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【教員妻の夫観察日記】#9出会いと別れの職業

こんばんは。
前回の投稿からとってもとっても時間が経ってしまいました。
実は、教員の夫をもつ私自身も、夫とは全く異なる分野ではありますが、教育関係の資格を取得すべく、勉強を始めたのです。
それもあり、書きたいことはたくさん浮かんでいたのですが、落ち着いて記事を書く時間が取れず、ここまで長らく時間が空いてしまいました。
新年度からは、いろいろと取り組む事柄を整理し、優先順位をきちんとつけようと思うので、この数ヶ月、寝かせていた話題を少しずつ発信していけたらと思っています。

さて、前置きが長くなりましたが、出会いと別れの季節、春ですね。
教員は、この出会いと別れを毎年ひしひしと感じる職業だと思います。
涙腺のパッキンがおかしい私は、卒業・離任・クラス替え・転校……など別れのワードを聞くだけで涙が出てきます(苦笑)
それゆえ、この時期はほぼ(全く?)関係のない私が夫の学校の子どもたちのことを思い、勝手にセンチメンタルな気持ちに……。
毎年こんな気持ちになる先生方はつらいだろうなぁ、と思ったりもします。

が、うちの夫は「学校から離れたら、俺のことなんて忘れればいいんだよ」と言います。
子どもたちには、その子が今生きている目の前のことに集中してほしいからだそう。
夫の持論ですが、過去にこだわりすぎるのは今に満足していないから、らしく、先生としては子どもたちにそうはあってほしくないようです。
今に夢中になって、今を楽しんでほしい。
だから、もう過去になる先生のことは振り返らなくていいよ、と。

こう書くとなんだか悲しい気持ちにもなりますが、確かに教員は出会いと別れの職業です。
教員自身も、今、目の前にいる子どもたちに精一杯の愛のある指導をしなければならない。
先生も人間ですから、なんだかそんなにスパッと切り替えられるのかなぁ、とも思いますが、子どもたちのその時間はそのときにしか流れません。取り返しのつかないその大切な時間に教員もしっかり向き合わなければならないと思うと、いつまでもセンチメンタルな気持ちに浸っていてはいけませんね。

それでもやっぱり、妻としては、夫の教え子のみんなには、ふとしたとき、あんな先生いたなぁ、と少しでも振り返ってほしいなぁと思います。一人ひとり、夫がかけた愛情の形は違っても、みんな大切な教え子に変わりはありません。その愛をちょっとでも思い出してくれたら、あれって愛だったんだなって気づいてくれたら、それは子どもたちにとっても今を生きるエネルギーになると思います。

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