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【二人のアルバム~逢瀬⑩~昇仙峡①秋色メゾン~】(フィクション>短編)

   秋色メゾン  その1.朝の散策

朝になって、彼女が神楽やの裏のマンション、神楽やメゾンの3階の正面大窓から外を見ると、正面にある通りから右に向かって、近くに剪定されて美しく揃えられた小さな紅葉に染まった林があった。

彼女は女将が用意してくれたホットコーヒーを呑みながら、開け放った窓から外を自分の大きなショールを身体に巻いて眺めていた。

「何だ、何だ、何をみてるの」
森を指さして後ろに来た彼が言った。
彼女は彼に振返り、
「ねぇ、帰りに通れるかしら。
…、剪定された森、かしら、あそこ。公園?林かしら?
紅葉が綺麗ね」
彼がにっこり頷きながら、謂った
「あぁ、きれいだ」
「行きたいわぁ」
「こら、風邪ひくぞ。ショールしててもこんなに冷えて。飯が冷めるから、こっちへおいで」
彼女の手を取り、温める様にさすってから、後ろから左手で彼女を抱きしめて、右手で窓を閉めて彼女の右手を握って、キッチンへ引っ張って連れて行った。

閉めたばかりの大窓の右横奥にあるキッチンに配置されたダイニングテーブルに、女将が持ってきてくれた朝食が並んでいた。

彼は彼女をテーブルにつかせ、ベッドから毛布を持ってきて彼女の脚にひっかけ、熱いコーヒーを入れ直して彼女にやり、自分のコーヒーを一口呑んでから、部屋にある電話で下階の女将に連絡した。

「あ、女将?どうも、おはようございます。うん、好いね、この部屋。他の部屋は埋まっちゃってるの? …あ、そう。へぇ。…、うん、そうだな、8時半ごろに出るかな…、と考えててね。—牛込方面に道なりに行こうかな、と…ね。うん。有難う。でさ、このマンションの近くに森有る?うん。このマンションから右へ道なりに…、そう、それだな。うん、朝飯の後でこの人が帰りに紅葉見ながら帰りたいって言うんだけどさ―」
テーブルについた彼女は、彼の電話の会話を聴きながら、女将が作ったトーストと半熟ゆで卵やベーコンを食べたり、スープ用の大きなカップからお手製野菜スープを呑みながら、彼にニコニコと微笑みかけつつ、食べ始めていた。
彼がコーヒーマグをテーブルにおいて、
「あそ、うん、あそぉ…、ん、ちょっと待ってね、」
彼は電話から口を離して、彼女に謂った。
「近所の料亭の裏庭園みたいだって。剪定して、外からのお客さんに公園みたいにして見せてるから、行きたかったら、帰り掛けに廻って見ると好い、って。料亭の女将の実家が丁度隣なんで、謂って置くから、って」
彼女は口に入れたモノを噛みながら口唇を横に伸ばしてにっこりして頷いて見せた。
「女将?この人、行きたいって。連絡、入れておいてくれる?うん。紅葉が綺麗なそうで、…うん、俺も一緒に歩いて行くよ。うん。…あぁ、有難うございます。じゃ、飯喰うね、うん、8時半ね。有難う」
彼が電話を切ってから、食べかけのトーストをまた食べ始めた。
彼は自分の前で美味しいモノをもぐもぐ旨そうに幸せそうに食べる彼女の姿に、嬉しそうな顔で、にっこりした。
「飯喰ったら、一服して、出るか?」
「ん。庭園、見れそう?」
「あぁ、大丈夫だよ」
彼女は嬉しそうににっこりした。

朝がたには震える程寒かったが、朝も8時半となると、日が昇り、太陽が綺麗に青空を照らし、歩き出すと少し汗を感じる程、温かくなっていた。

牛込方面に続く道は空いていて、人がそう歩いていなかった。もう通勤時間からは遅れる時間なので、二人でのんびり並んで手を繋いで歩いた。

「仕事に遅れていいの?」
「問題ない、問題ない」
「ホントかしら。無理しないでね」
「ソレは俺の言葉でしょ(笑)」

例の森林庭園の入り口の古い木製の門扉に、少しボロッとした看板が架かっていた。
大月家寮おおつきやりょう 庭園道路」
とあり、看板の横に、牛込の駅入り口まで、少し遠回りだが、紅葉の林を楽しめる様に小路が延びていた。

二人は手を繋いでいたが、彼の腕に彼女が腕を通して、彼は彼女の手を腕の中で握ったまま、彼女を支え、彼女の歩幅で、ゆっくりと歩いた。公園の終わりに、まだ続いている散歩道の蔭で、人の姿が増える前に、彼がまた彼女に口唇を重ねて、二人で手を繋いでもたれ合いながら歩いた。

庭園から繋がる小路は穏やかな下り坂で、彼女が止まって、樹木の紅葉や、野良猫や、犬を連れた近隣の人に頼んで犬とお喋りするのを、彼は彼女の後ろでにこにこと楽しそうに見ていた。

やっと牛込神楽坂の駅に着いたのは、朝の9時を充分過ぎていた。

彼は、午前10時前あたりから新宿本部でミーティングがあると、彼女を飯田橋で下ろした。
「あとで連絡する」
彼はそう言って手を振り、車は走り去った。

        秋色メゾン その2. 電話

ベッドで彼女は目が覚めた。もう午後2時近くだった。

ふと背伸びしながら起き上り、まだ彼と神楽やマンションに居るような気がした彼女は周りを見回して、実は11時前頃に自宅についてから、眠くてベッドに倒れ込んで寝てしまっていた事に、今さらの様に気がついた。

昨夜から長い間彼と話し込み、愛し合い、また眠っても朝方に二人で会話していた。二人に話題は尽きなかった。ふと、横を見ると、大きな猫が自分の横に横たわり、大きな瞳で彼女をジィっと心配そうに見上げていた。気遣っている様子で、にゃぁ、と一声架けてくれた。
挨拶しているような鳴き声だったので、
「おそよ~。お前も一緒に寝てたの?マミィの事を温めてくれてたのね」
逞しくて筋肉質な大猫は見た目にそぐわぬ、かわいい声でみゃん、と目を細めて鳴いた。

腹を空かせているだろう猫の耳の後ろを撫でてやり、猫のゴロゴロが始まるまで、猫と寝転んで遊んだが、少しずつ起き上り、ベッドを離れた彼女を心配そうに猫が見ている中、彼女は猫の餌を別の入れ物によそり、きれいな水を入れ替えてやり、服を着替えて、猫トイレを綺麗にし、その後、雨戸4枚を片面2枚開けて、建付けの悪いサッシの窓を開け閉めして、空気の入れ替えをした。

自分をジィっと見やる黒猫の冬毛はフサフサ生え揃っていて、いよいよピューマにそっくりだった。

野性的なこの黒猫は、本州北東の海岸にある枯れ木の塊の蔭で野良をしていて動物愛護の保護団体に保
護された。関東地方の保護団体が野良猫達を譲り受け、愛護協会の勧めで彼女の住む市内の南側の小さい街で、この猫にとってみれば何度も経てきた「保護猫譲渡会」に出されていたのを、彼女が一目で気に入った。

愛護協会が自宅を訪ねて、話をし、寄付金二万余を払い、正式に彼女が引取ることとなり、猫は半月後には彼女のアパートに引取られた。

自分が好きで選んだ猫だったが、一か月後に猫が彼女に懐き出した時、彼女は
「自分が猫に選ばれたんだな」、
と思ったのを非常によく憶えていた。

前の無邪気でいたずらな猫達に比べて、今度の猫は非常に鷹揚でのんびり屋レイドバックだった。

何かについて、余程、怒らせる様な事をすると、ジャガー並みに狂暴になるが、飼主の彼女に対して、猫は気を遣いこそすれ、引っかいたり、血が出る程、噛み付いたりはしなかった。猫は猫なりに、彼女に気を遣い始めていた様子だった。

それでなくとも、猫には自分のサイズが大きい事がまるで分っていたかの様に、身体が普通の家猫に比べて大きく、遊んではしり廻ると、足音と跳ね上がって着地した時のドン、と言う音が重かった。

彼女はこの猫が大きな音を出すと、身体がびくっとする程、驚いたものだ。

今朝は、彼と時間を過ごした後、彼女はおろして貰った飯田橋から地下鉄に乗り、自分の駅まで各駅停車で帰り、11時過ぎに自宅のアパートについたが、昨夜から寝る時間が少なかったので、クタクタになって帰宅し、倒れる様に寝込んでしまっていた。

飼主の様子を気遣う大きな優しい猫の頭を撫でて、コーヒーを温める彼女の姿を、ベッドからジィっと猫は見詰めていた。鼻歌を歌いながら自分の世話をする彼女の機嫌が良い事に気が付いたか、猫は安心したかのようにキッチンに出て来て、一声鳴いてから、彼女のダイニングチェアの一つに飛び乗った。

彼女のキッチンのダイニングにある古くギシギシと音を鳴らすテーブルは、4人から6人が一遍に食事を出来るスペースだったが、彼女の二つのPCと、大きなディスプレイのお蔭で、スペースは限られていた。

ギシギシ言いながら彼女の「書斎机」は、それでも尚、彼女の思いPCを支え、彼女の仕事や生活を支えた。

温めたコーヒーをすすりながら、遅めの昼食を作り始めた時に、書斎代わりのキッチンテーブルの上に置いてある彼女の携帯が鳴った。


「はぁい」
かったるそうな声になってしまった彼女の返事に含み笑い交じりの元気な彼の声が応えた。
「よお」
「あ…」
「俺だよ、どうした、寝てたか。疲れちゃったか」
彼のクスクス笑う声が大らかに電話に拡がった。
「あん、お疲れ様ですぅ😳厭だぁ、そんなに疲れて聴こえる?いやぁだ、
あははは😆」
彼が一緒に笑い始めた。
「ん~、今日の声は、少し疲れてるかな?と思った」
「ダラシなくて、ごめんなさい。サボって昼寝していたの」
「あぁ、朝から庭園歩いて運動したもんね(笑)、起こした?」
「いいえ、私、帰ってきてすぐにベッドで寝込んで、先ほどお腹が空いて起きたところよ。あなたに甘やかされて、すぐ疲れちゃうみたいで。
ごめんなさいね」
「あぁ、謝るのはこちらだ。ずっと夜通し愛し合ったし」
結構通る、大きな声で彼が言って、んふふ、と含み笑いをした。
「いやぁだ😱💦…何処から電話してますの?恥ずかしくってよ」
「いや、大丈夫、本社ビルの俺のオフィスから架けてるから。ココには、俺しかいないよ」
「😅ならいいですけど…は、恥ずかしいし💦大声で」
「…😄あっはっはっは、可愛いなぁ」
大きい声が恰幅よく部屋に響いた。
彼女は彼の恰幅の良い笑い声が大好きだ。彼の笑い声は彼女を支える。

彼の力強さは彼女を支え、包容し、引っ張ってきた。彼女は彼の低くて包容力のある、柔らかく優しいテノールバスの低くて明るい声が、大好きだった。

一頻り彼女の今後の予定の話などをしてから、彼が言った。
「ゆっくりして休みなさい。明日はゆっくり起きて。土曜だしね。今朝早かったし。でも、庭園は綺麗だったな。また行きたいな、ゆっくり」
「ん💛そうね」
「身体を大切にしてね。来月に時間作るから」
「はい」
「でさ、来月は、昇仙峡に遊びに行こう」
「昇仙峡…温泉?」
「レンタカー借りて、ドライブにしよう。1時間半くらいみたいだし」
「ドライブ?楽しみだわ」
彼女の声が高くなり、明るく笑った。彼はそれを聴いて安心した様にまた笑い、
「夕方から本社近くのプラザホテルで夕食を食べながら社長の商談に付き合うから、また、明日に電話するよ。あのオヤジは、最近、うるさいからな」、
と笑いながら電話を切った。


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