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口にだされなかった言葉をくみとるために、必要なのはつねに想像力

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口にだされなかった言葉をくみとるために、必要なのはつねに想像力

最近の記事

「アーヤと魔女」世界の悲しみをのぞくまで

私の子供時代、確かに宝物は 春はシロツメクサ、秋はホオズキで、 古くなったお鍋で水をくんで ご馳走になる食材はいつだって生えていて お料理だって魔法だって 庭でなんだってできたし できると思っていたことがあった  アーヤの思うように、 庭が私の世界だった でも、摘んだシロツメクサが枯れて 茶色くしおれるのが悲しくて、 それを伝えると じゃあ摘むのをやめなさいと言われた 私は遊ぶことをやめようと思った 信じたかったことも そうしたら悲しくなくなる まだ小さかった頃の私

    • 「太陽の王子ホルスの大冒険」やさしいこと、正しくあること

      ヒルダという少女の、 悲しくも複雑な心理描写を アニメーションによって完成させたことへの 功績の大きさは計り知れない。 行動と心、さらには表面と深層の心が 食いちがって揺れ動くヒルダの難解さを 表情やカメラワークによって それは見事に描かれていた。 人間の感情の醜さに耐えられず、 拒絶し嘲笑する「悪魔」のヒルダを 私たちはどこまで理解できるのか、 製作側も観ている側も  試しているようだった。 私が最も悲しかったのは、 ビリヤの結婚式の衣装をみて ヒルダは刺繍もできな

      • 「レッドタートル」ジブリが本当にやりたかったこと

        この映画についての感想は もうずっと書きたかったことでした。 公開された2016年9月、 映画館で1回観て、びっくりして、 ぼんやりと日々を過ごして そのままもう1回映画館に観に行くなんて この作品が初めてでした。 これか、これこそがやりたかったことなんだと ジブリアニメのゴールが見えたのと同時に、 そっと何かが終わろうとしていることも 感じました。 この映画を最後に 高畑勲監督が亡くなったこともあり、 この映画によって なにか蓋が閉じられた気がします。 美しい物語。

        • 「かぐや姫の物語」救いのない物語

          高畑勲監督の作品は、 とにかく観るのに頭を使う 主人公にしろ、周りの人間にしろ、 物語だからといってドラマチックに、 簡単にその人を描こうとしないからだ 時に我が儘を言い、反発し、牙をむき、 私たちは動揺する 簡単に感情移入をさせてはくれない そもそも、感情移入は目的ではないのだ あくまで論理的に、忠実に まなざしや言葉から、その人を思いやり 初めて理解できるようになる つまり、受動的に観ているだけでは おもしろく観ることはできない 周りの人に、この映画が公開された

        「アーヤと魔女」世界の悲しみをのぞくまで

        • 「太陽の王子ホルスの大冒険」やさしいこと、正しくあること

        • 「レッドタートル」ジブリが本当にやりたかったこと

        • 「かぐや姫の物語」救いのない物語

          「もののけ姫」本当の憎しみからみえるもの

          アシタカは腕の呪いが エボシの放った礫のせいだとわかり 怒りに震え 剣を掴んだ右腕を押さえ込んだ おさめた左腕が、本当の憎しみを 教えてくれた気がする 「ここのものすべてを殺すまで鎮まらぬか」 憎しみは誰かを憎めばおさまるのか、 また誰かを許せばおさまるのか、 でも、本当にそんな簡単なものなんだろうか 暴れて泣いて タタリ神をみて、私とおんなじだ と思った ナウシカのときとも同じだった 「憎しみに駆られ、 殺してから王蟲は泣くのよ」 この作品は、決してグロテス

          「もののけ姫」本当の憎しみからみえるもの

          「風の谷のナウシカ」矛盾を抱えて

          風の谷のナウシカを 大人になってみてみると ナウシカの凛々しさが どこかもろく冷たく見えました だれにも心を開いていないような、 だれも信じていないような。 「でもみんなには内緒。 怖がるといけないから」 1人の少女として、 あのこはいつ心の底から笑うのかしら そんなことをずっと考えていました。 腐海に不時着して 王蟲と交流したときのシーン、 気を失って幼いナウシカが登場するシーン。  そこは辺り一面金色で、 涙で滲んだようにぼんやりしていて、 どこかから 叫びのよう

          「風の谷のナウシカ」矛盾を抱えて

          「カードキャプターさくら」恋と愛を分けてしまうには、少し悲しい

          「空に向かう木々のように あなたを見つめている」 という歌詞が流れると、 いつも不意に立ち止まってしまっていた そんな感情を、 わからないけれどどこかで知っている、と 思った 忘れかけていたことなのかもしれない、 色々と見ないようにしていたこと、 諦めてきたことを 幸福なのは、 実は自分はひとりだということを 感じないですむことだけれど、 それでも私は臆病な子どもだったから 実はひとりだと気がついてがっかりするなら 早い方がかなしくない、 と気づいてしまったのだ 言うな

          「カードキャプターさくら」恋と愛を分けてしまうには、少し悲しい

          「少女革命ウテナ」恋よりずっと大切なもの

          このアニメを観てからもうずっと考えている。 どうしてアンシーはあの時泣いたのか。 どうして暁生は王子様になりきれない自分に泣いているのか。 どうしてウテナは誰からも 忘れられてしまうのだろう。 なんてかなしいアニメなんだろう。 それでも私の心の中に、 ウテナとアンシーの 「10年後もこうして一緒にお茶を飲もう」 という約束が消えない。 私はだんだん気がついていく。 そうか、これは 王子様になってアンシーを守る ウテナという女の子の物語じゃない、 王子様に従順なお姫様

          「少女革命ウテナ」恋よりずっと大切なもの

          「美少女戦士 セーラームーン」なぜ死ななければならなかったか

          どうしてセーラー戦士が 死ななければならなかったのか、 どうしてセーラー戦士であったことを 忘れなければならなかったのか 今ならずっとよくわかる 変身シーンは1話ごとに絶対1回はあって、 でも何万回みても飽きることはなかった どんなに辛い戦いでも バックミュージックのコーラスの 高く澄んだ声と、 揺れるスカートや光る宝石にうっとりして 私は、女の子が強くなる瞬間に こんなにも愛をこめて描かれていることに 毎回感心していた カバンの中にお気に入りの口紅を ひそませている

          「美少女戦士 セーラームーン」なぜ死ななければならなかったか