見出し画像

利己的な人は本当に得をするのか?

人間は根本的に自己中心的な生き物である。この言葉はほとんどの現代人に真実として受け入れられているといっても過言ではないでしょう。「正直者が馬鹿を見る」ということわざのように、私たちが住む競争社会において成功を勝ち取るためには、他者への優しさや思いやりは不要と考える人も少なくないのかもしれません。自己中心的で当たり前、自己中心でなければむしろ損をする・・・果たして本当にそうなのでしょうか?今回は、利己的な動機と利他的な動機が個人の健康・幸福感・対人関係等にそれぞれ及ぼす影響について調べた研究についてまとめた論文を紹介します。

結論

他者に「与える」という行為は、多くの場合心理的・身体的健康、及び対人関係に良い影響をもたらす。(ただし、「与える」事の負担が非常に大きい場合は、必ずしもそうではない。)
他者から「受け取る」という行為は、多くの場合心理的・身体的健康、及び対人関係に悪影響をもたらす。(ただし、他者から「受け取る」という行為が自分が周囲に認められているという感情をもたらすこともあり、一概にはいえない。)
利他的な動機に基づいた行動は心理的・身体的健康、及び対人関係に良い影響をもたらすことが数多くの研究により立証されている。一方、利己的な動機に基づいた行動が同様な影響をもたらすという研究はほとんど存在しない。(ただし、これは利己的な動機に関する研究の数が比較的少ない事にも要因がある。)

与えること、受け取ること

利己的・利他的な動機について考察するにあたって、筆者はまず、「与える」(Giving)と「受け取る」(Receiving)という行為がそれぞれ個人に与える影響に関して総括をしています。「与える」、「受け取る」という行為はそれぞれ私たちの健康や、他者との関係性にどのような影響を与えるのでしょうか?

「与える」ということに関して:
「与える」という行為に関する研究はこれまで数多く行われており、総じて当事者の心理的健康に良い影響を与えるということが知られています。一例として、自身にお金を使った被験者と他者に対してお金を使った被験者との幸福度を比較した実験では、後者の方がより高い幸福度を報告しています。この現象は実験で実証されているだけではありません。実際の社会人を対象に行った調査においても、他者のために自身の所得や時間を活用する割合が高い人ほど、より高い幸福度を示す傾向が発見されています。さらに、高齢者を対象に行われた研究では、ボランティア活動への参加が身体的な健康へも好影響を与えるとされており、人生への満足度・自己肯定感・孤独感の減少に寄与することが発見されています。また、お互いにプレゼント等を渡し合うなどの行為は対人関係において信頼・愛情・関係性への満足度を高めることも知られています。「与える」という行為は自身の心理的・身体的健康のみならず、周囲との関係性にも寄与するということが科学的に知られているのです
一方、状況によっては「与える」ことが当事者に負担となってしまうことも知られています。特に介護者に関する研究においては、介護によって生じるストレスや孤独感、うつ病などのリスクが指摘されています。与える側の負荷が過度に大きかったり、一方的に与え続けなければいけないという状況が続いてしまう場合は、「与える」という行為は当事者によってマイナスの影響を与えてしまうようです。

「与える」という行為がもたらす影響は様々

「受け取る」ということに関して:
「受け取る」という行為が当事者に好影響をもたらす状況は決して珍しくありません。例えば、社会福祉等の文脈においては、言うまでもなく「受け取る」という行為は当事者の健康の向上や病気のリスクの軽減に寄与することが実証されています。また、親友やカップルの間で相手に手伝ってもらう等、周囲から何かしらのサポートを受けることは信頼や愛情の感情を増幅させることも知られています。
一方、「受け取る」という行為が当事者にストレスをもたらすという研究も存在します。特に、周囲に助けを求めるという行為そのものが心理的な負荷をもたらすケースは少なくないようです。例えば、近しい友達や知り合いから社会的支援を受け取るという行為は劣等感・罪悪感・不安感等の負の感情を引き起こすことが複数の研究によって指摘されています。また、受け取る側の期待値と実際に受け取った内容の間に齟齬がある場合も、受け取る側に孤独感や悲壮感等の感情が生じる可能性があることも知られています。

以上をふまえると、「与える」「受け取る」という行為が当事者に及ぼす影響の善悪は一概にまとめることができないということがわかります。強いて言えば、「与える」という行為が幸福度や、心理的・身体的健康に寄与する傾向が高いということを示す研究が多いようではありますが、文脈や状況によってこれらの行為の効果は大きく変化するようです。こうした効果の善悪に大きな影響を与える要素の一つとして、筆者は「利他的動機」(Otherishness)と「利己的動機」(Selfishness)を紹介しています。

利他的な動機

利他的な動機とは、相手の健康や幸福を思って行動することを意味します。もちろん、「他の人のためになることをすると、自分も良い気持ちになる」という理由で行動するケースも少なくありませんが、こうした行動も根底には「相手のためになることをする」という動機があるということで、「利他的な動機」に基づく行動のくくりに入れられています。
こうした利他的な動機に基づく行動は、私たちにどのような影響をもたらすのでしょうか?結論からいうと、好影響を示唆する研究は数多く存在する一方で、悪影響の可能性を示す研究は現状ほとんど存在しません。例えば、他人を思いやろうとする目標やゴールの設定は孤独感を軽減する・自己肯定感を高める・不安障害等のリスクを軽減する、等の変数と相関関係があることが知られています。また、利他的な理由でボランティアを行う高齢者と、利己的な理由でボランティアを行う高齢者の死亡率を比較したときに、前者のグループの死亡率の方が低いということを示した興味深い研究も存在します。もちろん、こうした研究の多くは相関関係を示す観察研究であり、利他的な動機が個人にもたらす影響そのものを測定することは困難であることに留意する必要はありますが、私たちの実体験もふまえて考察すると、利他的な動機が自身の幸福度や自己肯定感等に好影響を与えるという議論にはある程度の信憑性があるといえそうです。

利己的な動機

一方、利己的な動機とは、相手のことを思ってではなく、自分の利益や幸福の身のために行動することを意味します。「人間は元来利己的である」という考え方は古典的経済学をはじめとした社会学の基盤となっているだけではなく、一般的にも広く受け入れられています。
このように、ある種当たり前とも捉えられている利己的な動機ですが、既存の研究によると心理的・身体的健康とは負の関係性を持っていることが知られています。例えば、自己の欲求を満たす目標は他の種類の目標と比べて不安感や孤独感、劣等感と高い関係性があることが研究によって示されています。また、友人関係や恋愛関係において、利他的ではなく利己的な動機のもと相手に手を差し伸べる(見返りを求めて手助けをする、等)人は、そもそも相手に「与える」頻度が少なかったり、相手が本質的に求めている需要に答えられない傾向があることを示す研究も存在します。さらに、利己的な動機が当事者にとってよい結果をもたらす研究も現状ほとんど存在しません。利己的な動機の下で動く人は自身の幸福を最大化することのみに注力するという前提を考えると、これは非常に驚くべき結果です。もちろん、そもそもこうした研究(利己的な動機のメリットについて考察する研究)が少ない、という事も一つの要因として考えられます。とはいえ、「利己的に行動することは当たり前」という一般常識からすると、この結論は意外なものであるといえるでしょう。

エビデンスレベル

メタ・アナリシス

編集後記

この考え方を延長していくと、「自分のお金や時間から最も多くの幸福を得る方法は、他の人のために使ってあげる事だ」、等の考え方にたどり着きますね。(実際、この仮説について検証した研究も存在します。)こうした論文を読むと、自分自身も気分的に他者のために時間やお金を費やしやすくなるような気がします。自分のために時間とお金を費やすことが最も良い自分への投資だ、と考えている人が周囲にいたら、是非この研究を紹介してみてください。

スゴ論では週に1~2回、教育に関する「スゴい論文」をnoteにて紹介しています。定期的に講読したい方はこちらのnoteアカウントか、Facebookページのフォローをお願いいたします。
https://www.facebook.com/sugoron/posts/109100545060178
過去記事のまとめはこちら

Crocker J, Canevello A, Brown AA. Social Motivation: Costs and Benefits of Selfishness and Otherishness. Annu Rev Psychol. 2017 Jan 3;68:299-325. doi: 10.1146/annurev-psych-010416-044145. Epub 2016 Jun 24. PMID: 27362501.

文責:山根 寛


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?