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物語アイデア その2の3

題名(仮)「剣の王(忍の郷 脱出編)」 
物語アイデア その2の2~ の続き

あらすじ

①弾蔵は梟からの疑いが晴れ、1年ぶりに視力が戻った。久しぶりの視覚に飛び跳ねて喜びたかったが、燕十郎の死を知った梟の手前、はしゃげずにいた。梟は
「弾蔵、すまなかった」
と言い地面に頭を着けた。
「どんな報いでも受ける。好きなように処断してくれ。」
弾蔵は梟を恨んだりしていなかった。報復などしないと伝えたが、責任感が強く実直な梟は、なかなか引き下がらない。そこで弾蔵は今やるべきことを率直に伝えることにした。
「本当に悪いのは宇野重幸です。燕十郎さんの無念を晴らすためにも、今なすべき事は宇野重幸を一刻も早く捜し出し、捕えることです。」
明確な目的を突き付けられ、梟も納得した。ただ背中越しに、どこか浮かない理気の揺らぎを明麗が見せていた。
「弾蔵が山で教えた、過去を観るあの妙な方法は何だ?」
と梟が聞くと
「あれは、科学です!」
とはしゃげなかった分を取り返すように、弾蔵はどや顔で言った。

②燕十郎の遺体は宇野重幸と共に消えていた。瞳術には、“本願”という数秒~数十分先の未来を観る理術がある。この理術の最大出力を出すものを“大本願”と呼び、数ヶ月から数十年先の未来を観ることができる。ただし術者はこれを使うと死んでしまうため禁術となっている。
一度術を発動すると術者が死ぬまで止まらず、術者の命を注ぎ込む高出力の理術であるため、理気が眼から炎のように光を放ちながら吹き出す。さらに自在霊を使うが取憑霊を使うときのように独自の印を結ぶ必要があり、梟はこの印を結ぶ燕十郎を見た。このことから、梟はその死を悟る。宇野一族は元来、心遁の使い手の一族であることから、燕十郎は宇野重幸から心遁の術をかけられ、無理矢理“大本願”をさせられたものと思われた。燕十郎は死の間際、宇野重幸に向かって
「薬研藤四郎が郷を解放する」
と言い残していたのを、梟は読唇術で読み取った。薬研藤四郎は郷の宝剣の名称で、穂村一族が代々守護してきた。剣が保管されている場所は、穂村一族のトップシークレットで、五老代ですらその場所は知らない。十年に一度、加賀集落で行われる納火祭で、加賀集落が守護する火賀龍神社(かがるじんじゃ)に奉るため剣が出される。そして納火祭は1ヶ月後に迫っていた。

③弾蔵は、燕十郎を殺したのが宇野重幸と判明したときの明麗の反応が気になっていた。弾蔵は意を決して明麗に宇野重幸について聞いた。
「明麗さんは宇野重幸とお知り合いですか?」
明麗の作業の手が止まった。
「やはり気づいていたのか。」
明麗はそう言うと宇野重幸について語り出した。
宇野重幸は明麗の4歳上の幼なじみで、双子の兄がいる。兄の名は重明、弾蔵が通っていた大学の教授で弾蔵が郷を探すきっかけとなった人物。宇野一族は代々心遁の家系だったが、その危険性から心遁の自在霊を持って生まれてくると大顕によって理霊をはがし取られる習わしとなっていた。また、心遁の子が生まれないように、宇野一族は服部一族などの他家との混血も進めていた。
兄の重明は躯遁の理霊を持って生まれたが、重幸は心遁であったことから理霊をはがし取られ、無遁色となっていた。重明は将来郷を背負って立つことを期待されるほど優秀だった。一方、重幸は懸命に修行に励むもなかなか取憑霊を獲得できず、やっと獲得しても取憑霊の出力では、自在霊の出力には及ばないため劣等生のままだった。
明麗は幼いころから宇野兄弟に遊び相手になってもらっており、特に努力家で何事にも前向きに取り組んでめげない重幸を尊敬していた。
ある日、明麗が森の中で薪集めをしていると、心遁の理霊(活動霊)を見つけた。通常、胎臓界の理霊は自然界にいないとされており、極めて珍しかった。その時、明麗はまだ顕者の段階で理霊に触れることができなかった。その後、大顕になったとき、この理霊を捕まえて修行中の重幸にこっそり取り憑かせた。
このとき明麗は自分がやったことを深く考えておらず、純粋に重幸に喜んで欲しかっただけだった。ただ、その後重幸の態度に目立った変化はなく、そのまま時が過ぎていった。
今から10年前のある日、宇野兄弟と郷の顕者、大顕全員と若手有望株合わせて45人が失踪する事件”庚寅事変(こういんじへん)”が起こる。その際、宇野重幸から剥がし取った心遁の理霊が保管蔵から紛失しているとの噂が流れた。
大顕、顕者が全員居なくなることで郷はパニックになる。理霊を剥がせないため罪人は隔離せざるを得ないが、自在霊の術が使える状態の者を隔離するのは、極めて高いコストが掛かる。至急、大顕や顕者を補充したいが、神隠しにあっては事だとして、名乗り出ない。
そんな状態がまだ終息しないままの郷に現れたのが弾蔵で、その時に重幸による燕十郎殺害事件が起こる。明麗が自分が大顕であることを伏せるのは、このような背景からだった。そして明麗は燕十郎の事件について、自分が切っ掛けを作ったのではと、強い自責の念に駆られていた。

④燕十郎の最後の言葉を考慮すると、宇野重幸は薬研藤四郎を奪いに来る可能性がある。神社周辺を警備し、宇野重幸を捕える準備に取り掛かる。
剣を奉る神社内には、午黄華羽と明麗そして弾蔵を配した。宇野重幸は心遁を使う。心遁は心を支配してしまうため、触れられたら終わりの厄介な能力。そこで、心遁同様触れられたら終わりのチート能力、臓遁使いの午黄華羽を置いた。臓遁は病を与えて敵を封じることができる。明麗は、午黄華羽でもダメだった場合に備え、刀を焼き融かす役割を担う。宝剣を賊に奪われるくらいなら、破壊するというスタンス。弾蔵は理気の揺らぎを検知できる能力を使い、敵の接近を監視する。
明膳は遊撃として神社周辺を黒衣衆と警備、梟は監視部隊「夕霧」で、遠隔からサポートする。

⑤深夜、弾蔵が神社周辺の理気の揺らぎを警戒していると、神社へ続く階段を見覚えのない理気を纏う人間が登って来るのを感じた。
「誰かが来ます。」
弾蔵がそう言うと、ほどなくして神社の戸が開いた。
「番兵が多くて、往生したぞ。何があったんだ?」
そう言いながらまるで自宅に帰って来たかのように宇野重幸が入って来た。宇野重明と同じ顔だったため、弾蔵はその者が重幸であることをすぐに悟る。華羽が明麗の肩に手をやり、前に出た。
「予定外の事態が起きてな。それにしてもよくここまで入って来れたな。」
華羽が旧知の中のように話し返した。弾蔵が事態を飲み込めず困惑している横で、明麗が倒れた。
「大丈夫ですか?!明麗さん!」
「悪いが明麗には病を与えた。程なくして死ぬ。」
「華・・・羽・・・裏・・・切ったな。」
明麗が絞り出すように言った。
「そこの男には病をかけないのか?」
宇野重幸が華羽に聞いた。
「刀を取り出す者がいるだろう。もしかしたら何らかの符呪が仕掛けられているかもしれん。それにこの者は新参者でな、いまだ理術をまともに使えぬゆえ、暴れても大して困らぬ。」
「なるほど。おい、お前、その刀を取って俺によこせ。」
(口頭での指示?心遁を俺に使って来ない。これは相手の判断ミスか?華羽と刺し違えれば明麗への理術は解かれるかも!?)弾蔵は現代人らしく、刀の護衛という任務より明麗の命を優先して考えていた。
(梟がこちらを監視してるはず。神社内の異変に気づけば必ず援軍を寄越す。ならば時間を稼ぐべきか?)そんなことを考えていると
“余計なことを考えるな。刀をヤツに渡せ。”
という声が聞こえた。
(今の声は明麗?・・・ではない。明膳とも違う。梟が夕霧を通じて伝えたのか?!相手には・・・聞こえてないようだ。)
弾蔵は刀を手に取り、宇野重幸へと渡した。
「ご苦労。」
そう言って重幸が刀を手に取った瞬間、刀が床にめり込んだ。重幸はその勢いで前のめりに倒れ込む。
「なんだ?!突然重くなったぞ!」
重幸は刀を持ち上げようとするが、びくともしない。
「貴様、何をした!」
「な、何もしてません。」
「・・・?!、なるほど。・・・お前、もう一度刀を持て。」
弾蔵が剣を持ち上げると、あっさりと持ち上がった。
華羽が
「土不要どもの結遁の符呪か?」
と聞く。
「いや、理気の流れがない。全くの別物だ。使い魔とも違う。」
「モタモタしてる時間はないぞ。」
「お困りのようなら、僕を一緒に連れて行ったらどうです?僕ならこの刀を持てます。」
二人の会話に割り込むように弾蔵が言った。続けて
「ただし明麗さんに掛けた理術を解くことが条件です。」
華羽と重幸は顔を見合わせた。
「この者はまだ未熟ゆえ足手纏いにはなる。が顕者だ。利用価値はある。」
「顕者?・・・ならいいだろう。術を解いてくれ。」
「わかった。」
華羽が明麗に触れると、明麗は激しく咳き込んだ。
「明麗さん!」
弾蔵が上体を抱え上げる。
「暴れられても困るんで完全には回復させてない。だが安心しろ、時が経てば元に戻る。」
これを聞いて弾蔵は明麗の理気の揺らぎを確認した。勢いは弱々しいが揺らぎは正常に戻っている。
「確かに、大丈夫そうだ。」
これを見た重幸が
「ほう、理術の解除が分かるのか?」
と聞いた。
「この者は理気の揺らぎで人の違いがわかるようでな。色々と利用できそうだろう?」
「確かに。よし、さっさとここを出るぞ。」
弾蔵は明麗に
「刀は必ず戻しに参ります。」
と告げた。その時、明麗が自分の理霊を弾蔵に渡し
「持って行け。必ず帰って来い。」
と、か細い声で言った。弾蔵は後ろ髪を引かれる思いで神社をあとにした。

⑥弾蔵が神社を出る30分程前、郷の監視部隊” 夕霧”で遠隔から神社回りの監視にあたっていた梟が倒れた。慌てて駆け寄った隊長の鵜鷺延近に向かって
「今から小半刻後、見張り番の黒衣衆がやられ、宇野重幸が社に入ります。後詰めを送って下さい。」
「小半刻後!?おまえ千里眼と本願を同時に使ったのか。目が潰れるぞ!」
「もとよりその覚悟。後詰めに私も同行します。」
「そんな状態じゃ無理だ。後詰めにはすぐに一人向かわせる。」
「一人!?少な過ぎます。相手は、黒衣衆を一人で動けなくする力があります。」
「あの人なら大丈夫だ。足手まといさえいなければな。それより華羽や明麗はどうなる?」
「宇野が神社に入ってから先は見てません。面目ない。」
「十分だ。しばらく休んでろ。」
隊長のこの言葉を聞くと、梟は疲労で気を失った。

⑦三人が社を出て山道を移動してると、何者かの理気の気配が近づいて来るのを弾蔵は察知した。近づいて来ると言うよりも、こちらが近づいて行ってるようだ。
(仲間と合流するのか?それにしても援軍が来ない。)
華羽と重幸は真っ暗な中、信じられない速さで山道を進んで行く。弾蔵は二人に着いていくので精一杯だった。弾蔵は余裕がない中で、援軍と合流したときどう立ち回るか考えていた。その時、弾蔵は近づいてる人物が誰なのか、その理気の気配で気づいた。
(明膳さんだ!?この二人の仲間なのか?もしかして心遁で操られている?いや、操られているならこんな回りくどいことはしない。)
思い悩んでいるうちに三人は明膳に出くわした。
弾蔵は理気の揺らぎで、明膳の怒りを感じ取り、戦慄していた。
(あの温厚で思慮深い明膳さんが、激怒している)
「明膳、よくここを通るとわかったな。」
「夕霧が、ここを伝えてきた。命がけでお主らの行いを暴いたものがいてな。」
(きっと梟さんだ!”本願”を使って見てくれたんだ。)
「それより華羽。重幸に操られている訳ではなさそうだな。」
「操られているならここを通してくれるのか?」
「孫娘を傷つけられて通すわけなかろう。それと弾蔵。すまないがお主も無傷では済みそうにない。」
「その覚悟はできてます。私はいないものと思って存分に戦って下さい。(本当はイヤだけど)」
両者の間に緊張が走る。明確なスタートの合図がない。相撲の立ち合いのような間。
(明膳さんは、先の先を取るのか。それとも後の先か。)弾蔵が固唾をのむ。
「元・黒衣六将、” 灰塵の明膳”か。」
「重幸よ。相手が老体だからと油断するなよ。奴はいまだ郷を滅ぼす力を持つ者の一人だ。」
「油断?!そのようなもの、この郷に逃げ帰った日より、とうに捨てておるわ。」
そう言った刹那、明膳が仕掛けた。
「火遁、炎術 ”曼殊沙華 火岸”(まんじゅしゃげ ひがん)」
「重幸!弾蔵!跳べっ!!」華羽が叫ぶ。
その直後、あたり一面、見渡す限りが一気に火の海となった。
「山1つ丸ごと灰にする気か?!」
「逃げ場がない!どうする?!」
弾蔵も跳んだがその高さは1mたらず。重幸、華羽は4~5mは跳んでいる。弾蔵は短い滞空時間の中で
(ああ、ここで焼け死ぬのか。)そう諦観していた。そしてすぐ弾蔵は地面に着地した。
(熱っ・・・くない?!)恐る恐る目を開けると、弾蔵の周囲半径1mだけ、火がなくなっていた。
「重幸!」
この様子を見ていた華羽が叫ぶ。
「承知した!」
重幸はそう言うと印を結びだし
「金剛開 水遁 雨術 “水霧”(みずぎり)」と理術を発動。重幸を中心に半径20mが霧に包まれ三人の姿が明膳から見えなくなる。この隙に弾蔵は華羽と重幸に抱えられ、その場から遁走した。
「お主の自在霊が火遁とはな。あの場で開眼するとはツイてる。」
華羽が安堵と勝利を混ぜたような表情で言った。
明膳は、弾蔵の様子に驚きつつも冷静に考えていた。
(火遁の理術は火遁の自在霊を持つ者には効かない。効かないとは言っても、術によって生じた火が消えることはない。ただ効かないだけだ。だとすると、あれはいったい?)
霧から飛び出し走り去っていく三人をとらえ、追撃を図ろうとする。その時、明膳の右後方から黒い何かが飛びかかってきた。明膳は寸前でかわしたものの、右腕の小手が割れ、剥がれ、火遁の理術も解除された。
「あれは何だ?」
急襲を受けた明膳を見て華羽が問うと
「言っただろ。油断などせぬと。」
そう重幸は答えた。

⑧「何の真似だ!一無斎」
「すまぬ明膳。わしは今操られておる。我が意が利かぬゆえ、手が抜けぬ。さっさとわしを倒し、重幸どもを討ってくれ!」
「本気のお主を”さっさと”など、簡単に言ってくれるなっ!」
重幸の大叔父で元黒衣六将の服部一無斎が明膳の前に立ちふさがった。

⑨「一無斎か。よく術をかけれたな。」
「大叔父だからな。本当は入り口までの護衛をさせるつもりだったが。」
その時突然辺りが昼間のように明るくなった。
「天照一族か?!」
「地上は明膳に任せて、他は空に張ってたか。土不要一族も総出なら厄介だな。」
その瞬間、閃光が三人の横を掠め、岩に当たる。岩の当たった場所が赤く熔け出していた。

⑩「明膳がしくじるとはな。天照一族の存在を示す好機だ。」
天照火鎚は意気込んでいた。
「1撃できっちり仕留ぬか。警戒されたぞ。」
土不要縁が、少し呆れながら注意する。
「うるさい!そう簡単にはいかんのだ。」
「火鎚のオジキ。相手が印を結びだしたぞ!」
「まずい、次は一斉に撃つぞ!」
「最初からそうすればよかろう。」
「うるさい!行くぞ! 火遁 光術 “撃光”(げっこう)!」
一斉に十数本の閃光が三人めがけて飛ぶ。が、重幸の霧の発動の方が一歩早かった。閃光が、霧に乱反射して威力が大きく減衰する。
(まずい、擊光が霧に弱いことが知られてしまった!)
「火鎚よ。お前は覇気、実力は傑出しているが、浅慮が過ぎる。」
そう縁がたしなめると。
「うるさい。」
火鎚はそう力なく返した。

⑪弾蔵は重幸の取った行動に感心した。
(この人、レーザーが霧に弱いことを知っているのか?もしかして、すでに外の世界で多くを学んでいる?)
三人は霧の煙幕のまま移動する。
「どうする?次は土不要どもの攻撃が来るぞ。」
「こけおどしで切り抜けるほかあるまい。」
そう言うと、大きい迷彩柄の布を取り出し、三人を覆って地面に伏せる。霧の煙幕は、三人を置いてそのまま先に進んだ。

⑫重幸達の予想通り、土不要縁が動く。
「結遁 引術 “流星群”」そう縁が唱えると、近くの河原の石数十個が浮き上がり、次の瞬間猛烈な速さで重幸が作った霧に突っ込んだ。この衝撃で霧が晴れる。しかしそこに重幸達の姿はなかった。
「誰もおらんぞ!もっと広範囲を照らして探し出せ!」
天照一族の照らす明かりが、山を明るくする。すると、いくつもの煙幕が四方八方に山肌を走っているのが見えた。
「どれだ?!」
火鎚の声があわてていた。
「オジキ、手分けして追おう!」
「ダメだ!」
縁が制止する。
「相手は明膳を出し抜く心遁使い、バラけたところを狙われて操られでもしたら面倒だ。」
「じゃあどうする?」
天照一族が照らす明かりは、動く煙幕を追っていた。それを見た縁が
「霧を追うな!霧は我らをバラけさせるのが狙い!霧以外の岩影、地面、草間、木陰を重点的に探せ。」と指示する。
「承知した!縁、今からお主が指揮を取れ。」
火鎚が指揮を縁に譲る。
(このバカ正直というか、いざとなれば躊躇いなく無私、実直になれるところが、憎めないんだよなぁ)縁がそう思っていると、声が上がった。
「縁殿!今青く照らしている場所に四角い何かがありますぞ。」
「そこに、擊光を叩き込め!」
十数本の擊光が撃ち込まれた。様子の確認に火鎚と縁が降りる。そこに三人はおらず、ズタズタに焼け焦げた迷彩柄の布だけが残されていた。

⑬服部一無斎と明膳との死闘は、明膳の勝利に終わる。明膳は戦いの中で深手を負ったが、命に別状はなかった。一方、一無斎は四肢が焼け焦げ、明膳の傍らで死を待つのみとなっていた。
「明膳、面目ない。」
「気に病むな。致し方ないことだ。」
「重幸とは話をしたか?」
「いや、華羽とのみだ。ただ、あれは重幸とは別の者に感じた。」
「気づいたか。今回含め一連のこと、わしの知る重幸の器量ではなしえない。あれは別の何かだ。」
「何かとは何だ?」
「わからん。ただ宇野一族は、里の要職に付けぬ代わりに様々な特権が認められた異質な一族。何があっても不思議ではない。本当ならわしが真相を暴きたいところだが・・・口惜しいことよ。」
「すまんな。この様な形でしか止めれなかった。」
「お主こそ気に病むな。それと長年の懸案が1つ晴れ、すっきりしておる。」
「懸案とは何だ?」
「黒衣六将筆頭となり、郷で最強と称された。だが最強は明膳だとの評もよく耳にした。白黒させたい気持ちもあったが、立場上それもかなわず時だけが過ぎた。だがそれも今日はっきりした。最強はお主だ、明膳。」
「操られたお主との戦いなど、数のうちに入らん。」
「これから郷を導かねばならない者が、そんな控えめな態度でどうする。お主は郷に必要だ。だが此度の件、猿飛のバカが黙ってはいまい。半蔵の爺様に使い魔を出す。明麗とともにしばらく服部に身を寄せておけ。」
「かたじけない」
「それとお主は郷の外を知ったのであろう。もし興味があるなら、爺様に聞くがよい。お主ならきっと爺様も話してくれる。外には服部党の流れを汲む者たちがいるそうだ。重幸を追うなら力になってくれるやもしれん。」
「外・・・か。」
「郷の闇は深く、冷たい・・・・」
そう言い残し、一無斎は息を引き取った。
一無斎の使い魔の八咫烏が現れる。
「殿、天晴な最期でございました。このカラス、最後の使い、しかとお受けいたす。明膳殿、服部より助けを呼んでまいります。それまでどうかご無事で。」
そう言い残し、八咫烏は飛び立っていった。

⑭重幸達三人は天照・土不要連合軍の追跡を振り切り、山間の谷に来ていた。
「そろそろのはずだが」
華羽がそう言ったとき、弾蔵は何者かの理気を谷の上から感じた。
(この理気、華羽にそっくりだ)
理気の気配がする方を見ても暗くてよく見えない。目を凝らしていると、何かが光った。すると回りが明るくなり、理気の気配がするところに現代風の格好をした女が手鏡のようなものを持って立っていた。
(ん?!芝生?街灯?)振り返るとビルの明かりが見えた。
(帰って来た?!)弾蔵が混乱する中、華羽があの女に向かって
「帰ってよいぞ」
と命じた。女の容貌は華羽にそっくりだが、華羽が三十代後半から四十代前半くらいの容貌なのに対し、その女は十代後半からせいぜい二十歳と若かった。
「さて、無事に出れたことだし、お前も操っておくか。」
重幸が弾蔵の頭に手を置く。
「心遁 操術 “傀儡”」
弾蔵は頭の中に少しの違和感を覚えた。だが、他に変わった点はない。
「以後、俺の指示に絶対に従え。今からお前は俺と華羽を長とする討伐隊 ”皇(すめらぎ)” の隊員だ。これより以後、隊から離脱してはならない。今後お前の全ての行動は隊員であることと矛盾しないものに限る。」
特に異変はない。ただ、自分から心遁と思われる理気の揺らぎが出ている。
「自由な思考は維持したまま、指示に対する意思を奪う、そんな術ですか?」
「察しが良いな。自由な思考まで奪うと、その者の経験や知識を生かせなくなる。特にお前はなかなかの知恵者、思考は完全に自由にした。」
(つまり、その気になれば思考も奪えるということか。聞き出せることは可能な限り聞き出さねば。)
「指示が相互に矛盾するときはどうなるんです?たとえば、あなたの指示に従うと隊員であることに違反してしまう場合とか。」
「お前の場合は、お前が優先すべきと判断した方を選択できる。」
「なぜここに着くまで、心遁を掛けなかったのですか?」
「それはお前がその刀を持って、ここに立っていることが決まっていたからだ。」
「・・・決まっていた?」
「ハッハ。そうだな、質問を返すが、ここまでの道中なぜ逃げなかった?暴れなかった?なぜ明膳に刀を渡さなかった?なぜ明膳は刀を渡すようお前に言わなかった?特に天照どもとのゴタゴタの中なら、どうとでもできたはずだ。なぜ何もしなかった?」
重幸は嫌な笑みを浮かべながら、聞き返した。弾蔵は答えに詰まった。弁明としての後づけの言い訳なら、いくらでも思い付く。ただそんなことを言っても無意味だ。神社で重幸が刀を落としたとき、「なるほど」と言った。その時は気にする余裕がなかったが、良く良く考えると妙な発言だ。そして嫌な考えが頭をもたげてきた。
弾蔵は” 庚寅事変”で消えた45人の名簿の中に、瞳術使いの名が5人もあったのを思い出す。嫌な予感の本体を確認せずにはいられなかった。
「いったい何人の瞳術使いを殺したんです?」
これを聞いた重幸はかなり驚いた表情を見せた。
「大した洞察力だ。これからその力、”皇”のために使え。」
ハッキリした回答ではなかった。だが嫌な予感は当たっているようだった。
量子の世界では、粒子の位置とエネルギーは確率的にしか記述できず、観察するまで一意に定まらない。これが当てはまるのなら、瞳術の”本願”と”大本願”は、未来を見る理術ではなく、いくつかある未来の可能性の中から偶然選んだ1つの未来を、見ることで「決定」する理術になる。
重幸は、このことを瞳術使いの命を使って実験して見出だした。そしてさらにその先の領域へ踏み込んだ・・・その可能性が高い。
(明麗さん、刀は戻せないかもしれません。)
弾蔵はこれから待ち受ける運命に希望を抱くことができなかった。

弾蔵(ダニエル・エベレット)
運と執念だけで忍者になった男。まだ理術(理霊を使った忍術)は使えないが、理気で人を見分けたり、理霊が見えたりできる。

顕者と大顕
庚寅事変が起こるまでは、顕者、大顕あわせて20人が郷にいた。顕者、大顕は全員(明麗のように公表してない者は除く)、郷の統治機関“惣無事講(そうぶじこう)”に所属し、特別な待遇を与えられる。厚待遇と引き換えに、以下の重要な任務を担う。
除霊・・・罪人から自在霊と取憑霊を奪う。
霊示・・・修行者に取憑霊が憑いたかどうか、鍛練霊になったかどうかについて、確認し、本人に教える。
誓約の儀・・・取憑霊や鍛練霊と誓約を結び理術が使えるようにする。
仮憑き・・・罪人から剥がし取ったり、自然界から採取してストックしてある自然霊を、望む者の体に乗せることを仮憑きという。乗せた自然霊がそこを気に入れば、そのまま取憑霊となる。失敗する可能性は高いが、修行で取り憑かせるよりも早く、遁色も選べるというメリットがある。
符呪の作製・・・自然霊や活動霊を紙や木札でできた「御札」に封入したものを符呪という。符呪は封入した理霊と同じ遁色の理術も後から封入することができ、一定条件を満たすと理術が発動する。郷では日常生活(調理・洗濯などの家事、遠方者との通信など)で広く用いられている。符呪に関する理術は符術と呼び、天才符呪師・果心居士(かしん こじ)が全てを生み出した。
通貨の製造とニセ通貨の取り締まり・・・郷で使われる通貨は、通し番号が振られた紙幣や木銭に、9体の理霊と1つの理術を封入して造られる。通し番号と封入理霊の種類、順番は、台帳に登録されており、流通している通貨を抜き打ちで照合し確認する。照合の結果、一致して入れは理術が発動して消滅し、不一致のときは発動せず、ニセ通貨の流通経路捜査の証拠物となる。この照合で消滅した分だけを、新たに製造することで通貨の流通量を維持し物価を安定させている。
「霊示」、「仮憑き」、「符呪の販売」は郷の統治機関の独占業務で、代金の支払は必ずこの郷の通貨で行わねばならない。これにより通貨の流通が保証され信用が維持されている。庚寅事変以降、通貨をわざと燃やすなどして物価を操作する輩が現れ、通貨の価値が不安定化した。これにより物々交換の闇市が蔓延したりと、郷の経済は長きにわたって混乱に陥っている。この混乱に対する無為無策に、五老代の求心力は著しく低下していた。五老代が弾蔵をしぶしぶ受け入れざるを得なかったのはこのような背景から。

黒衣衆
郷の子供が通う学校”習錬場”で、優秀な成績を修めた者は、エリート養成学校である、”修幽館”に入ることが許され、ここで実戦形式の訓練を積み、過酷な順位戦を勝ち残った上位10名は、黒衣衆や夕霧への入隊試験の受験資格が与えられる。黒衣衆や夕霧に欠員が出ると、その補充のために入隊試験が実施される。入隊試験は実戦形式の任務課題や1対1のバトルが行われ、時として死者も出る激しいもの。受験資格を得てから10年以上入隊できない者もざらにいる。このため黒衣衆はエリート中のエリートで、凡人を遥かに凌駕する戦闘力を誇る。黒衣衆はその圧倒的戦闘力に基づき郷の治安維持の任務にあたる。黒衣衆は担当地域ごとに北面、南面、東面、西面、山間、近衛の6部隊に別れており、それぞれの部隊長を総称して黒衣六将と呼ぶ。黒衣六将となるとエリート集団の黒衣衆でトップの実力を有する者であるため、郷で圧倒的な尊敬を集める。

穂村明膳
元・黒衣六将で黒衣衆北面部隊を率い、長らく郷の治安維持に勤めていた。火遁の使い手で物を燃焼させ灰にする炎術に長けている。”灰塵の明膳”という通り名を持つ実力者。黒衣衆を率いていたとき、同じく黒衣六将で黒衣衆山間部隊を率いていた水遁使いの滝川一伝が、荒賀衆の不満分子を束ね、反乱を起こした。荒賀衆の悲惨な生活に心を痛めての義憤から起こしたものだった。反乱は程なく鎮圧されたが、残党が逆恨みから明膳の息子夫婦を騙し討ちし殺害。怒りに我を忘れた明膳は、残党をかくまっていた荒賀の村1つを村民もろとも焼き払い、灰にする。残党には反乱に参加した黒衣衆の隊員が多く含まれていたが、本気の明膳の前ではものの数に入らなかった。このときの鬼神のごとき様子から”灰塵の明膳”と呼ばれるようになる。この事件以降、明膳は黒衣衆を辞め、敢えて荒賀の村に住み、村人の生活支援や灰にした村の再建に尽力する。これは怒りにまかせ罪のない村民を虐殺したことを強く悔い反省してのもの。

穂村明麗
習錬場では優秀な成績で、本人が望みさえすれば修幽館へ入れたが、入らずに明膳と共に荒賀の村で静かに暮らすことを選ぶ。幼なじみの高目梟曰く、もし修幽館に進んでいたら、首席で出てもおかしくないとのこと。そのため潜在的な戦闘力はかなり高い。普段は明膳と共に、鍛冶屋として鉄器具の製造や修繕を生業としている。

猿飛の長
現在の猿飛佐助は四代目で明膳の幼なじみ。猿飛一族は火遁使いの一族。ただ四代目猿飛佐助は火遁使いとしては明膳の後塵を拝しており、コンプレックスから明膳を敵視している。

高目梟
高目一族が使う千里眼は、非常に高性能な望遠鏡のようなもので、視点の自由度は乏しいが、山頂から過去を見ることができるため、現在の郷の混乱を終息させる重要な役割を担うようになる。この役割により、荒賀に住む高目一族は全員、荒賀から出ることが許された。

牛黄華羽(ごおう かばね)
穂村明膳が住む村の近くで医院を営む医師のくノ一。胎臓界の遁色の臓遁の使い手。牛黄一族は郷でレアな臓遁使いの一族で、皆一様に郷において医療に従事している。牛黄一族は、男だとバッファローのような厳つい容貌、女はグラマラスでセクシーな容貌をしている。胎臓界の理術は胎臓界の自在霊を使って活動霊に影響を与えるものが多い。臓遁を用いた治療も、病の原因となっている活動霊に何らかの作用(除去、促進、抑制、追加)を臓遁の自在霊を使って与えることで行う。華羽は外の世界の存在を知っており、外の世界と出入り出きる手段を有している。

宇野重幸(うの じゅうこう)
心遁の理霊を持って生まれたため、理霊を剥がし取られ、長らく自在霊を持っていなかった。いつの間にか心遁の自在霊を使えるようになっており、失踪事件の首謀者とされている。習錬場では、他の者に大きく劣後していたが、めげることなく努力する生徒だった。明膳と一無斎は郷に戻ってきた重幸を別人と考えている。

鵜鷺延近(うさぎ のぶちか)
現在の夕霧の隊長。鵜鷺一族は識遁使いで、聴覚に作用する理術を得意とする。梟が”本願”を千里眼と併用したことで気を失ったあと、神社から出た者の足音を追跡して場所を明膳に伝えた。相手の体に触れることで、自分の発した声を相手に飛ばすことができる理術をあらかじめ明膳に掛けていた。

土不要縁(つちいらず えにし)
土不要一族の長を勤めるくノ一。元・黒衣衆西面部隊の副長。明膳や四代目猿飛佐助の1つ下の世代で、天照火鎚とは幼なじみ(本人的には腐れ縁)。土不要一族は郷で唯一の結遁使いの一族。結遁は蓮華界の遁色で極めてレア。結遁はいわゆるサイコキネシスのことで、物体を触れずに動かすことができる。全てのものは万有引力の法則により、互いに引き合っている。結遁はこの互いに引き合う力の糸に働きかけ、引く力を強めたり弱めたり、反発させることができる。ただし、対象が生き物の場合は、一度直接触れなければ作用させることができない。縁はくノ一で初めて黒衣六将になるのではと噂されたほどの実力者。実際、黒衣六将になるよう打診されたが、天照火鎚の方が相応しいと申し出を固辞した。結遁を有するのは土不要一族のみで、規模が小さいことから土不要一族は代々、郷の有力一族である天照一族の庇護のもとにいた。その一族同士の良好な関係性にヒビが入らないよう配慮しての固辞だった。火鎚が黒衣六将に就いた後も、火鎚を補佐し隊員からは”影の六将”と呼ばれる。ちなみに午黄華羽が考える郷を滅ぼす力を持つ者の1人。

天照火鎚(あまてらす かづち)
元・黒衣六将で黒衣衆西面部隊を率いていた。天照一族は、火遁使いの名門。修幽館時代、1対1形式の戦闘訓練では無類の強さを有し、無敗を誇った。ただ、実戦形式の任務課題は単純な性格が災いして、不得手だったが、縁の手厚いサポートで黒衣衆への入隊が認められた。1対1に自信があったため、「明膳ごとき、なにするものぞ!」な考えだった。しかし、明膳が荒賀を灰にした事件の際、激怒した明膳を前に恐怖で足がすくんで暴走を止めれなかった。これ以来、明膳への態度は丁寧になる。

服部一無斎
元・黒衣六将筆頭で黒衣衆近衛部隊を率いていた。明膳とは幼なじみでライバル。服部一族は躯遁使いの一族。躯遁は遁色の中で最強と言われている(ただし識遁とは相性が悪い)。躯遁は自分の身体能力を強化するもので、触れることで他人の身体能力を高めたり、弱めたり、術者によっては奪ったりもできる。躯遁の強化対象は、スピードや筋力を強化する「動作強化」、物を投げるコントロールなど動作の正確性を強化する「精密動作」、身体が受ける熱や打撃といったものへの耐久力を強化する「耐久強化」、疲労しずらく一呼吸で長時間活動できたり飲食を長期間断っても平気になる「持久強化」がある。躯遁使いは、術者によって強化対象の得手不得手はあるが、基本的にこれら全てについて強化できるため、躯遁発動時は超人と化す。因みに服部一族は代々「持久強化」に長けた一族で、郷で最強と言われている。

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