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慣れない。


彼が我が家へ訪れるすこし前、わたしは、机に向かって必死で想いを書き留めていた。

そして、到着した彼を招き入れ、B5の紙にびっしり連ねた君への感情を、覚悟を決めた表情の前に差し出した。

わたしは怖くてお手洗いへと逃げる。

そうしてつづいていく「別れ話」への階段を、知らないうちにわたしたちは2時間ほど、戻れないままにかけ上がっていた。

『とびきりのおしゃれして別れ話を』
コーヒーへのお誘いをディナーに変えてくれた恋人……、否、元恋人と車へ乗り込んだ。
軽快な、そして切ないバックミュージックとともに、最後のデートへと時間は進む。

すてきな人だった、と、過去形にして言うべきか。
いや、文章は昇華させるための一つの手段だ。おそらく素直に書いていいだろう。

彼はすてきな人で、彼と過ごした約1年間は、すてきな期間だった。

別れ話をしたデートの日、笑って話す明るい時間を過ごせたのは、彼が初めてのこと。

2人で帰路に着く。
わたしは我が家に入るため、鍵を取り出す。
彼の家とわたしの家、ふたつの鍵が付いていたはずのそれは、ひとつだけになり、キーホルダーとともに小さく寂しい音を立てた。

今後の人生、どうか幸せであれ。

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