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夏夜の喫茶店

扉が開き、背の高い男性が店内の空いている席に座る。

「ご注文は?」
「かき氷を」
「かしこまりました」

カウンターに戻り、かき氷を作っていると
「本当に夏だけなんだ…」
そう言ってスマホに視線を落とした。

ふと、男性の顔を見た。
嫌な匂いがする。

「浮かない顔をしていますね」
「分かるんですか?」
「ここに来る人はそんな人ばかりです」
「喧嘩したんです、両親と…」
「…」

「昔から可愛い物が好きだったんです、だから大人になったら可愛いものを作る場所に働きたかった。可愛い服を着て、メイクもしたかった。でも、両親に「お前は頭がおかしい」と散々言われ、「そんな事するなら家を出ていけ」と反対されました。」

段々と声に涙が混じる。

「幸せにならない奴は卑怯だし、不幸で居続けるのは怠慢だ」
「?」
「これは私が好きな小説の一文です。今のあなたは両親を言い訳にして幸せになろうとしていない。あなたは負け犬と同じです。」
「あなたに何が分かるんですか!」
男性は立ち上がり、近くの灰皿を投げた。

灰皿が頭に当たり、よろける。
当たった所を触ると血が出ていた。
男性は真っ青になり、動揺している。

「失礼は承知の上で言います。あなたの人生はあなただけのものです。そして、あなたと両親は血は繋がっているが他人です。全て理解できる訳がない。そんな事で人生を蔑ろにしないでください。」

男性の目には涙が溢れている。

「もうちょっとだけ人生頑張ってみませんか?」
かき氷を渡すと、男性は泣きながら食べた。


「マスターありがとう、お金は…」
「いりません、その代わり幸せになってくださいね」
「はい、また来ます!」

男性は店を後にした。


「ここは夏夜の喫茶店。生と死の狭間にある喫茶店になります。普段は死人がよく来ますが、先ほどのお客様のような人も来てくださいます。私の仕事はここに来てくださるお客様の心を癒し、ここにはもう来ないようにする事。しかし、人間の心を変える事はやはり難しいですね。」

一歩ずつ精進していきます。