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尾道市の未来を創り出すための一手。デザイン思考が行政課題の「解決」につながる

企業のDX推進や事業課題の解決を図っていく際に、各専門分野のプロフェッショナル人材をアサインしたものの、各々が持つ知見やスキルを活かしきれないケースも少なくありません。 

そのような背景があるなかで、最近ではデザイン視点を取り入れるニーズが増加していると感じています。Sun*では、グラフィックなどの視覚的にわかりやすいデザインを提示するだけでなく、事業に関わる人材のポテンシャルを引き出すこともデザインの一部と捉えています。

今回の記事でご紹介するのは、広島県尾道市と実施したデザインシンキングのワークショップ事例になります。

尾道市の若手職員が行政の未来を見据え、持続可能な地域の実現に向けての事業アイデアを、デザインシンキングのワークショップを通じて見出していくのが、プロジェクトの狙いでした。

本取り組みにおける実施の背景や得られた成果について、戸成 宏三(参事 スマートシティ推進担当)と大前 竜一(尾道市総務課情報システム課 課長)と青木 洋(株式会社Sun Asterisk)が語りました。


DXの推進や行政課題の解決策を発想できる人材の必要性 

── 瀬戸内海に面した街の「尾道市」は、人気の観光地のひとつとなっています。尾道市の魅力や街の取り組み、解決したい課題について教えてください。

戸成:尾道市は、神社仏閣や路地にある小さな個店など、昔ながらの街並みを色濃く感じられるのが特徴です。

歴史や文化に触れ、情緒ある景観を楽しみながら散策するのには、ぴったりな街だと言えるでしょう。美しい海岸線や、歴史的な街並み、風光明媚な雰囲気を味わうために、一年を通して多くの観光客が訪れているような状況です。

最近では、日本初の海峡を横断できる自転車道「しまなみ海道サイクリングロード」が整備され、“サイクリストの聖地”と言われるようになったことで、国内外からも注目を集めるようになりました。

そのほか、地元住民から観光客まで多くの人に愛される「尾道ラーメン」や、さまざまな映画の舞台となったことから尾道市が「映画の町」と呼ばれるなど、いろんな顔を併せ持っているのも独特な魅力だと言えるでしょう。

そんななか、尾道市では若年層が都市部へ流出し、それに伴う人口減少が顕著になっています。本市は広島県内で最も移住希望者の多い街でもあるものの、人口流出は大きな課題となっており、尾道市に定住してもらうための具体的な方策を考える必要があると認識しています。

尾道市は地形的な問題もあって、若者世代が住むようなアパートやマンションの建設が難しいという側面があります。そうしたこともあってか、周辺の他市に若者世代の人口が流れてしまっているんです。

住宅政策はそう簡単にできることではないので、尾道市の魅力自体を高めていくのはもちろん、子育て支援の充実や環境の整備を行うのを意識しています。 

── 現在の業務についてお聞かせください。

大前:私は尾道市役所の中でICTを推進する部門に属していて、情報システムの管理職として従事しています。Sun*の提供するデザインシンキングのワークショップを受講するきっかけになったのは、尾道市の目指すスマートシティ実現に向けたまちづくりや、行政改革の未来を担う若手職員の人材育成の観点から、「デザインシンキングを活用したアイデア創出の意識を醸成したい」という思いがありました。

ただ、デザインシンキングの理解はもちろん、具体的にどのように取り組めばいいのかさえもわからなかったので、一連のノウハウを持つSun*の方ととともに伴走しながら取り組んできたのです。

青木:「ブログラムの目的をどこに置くか」というのを意識していました。尾道市が新規事業を立ち上げるのがゴールなのか。それとも人材育成をしっかりやるべきなのかを最初に議論させていただいたのですが、若手職員が自発的に尾道市のために課題解決できるようにしたいという方向性に合わせてプログラムを設計しました。ただ参加するメンバーには本気で事業化まで検討して欲しかったので、メンバーには事業化をゴールに設定しアナウンスする事で合意しました。

大前:尾道市の課題として人口減少が急速に進むなか、変化の激しい社会に対応できるような行政の組織を作らないといけないし、DXを推進できる人材を育てていかないといけないわけです。課題をしっかりと見出し、その解決策を探っていけるような発想ができる人材が必要で、そのための営みとして実施したのが今回のデザインシンキングに関するワークショップでした。

座学のリスキリングではなく、体験型のワークショップを探していた 

── あらためて、Sun*をパートナーに選んでいただいた理由を教えてください。

大前:既存のITリテラシー教育の一環として行う座学ではなく、アイデアの発想力を高められるような体験型のグループ研修や講習を探していました。そうしたなかで、NTTの担当者からデザインシンキングについて教えてもらい、実際にSun*の提供するワークショップがどのようなものか興味を持ったのが背景にあります。

とにかく、若手職員に課題解決を行う意識づけや課題を抽出する考え方などを導き出す方法を学んでもらいたいという気持ちが強く、さらには自分たちで体験してもらいたかった。

加えて、尾道市のICTアドバイザーである白坂先生(慶應義塾大学大学院 教授)には、市民を対象に何度かシステムデザインのワークショップを開催してもらった経験があり、すごく感触がよかったのもあって、若手職員にそのような刺激を与えて人材育成につなげられたらと考え、Sun*をパートナーに選出させていただきました。

── デザインシンキングのワークショップの取り組みについて、具体的にどのようなプロセスを経て実施していったのでしょうか?

青木:ワークショップに参加していただくメンバーは尾道市様で公募いただき、Sun*の方では「1チーム5人を目安に作ってほしい」というオーダーを出しました。なぜ5人かというと、チームワークを発揮する上で一番ベストな人数だからで、最終的には5人1チームを4つ作っていただきました。

進め方については、全体の場でインプットする時間と、個別のチームに別れてSun*のメンバーが一人ずつ張り付く形で一緒にワークをサポートする形で進めてきました。

プロセス自体は弊社で実践するショートプロジェクトの手法をお伝えしており、まずは尾道市の市民が抱える課題について発散するワークショップを行い、発散したものを収束して仮のペルソナ像を作っていきました。

ペルソナ像を作った後は、本当に正しいかどうかの検証を兼ねて、各メンバーにインタビュー設計をしてもらいました。ユーザーの理解や課題を把握するために、1チーム10人以上はSun*とNTT、尾道市のそれぞれからインタビュー対象者を選び、ヒアリングしてほしいというオーダーを伝えましたね。

そのインプットをもとに「共感マップ」と「カスタマージャーニー」を作って、全体のプロセスの中で課題感の強い部分を可視化し、その課題を解決するためのアイディエーションのワークショップを実施しました。

アイデアを出し合い、さまざまな意見や議論を重ねた結果、チーム全員が取り組みたい、やるべきだと思うアイデアを一つに絞ってもらい、ブラッシュアップした上で最終のプレゼンに臨んでもらう形をとりました。

最終プレゼンでは事業アイデアだけではなく、それを実現するロードマップも作成し、市長に提案してもらいました。市長からは「市民の立場に立ったすごくいいアイデアがあった」というコメントをいただいており、事業化できるものがあれば実現に向けて動きたいという総評からも、次につながるワークショップだったと感じています。  

大前:プレゼンしてもらった内容は、尾道市の各セクションの担当課に共有しています。すぐに事業化は難しいものの、例えば「子育てにまつわる情報が見つけにくい」という課題に対して、手始めにホームページの文言をわかりやすいように変えるといった動きにつながっていますね。プレゼンの趣旨となる内容を反映し、来年度以降の改善につなげていくということも、各セクションの担当者には伝わっていると思います。

プロジェクトがきっかけで生まれた職員同士の「交流」や課題解決に導く「アイデア創出」

── ワークショップに参加する若手職員を20名ピックアップする際に、どのような基準で選定を行ったのでしょうか? 

大前:市役所の中にはいろんな職種の職員が在籍しているため、偏りなくさまざまな部署や職種からメンバーを集めたいと考えました。人選に関しては、30代前後の若い世代を中心に、ワークショップへの参加を促す声がけや、自由意志での参加を募りましたね。

デザインシンキングのワークショップを通じて、「自分の目の前にあることが市役所の仕事」というマインドを持った職員が、普段関わることのなかった職員と交流することで、今まで見えていなかった視点に気づくことができたという感想を多くもらっています。

参加者の視野が広がったことで、行政にはたくさんの課題があるというのを知る良いきっかけになったのではと感じています。

ワークショップの中にインタビューを実施したことも、自分たちの固定観念や先入観で物事を判断せずに、さまざまな人の意見や考えを聞き、吸収してみることで「新たな気づきを得てほしい」という狙いがあったからです。

青木:プロジェクトを進めるなかでも、職種や部署がばらけていたのは良かったなと思いますね。各々の専門性が尖っているからこそ、自分がわからないことも知見のある他のメンバーが教え合い、補完していくような形で進めることができていたと感じています。

要は行政の理解が深まった上で、課題解決に向けた思考ができたのは、プロジェクトで意図した目的とうまく合致したのではないでしょうか。 

── 約2ヶ月間のプロジェクトだったかと思いますが、プロジェクトを実施する上で苦労した点や、成果物に対する役所内外の反響についてご教示いただきたいです。

大前:メンバー集めの段階では、仕事の繁忙期と重なってしまい、参加させたくても召集できない職員も何人かいました。また、各セクションの所属長もデザインシンキングの馴染みがなく、ワークショップに参加したことで得られる成果を理解してもらうのに苦労しましたね。結果的には、若手職員が勉強の場に参加しないと、何か新しい知識は身につかないというのを察してくれたことで、プロジェクトに参加するメンバーが集まったのです。

今回のプロジェクトは、人材育成の研修の中では長期間に及ぶ、約2ヶ月間という時間をかけて行いました。ワークショップ自体は計3回でしたが、その間にもSun*からの指導や助言、進捗状況の確認などをしていただき、とても濃密な時間だったと感じています。

通常業務もあるなか、メンバーそれぞれの所属長の理解もいただきながら、グループでの活動やワークショップに参加できていたと思っています。

普段は接する機会の少ない部署との交流が生まれ、尾道市の課題を把握した上で、一定の解決策を導いていくための視野が広がったのもあり、非常にいい体験でしたね。

ただ、少なからず通常業務にも影響を受けていたというアンケートの結果が見られたので、今後はどのように両立させていくかを考えていくべきだと感じています。

青木:最終のプレゼン時には各メンバーの所属長の方々も見学に来られていましたよね。プレゼンの内容についても、ポジティブな感想が多かった印象ですが、その辺りはいかがですか?

大前:人材育成という前提があるなかでも、「しっかりと物事を分析した提案内容だった」と驚いていましたね。各人とも通常業務があるにもかかわらず、新しい視点を持って解決策をよくまとめているという評価もいただいています。 

Sun*の手厚いサポートが「期待を超える満足度」につながった 

── デザインシンキングのワークショップを実施する前と後では、Sun*に対する印象はどのように変わりましたか?

戸成:行政の支援実績がないというのをNTTさんから伺っていたので、その辺りは大丈夫かなと思っていましたね。それでも、いざプロジェクトを始めてみると、十分な人員を配置いただいたり、各グループごとに担当者が張り付いてご指導いただいたりと、しっかりと細かいところまで配慮が行き届いていました。

でも今回のSun*が提供するワークショップでは、アイデアの発想やプロセスを経て、実際に事業へ落とし込むための発想までも教えていただけたのは、とても有意義な時間だったと感じています。

また、Sun*の担当者が各グループの面倒を見てくれる際も、単に進捗管理だけでなく、各メンバーの課題への向き合い方や取り組み方にまで気遣っていただいたのも非常に助かりました。

最終プレゼンが、関係各所から高評価につながったのも、こうしたSun*のきめ細やかな対応のおかげだと思っていて。正直に言って、期待値以上の満足度でしたね。 

プロジェクトを立ち上げ、グループを組んだ当初は「尾道って、全然良いところがない」と思っていたのが、意見を出し合い、議論を重ねていくうちに「尾道って、こんな魅力があるんだ」という気づきを得られるようになったという声もありましたね。

尾道市が抱える課題の解像度が高まり、自分たちの考えた解決策を最終プレゼンで発表したことによって、「市の職員がやるべき仕事は、行政サービスの提供先となる市民が豊かな生活を実現すること」という意識の醸成につながったと実感しています。

青木:仰る通りで、最初はどのチームもアイデアを煮詰めていけばいくほど、尾道市に対する“地元愛”が強いがゆえに、悲観的な意見が多かったと認識しています。

それが、さまざまな人へのインタビューを通して、あらためて尾道市の良さや魅力に気づいていったと思うんです。こうした各々の気づきが、いい形で最終的なアウトプットとして出せたのではと思っています。

大前:今回のプロジェクトでは、ワークショップ開催時にオフラインで対応いただいたのと、それ以外はオンラインにてサポートいただきましたが、ハイブリッド開催だったことで、時間的な協力も得られたと感じています。Sun*のメンバーが深くかかわってくれていたことで、通常の業務時間内でもアイデアをまとめられたので、一定の成果を上げることができましたね。

── 最後に今後どのようなことに取り組んでいかれるかお聞かせください。

戸成:すべての面でDXを行えるように尽力していきたいですね。今のサービスや業務が、本当に求められている形で提供できているのか。あるいは、これから人口がさらに減少し、市役所の人員も縮小していくなかで、本当に今のままの行政サービスでいいのか。

そういう問題点や課題意識を持って、新しいものを発想していける下地を作らないといけません。

これは個々の職員に求められることで、DXに対応していけるリテラシーや組織づくりが必要になってくるでしょう。

このような変革を起こしていかないと、持続可能な地域にはなっていかないわけです。いろんな行政課題に対し、一つひとつクリアできるようにこれからもDXの取り組みを進めていければと思います。


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