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2-36 黄金の麦種

\一秒一秒という砂金を大切に拾い集めて、そこから実りを引き出すか、それとも、こんなちっぽけなもの、と、指で弾き飛ばしてしまうか。しかし、自分の幸せを自分で捨ててしまう人は、ぜったいに幸せにはなれない。\

 男がいつものように玄関を開けて出ると、そこになにか金色に光る小さなものが落ちていた。拾ってみる。麦粒ほどのなにか。金色のメッキかペンキが剥げて丸まったものか。へっ、なんだ、くだらない、つまんねぇ、と、男は、それを指で弾き飛ばした。そして、翌朝、起きて出る。おや、まただ。拾ってはみたもののの、こんなもの、と、ぽい。ところが、その翌朝も。もう拾いもしない。靴で蹴散らした。どこが来るのか知らないが、とにかく毎日、毎日。こんなちっぽけなもの、たとえ本物の金であっても、なんの役にも立たない、と、やがて気にもしなくなった。

 今日もまた、息もできないほど満員の電車で通勤。窓からぼーっと外の景色を眺める。都会の街中ながら、小さな畑が見えた。黄金の麦畑。自分と歳も大差ないやつが、タオルで汗をぬぐいながら耕している。幸せそうだ。自分とは何が違ったのだろう。そんなことを思い悩んでいるうちに、ほんとうに気分が悪くなってきた。立っていられない。次に止まった駅で降り、会社に遅刻の連絡して、とにかく駅の外の空気を吸うことにした。

 さっきの畑のところに出た。きれいに手入れしていますね。ええ、おかげさまで。これ、麦ですか? ええ、麦です。どうしてまた麦を? いや、家の前に一粒、落ちてましてね、それも毎日ですよ。拾い集めて、テーブルの上の植木鉢に植えたら、穂が出まして、その実りをベランダのプランターに植え、また植え、また植えしていたら、とうとうこんな家庭菜園です。手入れがたいへんですが、それがまた楽しみでしてね。

 あなたは、いつも空を見あげ、どーんと大きな純金の塊でも降ってこないか、と期待している。しかし、砂金は、まめに川底の泥を浚っていてこそ見つかるもの。それを丹念に拾い集めて、革袋いっぱいにするもの。

 毎日二四時間、その一秒一秒、あなたには天から砂金が降り注いでいる。それを集めて、撒いて育てて畑にするか、それとも、毎度、指でどこかに弾き飛ばしてしまうか。

 そして、こんな寓話が、まさに黄金の麦種。たまたまあなたはこのページを開いた。へっ、なんだ、くだらない、つまんねぇ、と、指で弾き飛ばして忘れてしまうのも、とりあえず拾って自分自身の庭に撒いてみるのも、あなた次第。しかし、幸せを自分で捨ててしまう人は、ぜったいに幸せにはなれない。だが、どんな小さな幸せでも、それを拾い集めて、大切に育てていけば、そこから芽が出て、穂を着け、大きな実りにもなる。

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