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地方へ移住して起業とかするつもりなら知っておくといい概念:その3

「ベルトコンベヤー要件」

“野良委員会”が持つ力の源泉は何かというと「情報」である。この「情報」は野良委員同士の他愛もない雑談の中に含まれており、ごく自然な流れで交換される。何も事情を知らない一般市民がその場にいても、ただの雑談に聞こえるだろうし、本人達にとってもただの雑談だ。“野良委員会”は言わば「情報」という化学物質が溜まったプールの様なもので、その中で「情報」同士が化学反応を起こし“野良委員会”の力が発生する。この「情報」の化学反応は、稀にお金に化けたりもする。こうなると、もはや錬金術だ。

②この「情報」とは何なのか?イメージをつかみやすい具体例として以下の2例を挙げる。

具体例その1
「ある体育施設の職員が一人辞めるので欠員が出る」といった情報を野良委員Aが持っていたとする。他方で野良委員Bが、知人から「うちの子供がもうすぐ高校卒業なのに就職先が決まらない」という相談を受けていたとする。すると“野良委員会”はこの両者を結び付ける仲立ちを行うことができる。そうすると子供の就職先を見つけてもらった親に感謝されるのはもちろん、紹介された体育施設にも感謝される。体育施設の職員は、ある程度体が動かせる人間でないと務まらない。そのため必然的に若い人員を求めるのだが、求人広告の掲載にはお金がかかるうえ、地方社会の高齢化で応募者の半数近くが高齢者なんてことも珍しくなく、採用にかかる費用・労力のどちらも厳しい状況となっている。なので“野良委員会”からの応募者の紹介は、求人広告費や応募者選考の手間を削減でき、願ったり叶ったりだ。このように、人と人とを結びつける手助けをしていると、友人・知人からの相談や公的施設からの相談が自然と集まり出す。いわば相談が新たな相談を呼び、情報が集中する情報のハブのような存在となる。

具体例その2
「役所主導で新たな体育施設(or大規模大会)を立ち上げる」といった情報があったとする。この手の新規立ち上げの発案は“野良委員会”が行うことが多いが、役所主導で行う場合でも“野良委員会”は活躍する。この場合、「新規体育施設の運営団体」や「新設大会の実行委員会」といった新たな組織の立ち上げがセットになり、この新規に立ち上げる組織やそのトップは公的資金が入る関係上、公募となる。計画が走り出した以上、公募をかけて「応募者(団体)ゼロでした」とか「適任者(団体)がいませんでした」では済まない。こういったリスクの回避でも活躍するのが“野良委員会”だ。“野良委員会”の力(情報)を借りれば、こういった「施設や大会」を運営したい団体や人物を紹介してもらえる。ここで問題なのは、公募とはいえ“野良委員会”から紹介してもらった以上、この団体や人物を落とせないということ。ここで重要な役割を担うのが「応募要件」になる。この「応募要件」の内容を紹介された人物(団体)以外には当てはまらないものにしてしまえば、確実に合格させることができる。ここで要件はベルトコンベアーのように特定の団体や人物を合格へ送り届ける働きをするため、以下このような要件のことを“ベルトコンベヤー要件”と呼ぶ。“野良委員会”が見つけてきた人物(団体)に添う形で「応募要件」が作成されるため、“野良委員会”は実質的に役所主導のプロジェクトにまで影響力を及ぼせるといえる。また、この公募する人物(団体)が決まらなければ、「施設」の建設計画も「大会」の実施計画も立てられないため、“野良委員会”は地元の有力企業(土建関係やイベント関係)にまで影響力を及ぼせる存在となる。この企業への影響力行使が行き過ぎると錬金術となる。

③この「応募要件」は、当たり前だが特定の人物(団体)をターゲットにしているとは一見して気づかないものが並ぶ。具体的には、「新規体育施設の運営団体」や「新設大会の実行委員会」といったものの場合、「5年以上の体育施設の運営スタッフ経験」とか「参加規模1000人以上の大会運営業務経験」といった実務経験や「体育施設管理系の資格保有者」とか「スポーツレクリエーション系の資格保有者」といった有資格者であることなど。なぜこのような応募要件だと、人物を特定できるようになるの?と思われるかもしれない。まず有資格者の要件から説明する。体育系資格の多くは受験要件に数年の実務経験を求めるものが多い。そのため、その地域や周辺に住む有資格者の多くは体育施設勤務など“野良委員会”の影響が及ぶ人物しかいない状況が生まれやすい。つまり応募要件を満たす者への統制が利くのだ。同様な理由から、実務経験の要件も統制を及ぼせる人物に限定できるようになる。他にも民間事業者を排除するために、儲からない(儲けてはならない)運営条件を設定したりもする。内情を知っている人が見れば「この応募要件は明らかに“あの人”を受からせるためだよなぁ」と察することができる。しかし「“〇〇〇さん”を合格させるための応募要件だろ!」と指摘しても、「実務経験(or資格)のない人に運営を任せて、もしケガ人が出たらどう責任を取るんですか」と反論されたら、それ以上追及しようがない。

④東京オリンピックをめぐるT氏による一連の汚職を見ると、この“ベルトコンベアー要件”が活躍している。公式ロゴの盗作疑惑に端を発する一連のスキャンダルやコロナ禍による大会延期により、東京オリンピックのブランド価値が下がり、スポンサー料という参加“要件”の設定金額が割高になった。それでも、どうしても参加したい企業が、降った雨水が低いところに集まるように、決裁権を持つT氏へ集まったのだ。ここで“ベルトコンベアー要件”は裏口を探す企業をT氏へ送り届ける役割を担った。つまりT氏の持つ権力だけが問題ではない。権力を効率的に悪用できるようにする厳格すぎる“ベルトコンベヤー要件”も問題だ。要件が柔軟で開放的なものなら、わざわざ危ない橋を渡るインセンティブは生まれない。しかしこの手の事件では、異様に複雑で厳格で緻密な“ベルトコンベヤー要件”を張り切って設定した人物の顔や名前は不思議なくらい出てこない。つまりそこに責任はなく、故に反省点もない、いわばタブーとなっている。反省すべきは常に権力なのだ。

⑤ならば権力の反省点はどこにあるのか。野良委員は、「実行力を持つ」、「実務を把握した」、「その分野の功労者」が成りやすい。有益な情報を交換する場には、互いのリスペクトと確たる実力が必要だからだろう。おそらく、T氏はオリンピック関連組織の中で実力が抜きん出ていたため、実質的に一人野良委員会状態が生じてしまったと考えられる。これはあらゆる情報が一人に集中し、周りにそれが共有されない状態だ。これが今回の事件における権力の反省点だろう。今回の一連の事件報道では、ガバナンスの不在と複雑な組織構成が槍玉に上がっているため、今後これらの強化・修正に時間とコストをかけていくことになる。ただ、今回のようにあらゆる情報が一人に集中する状態が生じた場合、これをどうコントロールするというのだろう。自浄作用は期待できない、厳罰化したら誰も成り手がいなくなる、となると新たに組織を立ち上げてそこに全体を監督させることになる。ただ、これだとこの新組織に関わる“野良委員会”が新たに生まれ、“無謬の目的化”が生じ、柔軟性や即応性が今以上に失われる。言い換えれば、本来の目的(アスリートファースト)よりも優先される事項が増えることになる。

⑥“野良委員会”はスポーツ界に限らず、行政が関わる教育、福祉、医療、文化、芸術といった領域にも存在すると思われる。なぜなら、いずれの分野も施設やイベントなどの「箱や枠」、それを中で管理・運営する団体や職員といった「組織や人」が絡むからだ。地方行政の担当領域は拡大と細分化が進み過ぎており、行政だけで各分野の人的資源の情報を直接把握することが難しくなっている。そのためどうしても人的資源の情報にアクセスするためには“野良委員会”のような存在を介さなければならない。

この章のまとめ
努力の末に野良委員になれた場合、どんなメリットを享受できるのか?この章では、野良委員がどのように影響力を行使するか、そしてどんな見返りを享受し得るかを紹介した。野良委員はその影響力を行使するに際して「情報」を駆使し、時に“ベルトコンベヤー要件”を使って状況をコントロールする。そうやって野良委員は、一定の分野や地域において様々な影響力を行使し、その社会に貢献をしている。社会貢献の実感が得やすく、その影響力ゆえ身近な人達に頼られ、感謝され、自然と人が集まってくる。こうなると、なかなか自分から野良委員を辞めようという気にならず、老害化もしやすい。そもそも本人も、いつ野良委員になったのかわからないし、なっていることにも気付かないし、辞めようにも辞め方も誰も知らんし・・・な状態なので長期化しやすい。ただ、調子に乗りすぎたら、知らん間に収賄系の犯罪に巻き込まれたりするので注意がいる。野良委員との関係性構築をするにしても、面倒なことに巻き込まれないよう、その人間性の観察は怠ってはならない。野良委員になったとしても、影響力の行使はベルトコンベアー要件を使った状況コントロールにとどめ、あまり欲をかかないことが肝要だ。

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