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「丸太、買っていいですか?」オーディオメーカーで交わされた不思議な会話とその先に成し遂げたもの

新規事業を始め、新しいプロジェクトを進めていくと、予想外の出来事に次々と出会うこととなります。

今まで出会うことのなかった人々の声を聞き、関わりのなかった企業との関係を深め、新しい知識や技術を学び、新しい挑戦へと進んでいくものです。

今回、お話を伺った株式会社トクミの事業企画部の丸山さんも同じように、あるプロジェクトを進めていくときに、全く未経験の分野に足を踏み入れることとなりました。

株式会社トクミがどのような新しい挑戦をして、そこから、どのような化学反応が生まれたのか、お話をする前に、まずは、株式会社トクミについてお話をさせてください。



オーディオ界の縁の下の力持ち

株式会社トクミは、群馬県の高崎市に本社を構えるオーディオメーカーです。オーディオの中でも、ヘッドフォン・イヤフォンに特化している会社です。海外にも製造拠点を持っており、それらを含めて、デザイン、設計、開発、製造をワンストップで行うことができます。

創業期から数えれば60年近くの歴史を持ち、オリジナルブランドのヘッドフォンからスタートした会社です。その技術の高さを買われて、日本有数のブランドのOEMを受け持つようになっていきます。

このように、歴史もあり、実績もあり、そして、何よりも高い技術力を持つトクミが、2014年頃に新しい挑戦へと足を踏み出しました。その背景には、長年、OEM事業を専業としながらも、企業としてのオリジナルブランドへの想いがあったのではと考えてしまうほどの、熱い挑戦が始まります。


もっともナチュラルな音を追求する

その挑戦のきっかけとなったのは、トクミと同じく高崎に拠点を構える、音楽プロデューサーの多胡(たご)邦夫さんとの出会いでした。

数々の有名アーティストへの楽曲提供を行ったことでも有名な多胡さんは、2014年から群馬県高崎市にプロ専用レコーディングスタジオ「TAGO STUDIO TAKASAKI」の運営責任者をされています。このスタジオとトクミさんの本社とは歩いて行ける距離の、ご近所さんとなります。

「音楽のある街」高崎市に拠点を構えるトクミと多胡さんは、この偶然に引き寄せられるように、最高のナチュラルサウンドを奏でるヘッドフォンの開発プロジェクトをスタートさせます。

最高のナチュラルサウンドを奏でるヘッドフォンを求める多胡さんの目指すものは、とても繊細で、とても緻密なもので、その高い要望に応えようと、その課題を全て乗り越えようと、何度もの試作を繰り返しながら、およそ2年以上の年月を経た2017年に完成へと至りました。

それが、オーディオ業界では誰もが知る「TAGO STUDIO T3-01」です。


「TAGO STUDIO T3-01」イメージ写真

この完成品をもって、多胡さんは「これは世界一良い音のヘッドホンです」と胸を張って言えるとおっしゃっています。そして、その評価が正しいことは、2021年、2022年のヘッドホン・イヤホン専門店の有線ヘッドフォン売上部門で年間1位を獲得していることからも明らかです。

しかし、なぜそれほどまでに素晴らしいヘッドフォンが年間1位を獲得するのに発売から5年もかかったのか。そこには、新商品であったこと、ブランドとしての知名度がまだなかったことなどもありますが、もうひとつ決定的なウィークポイントがありました。

そのウィークポイントを解決につながるのが、丸山さんの「丸太、一本買っていいですか?」といった言葉です。


「丸太、一本買っていいですか?」

丸山さんが海外の製造拠点での勤務を終えて帰国したときに、手をつけたのが、この「TAGO STUDIO T3-01」のプロジェクトでした。

というのも、既にT3-01の評価は盤石のものとなっており、その音の良さは有名ミュージシャンをはじめ、プロアマ問わず、多くの人に認められるようになっていました。

しかし、どうしても売り上げが伸びきらないという問題がありました。というのも、当時の生産台数は月に数十台が限界だったのです。その数の少なさゆえに、注文待ちが半年先となり、在庫ができると直販サイトで販売すれば即完。店舗では予約をしてもいつ届くのかわからないというほどでした。

そのあまりの希少さゆえに、オーディオファンの間では、幻の生き物であるツチノコに例えられたほどでした。

これではいけないと、丸山さんは製造プロセスの課題を見つけ、その解決へと乗り出したのです。この製造プロセスのもっとも大きな課題がヘッドフォンのハウジング(筐体)のところに使われていた木材、天然の国産カエデでした。

この木材で出来た部品の供給量を増やすために、丸山さんは、木材業界について知識を増やし、当時、県産広葉樹の使い道を模索していた群馬県の行政とも協業をしながら、木の専門家とのネットワークを自ら構築していきました。オーディオメーカーが今まで足を踏み入れたことのない林業の世界へと突き進んで行きました。

さまざまな方策を探し続けた末に、丸山さんはT3-01に最適で、かつ地産地消となるサプライチェーンを強化できると確信を持ち、社長に「カエデの丸太でいいものがあります。これを買ってもいいですか?」と相談したそうです。

カエデの木を供給できるところ、それを加工できるところを増強出来たため、年間の製造量を数倍アップすることができました。この増産のおかげで、2021年、2022年の売り上げランキングの連覇につながりました。


忘れられない瞬間

この「TAGO STUDIO T3-01」のプロジェクトは、もうひとつトクミにとって大きな転換点となるものでもありました。

これまでのトクミは、OEMのメーカーとして、自らの技術と製造能力を高め続けて、各ブランドやメーカーの要求に確実に、柔軟に応えてきました。そして、その製品が世に出る中で、トクミの名前が出ることはありません。出るべきではないとも考えています。

そんな中、このプロジェクトでは進行中から、もちろん今でも、多胡さんの「TAGO STUDIO TAKASAKI」とトクミの共同プロジェクトであることが明記されています。

さらに、群馬県の高崎市に拠点を構えるトクミと多胡さんが、高崎を音楽で盛り上げたいと考えて進めたプロジェクトということもあって、発売以来、常に展示会やメディアの記事などで、お互いが最愛のパートナーである証を示し続けています。

これまで、徹底的に縁の下の力持ちとして、黒子として活動してきた下請けの中小企業が、縁の上、つまり舞台の上でスポットライトを浴びるようになった瞬間でした。そして、これはある意味、原点回帰とも言えるものかもしれません。

トクミの創業期はオリジナルブランドの製造販売とともにスタートしました。そこから、OEM事業へと特化していく中で、黒子に徹する道を選ぶこととなります。そして、何十年もの時を超えて、共同ではありますが、トクミは新たにオリジナルブランドを生み出しました。

このプロジェクトが、創業期の時代から眠り続けていた水脈を掘り起こし、そこに新しいエネルギーを注ぐこととなった、といえるかもしれません。

新規プロジェクトを通じて、新しい業界との接点を増やしながら、会社のDNAを継承していく。その姿は、トクミの新しい未来を暗示しているようです。


また、この「TAGO STUDIO T3-01」が奏でるナチュラルサウンドを体験できる場所が、昨年、高崎市にオープンしました。それが、音楽とお酒を味わうことのできるHeadphone Barです。T3-01はもちろん、ウイスキー樽を使用したヘッドフォン、尾瀬国立公園の木道の廃材を再利用したヘッドフォンなど、いろいろな樹種のヘッドフォンの試聴ができます。

木材の異なるヘッドフォンの視聴をしてみると、なぜ、T3-01が天然のカエデにこだわったのかを実感できるだけでなく、ヘッドフォンの奏でる音色が木材によってどのように変化するのかも体験できます。

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中小企業が変われば、日本が変わる。その思いをもとに、今まさに変わろうとしている、新しい挑戦に取り組んでいる、チャレンジしている中小企業をご紹介しました。

株式会社トクミのヘッドフォンが、あなたの明日の生活を変えるかもしれません。それでは、次回のnoteもお楽しみに。


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