法性の実質とは、何なのでしょうか?

この点については、学説の対立があります。

2 規範違反説と法益侵害説

違法性の実質が何かをめぐっては、規範違反説、法益侵害説、二元説の3つの説があります。下の図のとおりです。

伝統的には、規範違反説、特に、国家社会的倫理規範違反を問題とする倫理規範違反説や、これに法益侵害性を加味する二元説などが通説的見解であったと言えますが(団藤、大塚など)、最近では、法益侵害説を採っていた平野先生の弟子の先生方がかなり頑張っていることもあって、現在では、学説上は法益侵害説のほうが優勢かも知れません。

最近の規範違反説の有力な主張者としては、井田良先生がいらっしゃいますね。ただ、最近の規範違反説は、従来のような「倫理規範」ということを言わず、モラリズムからの脱却を図っているようです。

3 行為反価値論と結果反価値論

規範違反説と法益侵害説の対立は、いわば違法性の実質は何かという、行為の違法性を判断するための基準をめぐる争いと言えますが、行為の違法性を判断するには、行為のどのような側面に着目して判断すべきか、ということをめぐって争われているのが、行為反価値論と結果反価値論との対立です。

ここでは「行為反価値」「結果反価値」という言葉を使いますが、かつては「行為無価値」「結果無価値」という呼び方のほうが一般的でした。

ただ、「無価値」というと、単に「価値がない」という意味に聞こえますが、ここでの問題は、行為のどのような側面が「価値に反しているのか」ということをめぐる問題なので、「反価値」という言葉のほうが適切であり、ここでも「反価値」という言葉を使うことにします。

さて、行為は、人の身体の動静ですが、行為には、3つの側面があると考えられます。

第1は、行為者がその行為を行うにつき、どのような思いを込めてその行為を行ったかという「主観的態様」です。

第2は、行為者がその行為をどのような方法や形態で行ったのか、という「客観的態様」です。

第3は、その行為からどんな結果がもたらされたのか、善い結果がもたらされたのか、悪い結果がもたらされたのか、という「結果」です。

そして、このような行為のもつ各側面のうち、行為が違法であるかどうかの判断は、どの側面に着目して行われるべきかというのが、ここでの問題です。

この点をめぐっては、現在、次のような5つの見解があります。

第1は、志向反価値論と言われる見解で、行為者の主観的態様(目的や認識など)によって行為の違法性は評価されるべきだという見解です。倫理規範説を徹底すれば、あるいはこのような見解に行き着くのかもしれません。ただ、極端な見解であり、かつてドイツでは主張されていたようですが、わが国では存在しません。

第2は、行為反価値一元論と呼ばれる見解で、行為の主観的・客観的態様によって行為を違法性を判断します。その行為からどのような結果が発生したかという点は、評価の対象に入りません。

第3は、行為反価値二元論と呼ばれる見解で、かつての通説的見解です。この見解は、行為の主観的態様、客観的態様、結果というすべての側面を総合的に評価して行為の違法性を決すべきであるという見解です。倫理規範に違反にしたかどうかという点について、主観的態様や客観的態様が影響を及ぼすことはもちろん、結果も影響を及ぼすとして、すべての側面が違法性の存否・大小に影響すると主張します。

第4は、結果反価値論です。行為からどのような結果が発生したか、という側面だけに着目して行為の違法性を判断します。違法性の実質についての法益侵害説からの素直な帰結です。法益侵害説によれば、行為の違法性を決めるのは、その行為が法益侵害を惹起したか、また、法益侵害の危険を発生させたかということによるので、行為のもつ3つの側面のうち「結果」の側面こそが行為の違法性の有無・大小に対して影響するということになります。そこで、法益侵害説からは結果反価値論が帰結されます。

なお、若干注意を要するのは、結果反価値論に立つ場合に、行為者の主観的態様は行為の違法性にまったく影響を与えないかというと、必ずしもそうではありません。もちろん、この立場に立って、行為者の主観的態様は、行為の違法性にはまったく影響を与えないと主張している論者もいます。しかし、そうではなく、行為者の主観的態様が行為の違法性に影響を与える場合があることを肯定する論者もいます(平野先生など)。

ただ、このような論者は、行為者の主観的態様それ自体が行為の違法性に影響すると言っているのではなく、その存否・内容が「行為の危険性」に影響を与えることによって、結果として行為者の主観面が結果反価値性に影響を与える場合があると言っているのです。このような主観的要素を「主観的違法要素」と言い、目的犯における目的、未遂犯の主観的態様などの超過的内心傾向がこれに当たるとされます。

第5の見解は、跛行的結果反価値論です。この見解は、結果反価値論を基礎としつつ、行為者の主観的態様・客観的態様が行為の違法性に影響を与える場合があることを肯定します。ただ、この見解が、第3の行為反価値論二元論と違うのは、この見解では、主観的態様・客観的態様は、行為の違法性を否定する方向でしか働かない、という点です。

逆に言えば、第3の行為反価値二元論は、主観的態様・客観的態様が行為の違法性を増加させる方向でも働き、場合によっては、法益侵害やその危険という結果が存在しない場合であっても、行為反価値性のみによって違法性が肯定される場合があります。

これに対いて、跛行的結果反価値論の場合は、まず、法益侵害やその危険性が存在しなければ、違法性が肯定されるということはありません。行為者の主観的態様や客観的態様だけでは、違法性を基礎付けることはできません。

この見解では、行為者の主観的態様や客観的態様は、違法性を消滅・減少させるマイナスの方向でだけ働きます(そのため、上の表では、主観的態様・客観的態様の部分が△になっています)。

この見解が、行為者の主観的態様、客観的態様という行為反価値的要素をマイナス方向にだけ機能させるのかと言うと、法益侵害の危険性はあるものの、これを許容する社会的必要がある場合について、社会によって認められた一定の行為準則に従っている限り、これを違法でない、とする必要があるからです。いわゆる「許された危険」と呼ばれる場合です。

なお、この第5の跛行的結果反価値論は、私自身は支持していますが、学説としては少数説でしょう。

4 違法性の判断基準と判断材料

以上のとおり、違法性の実質についての倫理規範違反説をとると、違法とは、国家社会的倫理規範に違反することとなるため、行為が違法か否かを判断するための基準は、その行為が国家社会的倫理規範に違反したか、というものとなり、違法性を判断するための材料は、行為をとりまく、主観的態様・客観的態様・結果のすべてに求められることになります(行為反価値二元論)。

これに対して、違法性の実質についての法益侵害説をとる場合は、違法とは、法益を侵害しまたは法益侵害の危険を惹起することとなるので、行為が違法か否かを判断する基準は、その行為が法益を侵害したか、またはその行為が法益侵害の危険を惹起したかというものとなり、その違法性を判断する材料は、行為の「結果」という側面にのみ求められるものとなります(結果反価値論)。

これが、違法性の実質をめぐる、大きな学説の基軸です。

5 違法性阻却の原理

では、違法性の実質に対する理解がこのようなものであるとすると、いわばその「裏返し」である違法性阻却の原理は、それぞれどのようなものとなるのでしょうか?

倫理規範違反説からは、社会的相当性説が違法性阻却の原理として導かれます。すなわち、構成要件には該当するとしても、結局、社会生活の中で歴史的に形成された国家社会的倫理規範の枠内にあると評価される行為(社会的相当行為)は、違法ではない、ということになります。

他方、法益侵害説からは、構成要件該当性があることにより、外見上は法益侵害やその危険が存在するように見えても、①被侵害法益が実質的に保護に値しないなどの理由により法益が欠如する場合には、実質的には、法会侵害自体が存在しないことになりますし(法益の欠如)、また、②法益侵害自体は否定されないとしても、その行為者の行為によって、同時に法益が保全され、その法益が被侵害法益に優越するか、少なくとも同等である場合には、保全法益と侵害法益との比較により、全体としてその行為は違法ではないと評価されることになります(法益衡量)。このような見解は「法益衡量説」と呼ばれています。そこで、これが法益侵害説に立った場合に、この法益衡量説が違法性が阻却の一般的な指導原理となります。

なお、跛行的結果反価値論においては、法益衡量説によって違法性が阻却さえる場合のほか、法益侵害やその危険はあっても、国家社会的に認められた行為準則に従って行動していたという場合は、社会的相当性によって違法性が阻却されるという場合も認められることになります。


第5 おわりに

以上述べてきたとおり、自分が違法性の実質につき、倫理規範違反説に立つか、法益侵害説に立つかによって違法性阻却事由の成立要件は影響を受けます。

そのため、今後、個々の違法性阻却事由について学ぶ際にも、教科書に書かれていることを鵜呑みにするのではなく、常に、このような自説の立場からはそのような成立要件の定立は妥当なのか、ということを検証する必要があります。

また、超法規的違法性阻却事由のように、その成立要件がどのようなものであるかということについて何らの手掛かりもないような場合でも、自分が違法性の実質についてどのように考えるのか、ということさえシッカリと決まっていれば、論理的思考によって、その違法性阻却事由はどのような成立要件で構成されるべきか、ということを探り当てることができます。

なんと便利なことでしょう!


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