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人生で初めて泣かされた本。

人生で初めて泣かされた本を覚えているだろうか。


「泣く」と言っても、ほろりと涙が零れるような綺麗なものではない。

抑えることもできずに顔から色んな液体が溢れ出す、いわゆる「号泣」だ。

そこがどこであっても、いつであろうとお構い無しに泣かせてきた本を覚えているだろうか。



その本は、その著者にしては珍しい終わり方をする。
落ち着いて考えれば「いつもと少し違う感じがするな」と思うようになるのだが、読了したときにはそうもいかない。
そのときはもう

「うわーーーーー」

としか思えない。

こういう終わり方をしてくる!?
狡い!! ほんとに狡い!! こんなに泣かせといてまだ遊ぶの!? もう……読んで良かった!!!

そんな逆ギレが、この叫びには含まれている。



そう、本当に狡いのだ。

いつもはそんな終わり方して来ないくせに。
散々泣かせたあとに、こういうことをしてくる。
最後のページを開いたままの私の背後に、著者の笑顔を感じる。絶対に笑っている。

涙でぐしゃぐしゃの酷い顔になりながらもページをめくらざるを得なくて、結末という落とし穴に見事嵌った私をにこにこと上から眺めている様子が目に浮かぶ。
心のままに「良かった」と泣く私をしたり顔で見つめている。
それでも私はこの終わりでないと救われないのだから悔しい。
いつだって私はこの著者の手のひらの上で転がされて、何度堪えようとも足元を掬われるこの感覚が最早心地好くて、幾度となく戦いを挑んでしまう。

次はどう裏をかいてくるのだろう。
どこから殴り飛ばしてくれるのだろう。
そんな危ない期待を抱きながら、新たな対戦の機会を得る度に飛び付いている。
そのたび予想通り、予想外の展開にボコボコにされて「やっぱり好きだな」と確認している。
殴り蹴られ、それを避けることもできず最後には突き落とされる。
穴の底で延びながら「これが堪らないんだよな」と口角を上げ、天を仰ぐ。

思えば随分とヤバい読者である。


そんな読者である私が、身も世もなく泣いた本。
涙で汚すまいと必死で自分から遠ざけて、それでもまだ終わりたくないと閉じることができなかった本。
私が人生で一番初めに泣かされた本。

それは、有川ひろさんの

『ストーリー・セラー』

である。



この本との出会いは中学の頃まで遡る。

一年のときに「利発」という言葉が良く似合う友だちが勧めてくれたのが、有川ひろさんの『図書館戦争』だった。
教えてくれたのは誰より尊敬する(賢くて面白い)子だったから、早く追い付きたいのもあってすぐに手を伸ばした。

それが始まりで、あとは真っ逆さま。
一度触れてしまえば、その子に追い付きたいなんて同機は消え去って、気付いたときにはただ続きが読みたいからという理由だけで進んでいた。

経験したことのない没入感。
登場人物と一緒に走って追い付けなくなって、それでも走るのをやめてくれずに引きずり回されるような疾走感と疲弊。
これでないと満足できない。
もう一瞬で、私は彼女の本の虜だった。


図書館に通い幾日かして、新たな出会いをと手を伸ばしたのが
『ストーリー・セラー』だった。

カバーは外され、剥き出しにされたベージュの肌には白いアルファベットが並んでいた。
蔵書特有の手にした瞬間から馴染む感じが心地よかった。
その、一見やさしそうな本に「泣かされる」なんて微塵も思っていなかった。

この文章を見てくれている方がまだこの物語を読んだことがないと仮定して、内容に触れることは避けようと思うけれど、とにかく凄い。
私は読み終えたら冒頭の通り、涙でぐしゃぐしゃだった。


登場するのは「彼」と「彼女」のふたりだけ。

「彼」は読者で「彼女」は作家。
ふたりを通して、人間の強さと、弱さと、残酷さを痛いほどに知ることとなる、甘くも苦味の残る物語だ。

恋人同士であるふたりがともにいることを願うと、身を焼くような結末が待っている。
部外者の容赦のない悪意と運命。
それを正面から受け止める、男前なふたり。
逃げてほしい。
逃げてほしいけれど、そんな真っ直ぐなふたりを最後まで見ていたい。
そう願ってしまうから読者は残酷だ。

願いのとおり、この本は最後までふたりの物語なのだけれど、その事実がとても痛い。
最大の幸せを願うと、最大の悲しみも付いてくる。
それがこの本に泣かされる理由であり、
著者の狡いところである。


この物語がどこまで本当かは分からない。
もしかしたら「彼女」は著者なのかもしれない。
彼女の人生としっかり結び付けられていて答えがあるのかもしれないし、読者の間で憶測が交わされているのかもしれない。

そうなのだけれど、私は目の前にある純度100%の物語がこのままであってほしくて、あるかもしれないそれらを見ることができていない。だからここで誤った、私だけの感想を披露していたら許してほしい。

ただ、
日が暮れるのも自分を呼ぶ声にも気が付かずに、そこにある世界とだけ繋がることがこれほどまでに至高だと教えられたのは、この本が初めてだった。

本気で登場人物の幸せを願い、ともに泣き崩れることも。
助けを求めるように「あとがき」へ飛んで、著者に縋りつくことも。
あるアカウントをstory-sellerから始めてしまうようなことも。
それほどまで本に囚われたのは、このときが初めてだった。


救われるようで考え込んでしまうような、
それでいてこの終わりしかないと思わせる結末。

読んで損をすることはないだろう。

ひとつアドバイスをするとすれば、
人のいないところで読むことをお勧めする。
手を付けたら最後離れることができなくて、そこがどこであろうと人目を憚らず泣いてしまう。

万が一「夕べの続きがどうしても気になって、昼休みに屋上で読む」なんてことはやめた方が良い。
屋上に続く階段で泣き顔を見られるかもしれないから。見せた相手が著者なんてことは滅多にないだろうから。


私の、人生で初めて号泣した本。
「ラブストーリー」なんて言葉では終わらせたくない。

この本を前にした私の言葉なんて小さなものになるのだけれど、
これを読んでくれた方が、あの青いリボンが掛けられた装丁を手にすることを願っている。

この本が初めて泣かされた本になりますように。

***
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
『ストーリー・セラー』が世に出たとき、著者の名前は漢字表記なのですが、ここでは現在に合わせて平仮名で書かせていただきました。

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