見出し画像

「ありがとう」が少し寂しく感じるのは。

「ありがとう」って言ってから、彼女は改札を抜けていった。ホームに向かう階段を登り切るまで、僕はそれを眺めていて。彼女がこちらに気づいて振り返っては、笑顔で手を振ってくれてた。

僕は手を振りかえしながら、ああして笑顔で手を振られてると余計に素直になれなぁ、と思った。もしも僕が素直になったら、この正直な気持ちを打ち明けることで、彼女の迷惑になるだろうなと考えてしまう。とはいえ、いつでも素直になれた事がなかったな、と今までの自分を思い出す。自分は、後悔でもしてるんだろうか。

今日は、彼女からの誘いで、相談事を受けていた僕。彼女には、少し前から好きな人が出来たみたいだ。好きな人が出来たらからこそ、悩んだり不満でも湧いてくるのだろう。彼女から相談事をよくされるようになってから、何度も「どうやったら上手く行くかなぁ」とか聞いてくるから、それなりに背中を押せるようなアドバイスをしたりして。

彼女とは学生時代の頃から仲が良かったからこそ、こうして気楽に、僕なんかに本音で相談をしてくれんだろう。学生の頃は、二人ではよく遊びに行ってたし、凄く仲が良い友達関係だったと思える。大人になってからも、仕事に日々を追われながら、様々な人たちとの関わりさえ薄れていく中で。それでも、まだ、こうして彼女からの相談事を受けられるてるのは、きっと信頼してる人物として見てくれている、特別な特権なのだろうけど。

ただ、そんな特権は、彼女の周りの人間関係の中から、役割として振り当てられたようなもので。僕が求めては欲しかった、そんな類の役割ではない。

それでも、不満も言わずに、今日もちゃんと彼女が求める『悩み相談』の相手として、役割は果たせたのだから。彼女から「ありがとう」って言われるのは当然のことで。でも、そのありがとうに、僕は嬉しさが込み上げてこず。少し寂く感じる気持ちが込み上げる、そんな言葉のように思えるのは何故だろう。

そうした立ち位置に、僕はいるのだが。別に、僕は誰のことを恨んでいるわけでもない。これでいいと納得している自分が『ヘタレ』なんだろうとは思う。何を変えようとするわけでもなく、納得をしながら。きっと、本当は、今まで幾つかのチャンスがあったはずだったけど、そうしたチャンスを見過ごしてきたツケが、今ようやく回って来たかのように思って。

これが、自業自得なんだけど。

自分の気持ちに素直に動こうと頑張れる、彼女を見ていると、僕は、何かを、ずっと待ちぼうけする人間に思えてくる。「思い通りになったら良いな」とか願っておきながら、何事もなく過ぎさせる。だからこそ、きっと今までも、何も得られはしなかったんだろうと思う。

簡単な事、『自分の気持ちを素直に伝えるだけで、何かが変わるし。それを躊躇して何もしなかったら、何も始まらないだろう。』って、それはさっき彼女に言った言葉なだけ、自分にもグサリと刺さってる。

これは全くもって「お前が言うな」と自分で、自分にツッコミたくなる。よくもまぁ自分では分かっていながら、自分は素直になれない奴だって思う。とはいえ彼女は、そんな僕の話を真面目に聞いていて、納得していたから良いだろう。

そのお返しになのか、彼女からは「君にも、好きな人が出来るといいねぇ」なんて、応援するような一言を頂いた。これについては、とりあえず僕は心の中で「お前が言うな」ってツッコミを入れたくなっていた。

素直に言ってしまおうか、
それともさりげなく伝えてしまおうか。

「そうそう、僕は最近失恋したんだよ」って、そういう風な事を言ってしまおうかと考えては。でも、そんなことさえやっぱり言えずにいて。たぶん、ほんとに悩んでて相談をしたかったのは僕の方だけど、余計なことを言ってからボロが出て、振られるなんてのはゴメンだ。

もう彼女の答えを分かってしまっている状態では、素直にはなれない。

いつか、いつかと思いながら過ごしていたら。いつのまにか、その"いつか"って無くなってしまった。

気がつけば、少し前までは「ありがとう」なんかより「楽しかった」って言われる方が多かったはずなのに。次は気がついたら「ありがとう」さえ、言われることすら無くなるような気がしていた。

もう、間に合わないとは思いながらも。もしも叶うなら、彼女が言ってた「ありがとう」の去り際の言葉の代わりに。「楽しかった」なんて言われるような、そんな役割の人間になりたかった。

そう思って、寂しく感じている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?