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【「藝人春秋」書評】「必殺技は、捨てなければならぬ」BY茂木 健一郎

2013/4/27『クオリア日記』より

 すばらしい本である。
 とても元手のかかった本である。
 絶対に買って読んだ方がいい。代金だけの見返り、いやその何十倍、何百倍の報いがあるはずだ。

 なぜか。元手がかかっているからである。

 博士が、ビートたけしに憧れて入門して以来、さまざまな仕事の現場で、藝人さんたちと話し、考え、感じ、見聞きしてきたことがぎゅっと濃縮されている。こんなに濃縮されていいのか、と思うくらいに詰まっていて、読んでいて、申し訳ない、と思うくらいである。

 実は、ぼくは博士を一度だけコワイ、と思ったことがあった。
 成城学園前から歩いていくレモンスタジオでの番組の収録で、スティーヴ・ジョブズを初めとするいろいろな人を引用して、「変人が日本を救う!」みたいなプレゼンをしたら、それが案に反してブーイングで(ディレクターも意外な反応だったと言っていた)、特に博士がキツかった。

 ぼくがプレゼンター席に立っていたら、博士が横を「茂木さんにしては甘かったな」とかつぶやきながら歩いていったので、ぼくはひええと思ってしまった。

 その時、やさしかったのは、Shellyだけだった(あの時のこと、今でもありがとうと思っているよ、Shelly, thanks!)。

 それで、ぼくは心のバランスを崩して、思わず成城学園から新宿まで歩いてしまった。小田急沿線を、とぼとぼ、真っ暗な道を歩いた。遠かったなあ。2時間くらいかかったかしら。

 それ以来、水道橋博士のツイッターを読んで、鋭い人だなあ、いいなあ、と思いながら、ずっとコワイと思っていた。

 ところが、先日、岡村靖幸さんのコンサートに行ったら、近くに博士がいた。ぎゃっと思ったが、やさしかったので、ほっとした。

 それで、終わったあと、岡村さんの楽屋を訪ねて博士たちといろいろ話している時に、突然、ああ、博士は愛が大きくて強い人なんだなあ、と思った。
 鋭利な知性で、相手をしっかりとらえて、いろいろ言うけれど基本的に愛が強い。

 『藝人春秋』は、その意味で、愛が強い本である。
 それぞれ、稀代の表現者たちの生き様を、エルグレコの絵のような強い陰影でとらえる。
 決して、相田みつを的な人間だものではない。
 時に内蔵をえぐるんじゃないか、というような鋭い舌鋒ながら、最後は、その人間を温かくくっきりと浮かび上がらせるのだ。

 凄い才能だと思う。

 そして、あまりにも多くの元手がかかっている。
『藝人春秋』を読む人は、博士のたどってきた特権的な視点を共有することができる。
 惜しみもなく、博士は書く。
 男前、太っ腹、利他的だと思う。博士の証言から、人生を学ぶことができるのだ。人間、苦しくても、泥にまみれても、いかに生きていくべきかと。

 岡村さんのコンサートで博士に再会して、ずっと気になっていた『藝人春秋』を読もうと思った。

 屋久島で読み始めて、東京に帰ってきて読み継いで、ハワイに持っていって、ワイキキのクィーン・カピオラニ・ホテルで読み終えた。読みながら、あとで引用しようと思って頁をたくさん折っておいた。

 ところが、ハワイ大学での講演に呼んで下さったホノルル・ファンデーションの方が、ぜひ読みたいというのであげてしまった。
 それでも何頁か記録しておこうと、空港に向かう車の中でiPhoneで撮ったが、なぜかフォーカスが合わなかったらしく文字が読めない。

 だから、『藝人春秋』の数々のすばらしい文章のうち、本当に魂を揺り動かされた一言だけを記憶から引用しておく。古舘伊知郎さんの言葉だったと思う。

「成長するためには、必殺技を捨てなければならない」。

 この引用を読んだとき、ぼくは本当に心が震えた。
 「藝人」とは、この言葉の真実に向き合って生きる人だろう。

 もちろん、水道橋博士もその一人である。ぼくは、「変人」という必殺技をどこかで捨てなければならなかったのだ。

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(ボーナストラック)


 ・『2013年の有吉弘行』



(文庫解説)

 
・オードリー・若林正恭
 

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(変装免許証ブロマイドor缶バッチor江口寿史シール)
 
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著名人書評 ⬇
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