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まるちゃんさんの「吃音を抱える100人に1人のストーリー」を読んだ感想

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まるちゃんさんの、吃音を抱える100人に1人のストーリーがもっと広まってほしい! - 読書直感メモなしラジオ 毎朝7時配信 | stand.fm

まるちゃん さんの本をKindle読み放題で見つけて読んでみたら、noteをやっていたのでちょっと読んでみたり。

stand.fmで勢いで配信したのだが、ココでは「偶然出会った吃音の方」の
体験談を語りたい。

その方は20代で若く、とあるコミュニティで偶然話をすることになり、最初に違和感があった。

「緊張してしゃべれない方なのかな?」

グループ発表のように、何十人の前で3分程の原稿を読むというもので、自分もやっていたが、彼のしゃべり方はスタートが大変そうだった。

「さしすせそ」「はひふへほ」そのあたりの声から始まると、何度も繰り返して詰まってしまう。
最初は緊張だから、後になれば治ると思っていたがそうではなかった。

途中で彼は「自分は吃音です」と言っていて、初めて知った。

この本を読んで「100人に1人」と知って、割と多いと驚いたのだ。
学校200人ちょいの1学年なら2人、俺は学校にいた時に吃音だと明確に分かる友人はいなかった。
社会人で十数年働いても、会って話したことはなかった。

それはADHDやASD、LDやHSP等の発達障害や繊細敏感の方と近いのだが、あまり世の中の表舞台では多く視ることはないのかもしれない。

それは、「名前は知っているけど、そういう人とは付き合いたくない」という世間の無意識の排除があるのかもしれない。


俺は今まで発達障害や身体的障害の方と会って話をしていて、7年ほど前に吃音の青年と会って話をした。
彼は仕事をしながらも、動画編集と撮影をしている方で、彼が全て作った「野球の試合動画」を見て、なかなかセンスがあると感心した。

吃音や発達障害の方々と会って話をして気づいたのは、「自身とカミングアウト」だった。
俺は運が良かったのかもしれない。
人によっては、病んで自分や持っているモノが大嫌いになって自閉症になっているかもしれない。

俺が会って来た人たちは、自ら「実はxxです」とはっきり伝えて、「ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」と前もって伝えていた。

彼ら、彼女らの目を見てわかる。情熱ややる気、逆境を乗り越えた強さと、一種の「自信」が目に宿っていると思った

もちろん自分で宣言して、気を付けていても普通の人よりもうまくしゃべれなかったり、考えが上手くいかないときがある。
その時に彼らは「抱えている事を原因にして投げ出したり言い訳する」ことはしなかった。

たった一人だけ、「xxなんでしゃーないっす」と謝罪することなく
身体障碍を免罪符にしている人がいたが、その人とはひっそりと距離を置いた。

それ以外の方は、自分の抱えているモノを言い訳にするのではなく、一般人、健常者と「同じ扱いを受ける覚悟」で取り組んでいて驚いた。

だから彼らは強いのか、と気づいた。

自分はそういった方々を差別するつもりはない。直接言わないし、静かに距離を置くだけだ。
例えるなら、バスの中で1才にも満たない赤ちゃんが泣きだした時の婦人の対応の違いだ。
「すみません、泣き止まない子で……よちよち、いい子だねー♪」とちゃんと周囲に伝えて、ちゃんとなだめる=自分で全力で対応する女性
むすっとして自分は被害者面で、泣きわめく赤ちゃんにイライラしながらスマホを弄っている女性

友人として付き合いたいならどちらの女性だろうか?
片方は持っている周囲になじめない特性=吃音や発達障害に対して、自分からCO(カミングアウト)して、起きても自分で対応することをしている。
一方は、赤ちゃんの泣きは当たり前で、責めるヤツが心無い人、なんなら母親本人は「被害者」だという顔で起きても何の対応もしない、特性を免罪符として暴れるタイプだ。

この2人の女性に対して、「赤ちゃん=社会になじめず迷惑をかける」の違いはない。彼女たちの心持ち、対応次第である。
だから俺は、後者の「問題点を免罪符にして、被害者面して好き放題暴れる方々」とは距離を置く、というだけだ。
結果的に、身体障碍等を抱える方で、色々仲良くなってビジネスをした方もいるし、とても良い友好関係が築けた。
相手の欠点をグジグジと言い、彼女らが持つ特性に対して悪びれず、「自分は不幸だ」とまき散らす人は、その周囲、関わる人も負のオーラに染まっていく。

個人的には、「免罪符にしているか」「被害者面しているか」で交流を考える事をオススメする。


発達障害の方は社会生活は一般人よりも苦労する


でもその精神的なデメリットだけじゃなく、反転すればメリットがある。
パニック障害なら、落ち着いて冷静になれば他の人よりも発送豊かで、企画を考えたり複雑な思考を求める時に他の方よりも活躍できることがある。

吃音の方だって、しゃべりは苦手でも聞いて指を動かして文字を打ち込む、それは普通の人よりも精度が高いかもしれない。
それに、幼少期から周囲の視線にある程度耐性があるので、忍耐力や逆境に強く、多少の困難や壁も乗り越える「癖」や習慣が身についている。

苦手な部分があれば、そこに回せなかったエネルギー(長所)を他に回していることが多い。

だから、目が輝いている吃音の方や発達障害の方は、抱えているモノの反転の長所を自分で見つけて、社会貢献に活用していることが多いと思った

かれらは自信に満ち溢れていて、一般の方よりも「心の芯」が強く、困難に強い逆境を持つ。

もちろん、一定数の人は折れて退場して、自分の抱えるモノを恨み妬み苦しみ続けて、最後には消えてしまった人だっている。

でも困っている彼らに、「乗り越えた人たち」の本が届くことで、彼らに勇気を与えるかもしれない。

それは健常者から見た苦しむ人への本ではなく、乗り越えた同じ同胞からの声の本であり、生々しく勇ましい本だ。

今回のまるちゃんさんの本を読んだ感想はこんな感じ。
俺は直感族=未来志向で降って来るアイデアが溢れてパンクする人であり、それらを一般人に言うとドン引きされて封印した事があった。
何の脈絡もなく再現性もなく、根拠も共感性もない妄想(たわごと)だ。

でも今は、直感族であることを誇りに思っているし、現代のチートスキルだと思っている。
最近だとネドじゅんさんの本を読んで、やっぱり右脳=直感を幼いころからずーっと使い続けてきたから今の俺があるんだ! 続けて良かった! と思うようになった。
左脳=常識で過去や安定感や論理に染まりながらも、右脳の直感力を最後まで捨てなかった、その38年の直感人生の習慣が、他の人よりも「右脳が成長している」という自負で自信が出てきたのだ。


まとめる
①吃音の方も発達障害の方も100人に1人で身近な存在
②健常者の方々は、忌避したり見下さずに人の個性として受け入れよう
③障害などを免罪符に憎み暴れるのではなく、受け入れ愛し、その反転長所を生かして社会貢献しよう!


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