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提灯持ち

 
 昨年初めて、『提灯持ち』をやった。
 
 提灯持ちを辞書で引くと、「ある人の手先となってその人をほめてまわること。また、その人」と解説される。いい意味ではない。
 でもぼくのやったのは、そういった比喩的な意味ではなくてストレートな意味の方。「夜道で提灯を持って先導する役。また、その人」。ようは、単純な付き人だ。
 
 提灯を持たせていただいたのは、木村晋介センセイ。将棋ペンクラブ会長だ。もっと世に知られた肩書もあるだろうし、「落語家だ」と本人は言うかもしれない。しかし、ここではセンセイの肩書は将棋ペンクラブ会長としておく。将ペンの贈呈式の会場まで、「提灯持ち」をしたからだ。
 
 
 昨年11月、将棋ペンクラブは初めて、オンラインで『将棋ペンクラブ大賞』の贈呈式を開催した。いつもの会場でないし、またそのスタジオが分かりにくい都心のマンションの一室とくる。それで「提灯持ち」を買って出たのだ。
 
 オンライン贈呈式当日の朝9時半、木村センセイの最寄り駅に到着し、改札で先生を待つ。しかし、そこは以前仕事でしょっちゅう来ていた駅で、まるで様変わりしていたので珍しさからうろついてしまい、ハッと気づいて改札に戻るとセンセイがすでに待っていた。提灯の方が遅れては、意味がない。詫びながらあいさつし、改札を通った。
 
 
 
 ところで、「提灯持ち」のイメージにカッコよさはない。よく時代劇で出てくるが、刺客にあっさりと切られたり、アワワワと腰を抜かしてご主人を守れなかったりする。なんとも情けない描かれ方をされていることが、多いのだ。
 しかし「提灯持ち」を買って出たぼくは、時代劇のパターン化されたものではなく、ある「提灯持ち」を心に描いていた。
 
 それは、隆慶一郎の『影武者徳川家康』に出てくる。身を呈してでも主人を守る「提灯持ち」だ。
 
 下巻の中盤、徳川がそろそろ大阪城を攻めるという場面に、それは登場する。 
 大坂方の大野治長が会議から帰るときに、刺客に襲われる。徳川との和解派の治長を、決戦派が邪魔に思っていたのだ。
 夜、だらだら続く会議にくたくたになった大野治長は、3人の伴を連れて本丸を出た。平山内匠、岡山久右衛門、そして治長の右腕である米村権右衛門だ。ちなみにここでの右腕は、比喩だ。
 
 この本丸の楼門を出た瞬間に、治長は刺客に襲われる。治長は背後に気配を感じ、間一髪でこの一撃を逃れた。心臓を狙ったであろう刺突の剣先が逸れ、肩に刺さるにとどまった。重傷は負ったが、命は拾った。そして小説は……、

 刺客は楼門の影にひそんでいた。刀はそのままにして逃げた。提灯の仄かな明りで見る限り平服の武士だ。権右衛門が追った。
 治長の従者の一人岡山久右衛門は俊足で聞こえた男だった。提灯を捨てると猛然と走り、たちまち刺客を追い抜いた。そのまま暫く走ると足をとめ、振り返りざま抜刀して、大声で気合を発した。
 刺客は足踏みすると、今来た道を駆け戻った。勢い権右衛門にぶつかることになった。
 両者足をとめず、すれ違いざまに全く同じ逆袈裟の一刀を送った。権右衛門の太刀ゆきが一瞬早かったらしい。権右衛門はすぐ振り返ったが、刺客はそのままぼろ屑のように地べたに崩れた。
「火を頼む、早く」
 権右衛門は喚くなりしゃがみこんで刺客の息を確かめた。即死だった。

  こう続く。
 
 なんとも頼りになる提灯持ちだ。治長が相手の一刀をかわしたのも凄いが、しかし単騎であったなら、その後にとどめを刺されていただろう。付いていた者が応対したからこそ、治長が難を逃れたのだ。
 主人の命を救ったにもかかわらず、権右衛門は刺客を殺してしまったことで詫びている。誰の命令で動いたのか、口を割らせられなかったと。できすぎの「提灯持ち」だ。
 
 また権右衛門はその後、大坂城陥落の際に歴史に名を残す。治長からの命を受け、家康の娘千姫を脱出させたのだ。刺客に襲われたときに自身か主人を斬られていたら、これは史実から消えていたかもしれない。歴史上重要な「提灯持ち」だったと言える。 
 
 その思いを胸に、木村センセイの先導をした。しかしセンセイは刺客に襲われることなく、最寄り駅の恵比寿に着いてしまった。しかも恵比寿からスタジオまで道が分からなかったので、タクシーを使ってしまった。タクシーにはナビが付いていて、住所を打ち込むとあっさり到着した。
 
 人生初の「提灯持ち」は、気合が空回りして、あっさりと終わってしまった。
 まぁなんにせよ、無事なのは、なによりではある。
 
 ※画像はオンライン贈呈式の寸評時のもの。センセイに、noteの記事で書くときに使っていいでしょうかと聞いたら、「あぁいいよ」とあっさり許可してくれました。
 
 

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