萌芽
「こんなに綺麗な桜は初めて見た」
そう呟いた君と、もう一度見に行くことは無かった。
朗らかな君の笑顔はもう思い出せないけれど、
あの日のあたたかい空気と言葉は忘れない。
あぁ、本当に幸せだった。
鼻の奥がツンと痛い。
流れる様に過ぎていく街並みと誰かのタイプ音、
少し背伸びして買ったコーヒー。
君と過ごした日々を置いて、
今日、私はこの街を発つ。
東京に向かう新幹線。
車窓に写る桜は、荒く塗ったペンキのようだった。
私は、貴方に爪痕を残したと信じたい。
貴方の中、私が消えていく片隅で、
綺麗だと感じた桜が永遠に残っていたら良い。
息をして、手を握るその中に。
ひと欠片、たったそれだけ残っていれば良い。
桜の咲く度に、花盛りを思い出せば良い。
美しく、咲いて、散る。
吹いた芽は私だけ知っていれば良い。
これが萌芽だと、信じたい。
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