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【学ぼう‼刑法】入門編/総論14/緊急避難/違法性阻却説と責任阻却説/正当防衛と緊急避難との違い


第1 はじめに

だいぶ時間が空いてしまいましたが、前回と前々回は「正当防衛」について学びました。特に、前回扱った「偶然防衛」は、違法性をめぐる学説の対立が鮮明に現れる重要な論点でした。

正当防衛をめぐっては、これ以外にも面白く、難しい論点がたくさんあるのですが、ここは入門編なので、まずは先に進みましょう。

今回扱うのは「緊急避難」です。

上の図は、以前にも示しましたが、違法性阻却事由が、条文があるかないかによって「法規的違法性阻却事由」と「超法規的違法性阻却事由」とに分けられ、また、緊急事態において正当化されるものなのか否かで、それを必要としない「正当行為」とそれを必要とする「緊急行為」とに分類されることを示しています。

この図では「緊急避難」は「正当防衛」と並んで「法規的」な「緊急行為」に位置づけられています。

ただ「正当防衛」とは異なって、「緊急避難」の場合は、そもそもここに位置づけられることが正しいのか、ということ自体をめぐって争いがあります。

まずはその点から説明しましょう。


第2 違法性阻却か? 責任阻却か?

1 カルネアデスの板

緊急避難とは、具体的にはどんな場合でしょうか?
古くから挙げられている例は「カルネアデスの板」と呼ばれる事例です。これは、次のようなものです。

この事例において、他人を突き飛ばして水死させ、生き残った者は、殺人罪に問われるのかが問題となります。

結論的には、このような1人しか生き残ることができないような状況下で、他人を押しのけて自分が生き残ったとしても、これは罪にはならないという考え方が一般的です。

しかし問題は、その罪にならない理由は、この男の行為が「正しい」からなのか? それとも、正しくはないが、人の心の弱さとして「責められない」からなのか?

これが違法性阻却説責任阻却説との対立です。

正当防衛の場合には、被害者は、不正の侵害者であり、行為者はこの者からの侵害に対して反撃したにすぎません。そのため、正当防衛は、その名のとおり「正当」な行為なのであり、これが責任阻却事由であるとの説は存在しません。

これに対して、緊急避難の被害者は、不正の侵害者ではありません。つまり、彼もまた「法による保護を否定されるような存在」などではなく、行為者と同様に、法によって保護されるべき存在なのです。

緊急避難は、自分の利益か他人の利益かどちらかが被害を受けることがやむを得ないという「二者択一」の緊急状態下において、他人の利益を犠牲にし、自己の利益を優先したという行為です。

そのため、正当防衛ほど「正しい」と言って胸を張ることができるようなものか、というと、必ずしもそうではありません。

そのため、緊急避難については、本当にこれは「正しい」行為なのか、ということが問題となるワケです。

「正しい行為」なのか、それとも「正しくはないが、他人を犠牲にしてでも自分が助かりたいというのは、やむを得ない人間の弱さなので、責めることはできないという行為」なのか、ということです。

2 違法性阻却説の論拠

違法性阻却説は、緊急避難の場合に違法性が阻却されると主張しますが、その論拠は何でしょうか? なぜ違法性が阻却されると考えるのでしょうか?

違法性阻却説は、違法性が阻却される根拠を「法益衡量」に求めます。

つまり、緊急避難行為によって守られた法益と失われた法益とを比較して、前者のほうが後者よりも大きい、あるいは同等であるという場合であれば、そこには法益侵害はない、と考えるわけです。

なぜなら、いずれにしても、どちらかの法益は失われてしまうような緊急状態(二者択一の状態)の下にあったのですから、行為者が「より小さな法益を守るために大きな法益が犠牲にした」という場合でなければ、行為者の選択によって法益が新たに侵害されたということにはならない(どうせどちらかの法益は侵害される運命にあったのだから)ということです。

これは、二者択一の緊急状態下では、結果的に「差し引きゼロ」であれば、全体として行為者による法益侵害があるとは言えない、と表現してもよいでしょう。

3 責任阻却説の論拠

これに対して、責任阻却説は、緊急避難の場合にも法益侵害は存在すると言います。なぜなら、この場合の被害者の法益は、正当防衛の場合とは異なって「法による保護が否定されている」というワケではないので、そこに行為者の行為による「法益」の「侵害」が存在していることは間違いないからです。つまり、責任阻却説は、法益侵害があるかないかという評価において「差し引きゼロ」のような全体的な考え方はしないワケです。

そのうえで、責任阻却説は、この場合にその行為者に犯罪が成立しないのは、行為者に「適法行為の期待可能性」がなかったからだ、と言います。

これは責任段階に入ってから学ぶことですが「適法行為の期待可能性の欠如」は、責任阻却事由の1つです。

違法な行為をした行為者に対して、法的な非難を加えることができるためには、行為者の置かれた状況が正常であり、その行為者に対して違法な行為に出ず、適法な行為に出ることを期待できたこと、が必要である、と現在では一般に考えられています。これが「適法行為の期待可能性の理論」です。

そこで、責任阻却説は、この理論によって、緊急避難行為は違法ではあるが、責任が阻却されて犯罪が成立しない場合である、と説明します。

4 責任阻却説に対する批判と反論

では、どちらの説がよいでしょうか?

現在の日本では、違法性阻却説が通説であり、責任阻却説は少数説です。

そして、違法性阻却説は、責任阻却性説に対して、次の3つの批判をします。

この3つのうち最後の1つは、緊急避難行為が違法とされた場合の不都合を解くものですが、最初の2つは、わが国の緊急避難の条文の規定ぶりを理由とするものなので、まずは、条文を確認してみましょう。

刑 法
(緊急避難)
第37条
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
 前項の規定は、業務上特別の義務がある者には、適用しない。

刑法第37条第1項本文が「緊急避難」の規定です。第1項の「ただし書き」は、刑の任意的減軽・免除事由である「過剰避難」を規定しています。

そこで、違法性阻却説からの責任阻却説に対する批判ですが……

第1に、違法性阻却説は、刑法第37条第1項本文が「他人」のための緊急避難を認めていることは、責任阻却にそぐわない、と言います。

なぜなら「自己」の身が危険に晒されたのであれば、自己の身を守るために他人の利益を犠牲にしてしまうということについて「適法行為の期待可能性がない」との説明も理解できるが、「他人」の利益を守ることについてまで、それが「やむを得ない」「適法行為の期待可能性がない」という説明は成り立たないだろう、と言います。

しかし、これに対して責任阻却説は、他人の中には、配偶者、子、親、恋人なども含まれるのだから、この場合には、これらの者を救うために他人を犠牲にすることについて「適法行為の期待可能性がない」という説明も充分に成り立つと反論します。

第2に、刑法第37条第1項本文は「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り」と規定し、緊急避難の成立要件として厳格な法益権衡を要求している。そこで、このことは、法益衡量による違法性阻却という考え方に親和的であり、期待可能性の欠如という説明にはそぐわない、と違法阻却説は主張します。

しかし、これに対して責任阻却説は、いや、「期待可能性」の理論も、法益の衡量を問題にしないワケではない。この理論も、自分の利益を守りたいという一心であれば、どのように大きな法益を侵害しても「やむを得ない」「適法行為の期待可能性がない」として許される(責任が阻却される)としているワケではない。だから、刑法第37条第1項本文が法益権衡を要求しているとしても、そのことが直ちに責任阻却説を否定する論拠とはならない、と反論します。

第3に、違法性阻却説は、仮に、緊急避難が責任阻却だとすると、それは違法行為であるということになるから、緊急避難に対する正当防衛が可能となってしまう。しかし、それは不都合である、と責任阻却説を批判します。

しかし、この批判に対して、責任阻却説は「確かにそうだが、それが何が問題か?」と開き直ります。つまり「これはまったく不都合なことではない。お前は何を言ってるんだ?」と反論します。

さて、みなさんは、どちらの説に説得力を感じますか?

なお、ドイツでは、1975年施行の新刑法総則において、違法性の阻却される緊急避難と責任が阻却される緊急避難との2つ類型を認める規定が採用されているようです。そこで、これにならって、わが国でも、緊急避難を違法性阻却の類型と責任阻却の類型の2つに分ける二分説も主張されています。

さて、どうでしょうかね?

なお、ここでは、一応、通説的な立場に従って、緊急避難は違法性阻却事由であるとして以下の説明を続けることにします。


第3 緊急避難の成立要件

緊急避難の成立要件は、正当防衛のように、次の4つまたは5つの要件に分けることができます。

1 現在の危難

これは、緊急避難が成立し得るための行為状況を限定するものです。

同じく緊急行為である「正当防衛」の「急迫不正の侵害」に相応します。

なお「正当防衛」では、この行為状況が「人の行為」であることが必要かという議論がありましたが、緊急避難の場合にはこのような見解の対立はありません。「現在の危難」は、法益に対する実害または危険が差し迫っている状況であればよく、それは人の行為によるものである必要はありません。

2 避難行為(転嫁行為)

緊急避難の「行為」の特徴は、自己などに降りかかった危難を第三者に「転嫁する」という点にあります。正当防衛の場合は「反撃」行為に限定されましたが、緊急避難の場合には、そのような限定はありません。

「避難行為」という概念自体は、被害を避ける行為であれば、それがどんな行為であれ「避難行為」であることには間違いがないでしょう。

しかし、それが何らの法益に対する侵害をも伴わないのであれば、そもそも構成要件に該当せず、違法性阻却は問題となりません。

その意味で「避難」に伴って第三者の法益に対して侵害が及んだ、つまり、自己などに対して降りかかった侵害が第三者に振り返られた、すなわち「転嫁」されたという点が、緊急避難における「避難行為」の特徴になるワケです。

そのため、正当防衛の行為が「不正対正」の関係であるのに対し、緊急避難の行為は「正対正」の関係と言われます。避難行為をした行為者と、侵害を転嫁された被害者のいずれもが「不正」ではなく「正」だからです。

3 補充性

緊急避難においても、正当防衛における「防衛行為の必要性」という要件と同様に「避難行為の必要性」にあたる要件が存在します。

ただし、緊急避難における「必要性」は、正当防衛における「必要性」よりも厳格に解され、特に「補充性」と呼ばれています。

このような「補充性」が認められる場合とは、いわば「二者択一」の関係であり、保全法益と侵害法益の「両方を侵害しないで保全する」という選択肢が、行為者に与えられていなかった場合であったことを意味します。

つまり「いずれにしてもどちらかの法益は侵害された状況」であるので、自己等の法益の保全を選択した行為者の行為に「全体として新たな法益侵害はない」との評価が可能となるワケです。

4 法益権衡の原則

緊急避難における「法益権衡の原則」は、正当防衛における「防衛行為の相当性」に対応するものです。ただし、下に引用した条文上、次の赤字の部分の文言によって厳格に規定されています。

緊急避難における正当化の根拠を「法益衡量」に求めるのであれば、保全法益は、侵害法益よりも優越するか、あるいは、少なくとも同等でなければならない、ということが、当然の帰結として導かれます。

5 避難の意思

緊急避難の性質を違法性阻却事由だと考えるのであれば、この議論は、正当防衛における「防衛の意思」をめぐる議論とパラレルに理解することができます。

これに対して、緊急避難の性質を責任阻却事由と考え、その責任阻却の根拠を「適法行為の期待可能性の欠如」に求めるのであれば、避難の意思は、必要と解することになります。責任段階での判断では、主観的な要素が重要となるからです。


第4 正当防衛と緊急避難の成立要件の違い

1 成立要件の厳格さと緩やかさ

以上のとおり、緊急避難の要件は、正当防衛の要件の構成と似ています。

しかし、その一方で、細かい部分でかなり違っているとも言えます。

緊急避難を正当防衛と同じ違法性阻却事由と考えるのであれば、それがなぜ違うのかを考えることはとても有益で、それぞれに対する理解を深めることになります。

そこで、両者がどのように違うのか、その理由はなぜなのかということについて、比較して考えてみることにしましょう。

まず、対比表を示せば以下のとおりです。

以下では「行為状況」「行為」「必要性」「相当性」の4つについて、要件の厳格さ、緩やかさを比較してみましょう。

2 急迫不正の侵害と現在の危難

まず、正当防衛に求められる行為状況は「急迫不正の侵害」ですが、ここにいう「不正」が何を意味するのかについては、かつて、倫理規範違反説と法益侵害説とで理解が異なっていました。

この場合「不正=違法」と解したうえで、倫理規範違反説に従えば、この場合の「不正」は「不正行為」に限られ、人の行為に限定されるということになりました。そのために、対物防衛については、否定という結論が導かれました。

これに対して、法益侵害説によれば、この場合の「不正」も、必ずしも人の行為に限られず、法益侵害の危険があれば足り、それゆえに、飼い犬等の人の所有する動物からの法益侵害に対しても、正当防衛は可能ということになりました。

また、最近では、倫理規範違反説に立ちつつも、ここにいう「不正」を法益侵害の危険と解する見解があることは、前々回で紹介しました。

いずれにしても、ここにいう「不正の侵害」を、倫理規範に違反する侵害行為と解する場合は、要件は厳格となり、正当防衛の成立範囲は狭まり、法益侵害の危険のある状態と解すれば、要件は緩やかとなり、正当防衛の成立範囲は広がります。

なお、緊急避難に要求される「現在の危難」にいう「危難」は、法益侵害の危険の意味ですから、正当防衛における「不正の侵害」を緩やかに解した場合には、その意味するところは「危難」と一致します。

つまり、この場合、正当防衛における「急迫不正の侵害」と、緊急避難における「現在の危難」とは、まったく同じ意味であり、この点で両者の要件の「厳しさ/緩やかさ」には違いはない、ということなります。

3 反撃と転嫁

正当防衛の行為である「防衛」も、侵害を避けて自己などの法益を守る行為であることは「避難」と同じですが、侵害に対する「反撃」に限定されます。

これに対して、緊急避難の行為は、そのような限定はなく、他人の法益を侵害しつつ、侵害を避けて自己などの法益を守るという「転嫁」行為が広く含まれることになります。

その意味で、正当防衛における行為は「限定的」であり「厳しい」と言える一方で、緊急避難における行為は「非限定的」であり「緩やか」と言うことができます。

4 必要性と相当性

これに対して、行為の「必要性」と「相当性」に関しては、その厳格さ、緩やかさが逆転します。

上の図のとおり、正当防衛における「必要性」は、緩やかで、たとえ「退避が可能」であっても、必要性は肯定されますが、緊急避難の場合は、避難行為をすることが、法益を保全するための「唯一の方法」であり、「それ以外に方法がなかった」という強い必要性(補充性)が要求され、その要件は厳格です。

また、正当防衛による「相当性」は、行為の相当性と言われ、侵害行為に対応するものとして「相当な行為」「やり過ぎでない行為」であればよいとされますが、緊急避難の場合は、結果の相当性(法益権衡の原則)と言われ、被侵害法益が保全法益の価値を超えた場合には、相当性は認められません。

その意味で、行為の必要性・相当性については、正当防衛のほうが要件が緩やかで、緊急避難のほうが要件が厳格なものとして構想されている、と言うことができます。

5 まとめて比較

正当防衛の要件と緊急避難の要件とをまとめて比較すると、次のように言うことができます。

正当防衛の場合は、「行為状況」は、厳格か(または同等)で、「行為」は緊急避難よりも厳格だが、行為の「必要性・相当性」は緊急避難よりも緩やか。

つまり、そのデコボコは、こんな感じです。

これに対して、緊急避難の場合は、「行為状況」は緩やか(または同等)で、「行為」は正当防衛よりも緩やかだが、「必要性・相当性」は、正当防衛よりも厳格。

つまり、デコボコはこんな感じです。

正当防衛のデコボコと、緊急避難のデコボコを重ね合わせてみると、次のような感じとなります。緑色が正当防衛、紫色が緊急避難です。

6 成立要件が違う理由

では、両者の成立要件のこのような違いは、どういう理由によるものなのでしょうか?

これは、端的に言えば、正当防衛が「不正対正」の関係であるのに対し、緊急避難は「正対正」の関係である、という理由によるものと言えます。

つまり、正当防衛の場合は「行為」において、その行為は「不正の侵害者に対する反撃」に限定されます。そして、「不正の侵害者に対する反撃」であればこそ、「正は不正に屈する必要はない」「正しい者に退避の義務はない」などの理由が働き、その結果、その行為の必要性・相当性は緩やかで構わないと解されることになります。

これに対して、緊急避難の場合は、行為は、広く「転嫁」行為で構わないとされます。しかし、いかに行為者が「現在の危難」の状況下にあるとは言え、そんなことはその危難を転嫁される被害者にとっては与り知らぬコトです。

そのため、このような「正当な第三者」に対する行為者による「法益の侵害」が正当化されるためには、それなりの強い必要性と強い相当性が必要とされる、ということになります。

つまり、すでに何度か述べているように、①いずれにしてもどちらかの法益は失われてしまうという「二者択一」の状況下において、②「保全法益が被侵害法益を超えない」場合に限って、ようやく、被害者の法益への侵害は「法益衡量」によってどうにか正当化される、ということです。


第5 おわりに

今回は、緊急避難について、その概要を学びました。お疲れ様でした。

ここまでで、正当防衛と緊急避難について一定の知識を得たワケですが、両者が交錯する事例として、

①行為者が正当防衛をするつもりで行為したが、結果的に緊急避難にあたる事実を実現してしまった場合どうなるか?

また、逆に、

②行為者が緊急避難をするつもりで行為したが、結果的に正当防衛にあたる事実を実現してしまった場合どうなるか?

という面白い問題があります。

この問題は、正当防衛・緊急避難の要件として「防衛の意思」「避難の意思」を不要と考える説では比較的簡単なのですが、これらを必要と考える説に立つとなかなかに難しい問題となります。

ポイントとなるのは「防衛の意思」「避難の意思」の内容はそれぞれどのようなものか、それらは流用可能なのか、という点なのですが、これを考える際に、今回の最後に触れた「正当防衛と緊急避難の成立要件の違い」についての知識は必要なものとなります。

応用問題なので、今後「錯誤」などについて説明した後にでも触れることになると思いますので、お楽しみに。


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