人間が正気を失う時

池袋は東口と西口でけっこう様相が違う。
東口はわりと小綺麗なのに対し西口は裏びれて廃れた行き止まりの街みたいな感じがある。
その中に昔から佇むロサ会館。
ボーリングやビリヤードやゲームセンターが入っていて、地下と2階に映画館が2シアターある。
学生時代ぶりに行ってみたら何にも変わっていなかった。
ものの見事に何も変わらないまま、レトロな廃れ方が逆に画になる場所になっていた。
なぜ行ったのか。

映画「福田村事件」が近くの大きな映画館ではやっていなかったから…

cinema.rosaは、よく言えばミニシアター系なのだろうけど、ポップコーンすら売ってない昭和感が最高で、それも変わっていなかった。

さて、映画「福田村事件」。
昔、田中麗奈の大ファンだった僕としては田中麗奈が出演しているだけで胸熱なのだが、映画は胸熱どころか、心が静まり返るとんでもない作品だった。

関東大震災の喧騒の中で、朝鮮人が差別され、四国(讃岐)から来ていた行商団が朝鮮人と疑われ虐殺される事件、実話を描いた映画。

当初、娘の塾の先生に勧められ、○○さん(娘)も観た方がいい、と言われて連れて行こうかと思っていたが、期末テスト前なので連れて行かなかった。
観終わった直後の正直な感想で言えば、娘を連れて来なくてよかった…
だった。
虐殺シーンが酷すぎて、トラウマになる危険すら感じる。
大人の自分でも目を背けたくなるシーンが多かった。

でも、日本人である以上、観ないといけない、ような変な義務感が疼いてもいた。

映画(エンターテイメントとか表現手法)みたいな側面からあえて見ようとすれば、虐殺のシーンのバックで流れるのが祭太鼓だったのが秀逸で、正気を失う人間の根っこの部分を掻き立てていて身動きが取れなくなった。

そして良い俳優が揃っていた。
倉蔵(東出昌大)が「日本人だったらどうするんだ!日本人を殺すことになるんだぞ!」と叫んだ後に、殺されかけてる行商団のリーダー(永山瑛太)が、「朝鮮人なら殺してもいいのか!」と叫んだ後の東出昌大の表情に、この映画で伝えたいことのハイライトが詰め込まれていた気がする。行商団のリーダーは部落差別を受けていた。だから部落差別も朝鮮人差別も同じだったのだ。

これは100年前に起きた酷い事件を忘れないようにしましょう、という映画ではなく、平和は大切だという安直な映画でもなく、今この現代社会に、いつでも簡単に同じことが起きてしまうかもしれないことだと思った。自己防衛、集団心理、誰しも正義を掲げた時に起きる戦争、自分は正しいという誤解なんて、今この時代にも満ち溢れているからだ。

登場人物それぞれに抱えているものがあり、その心理描写と時代描写が緻密に折り重なり、どのシーンにも伏線があり、それがじわじわと回収されながら観ているこちら側にドロっとした重みを残す。

悲しいのは、人殺しである以上、加害者・被害者という説明になるのかもしれないが、本当は誰もが被害者だったということ。
自分の中にある加害者性が被害者であることと混ざっていくということ。

怖いなぁと思ったのは、これが単なる歴史映画ではなく、ものすごくリアルタイムな警鐘だったから。

観ていない方は、どうお勧めすればいいのか分からないけど、観るなら結構な覚悟をもって行ったほうがいいかも。

田中麗奈さんは綺麗でした…。


(終)