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ドゲザ・バイジャン・フォレストキャット

白い雲が眩しいくらいに積み重なった夏の日。いつものように公園の砂場で土下座の練習をしていると、1匹の猫が近寄ってきて「Salam」と言った。会社の上司に大きな声で「おはようございます」と言えないくせに各国の「こんにちは」に詳しい僕は、猫がアゼルバイジャン語を話していることがすぐに分かった。

「人が真剣に土下座の練習してるときに邪魔するんじゃねぇ」とイライラした僕は精細を欠いてしまったようで、滑り台の上にいるコーチから「あの時の美しい土下座を忘れたのか!」という怒声をもらう羽目になった。

あの時、というのは3年前の豪雨の日。尿意を催した僕は、街で一番のぼったくりバーでトイレを借りることにして、案の定トイレ使用代2600円を請求され、払えずに店の外で雨に打たれながら土下座していた。15分ほど土下座し続けて額の感覚がなくなってきて、顔は汗と涙と決意にまみれていた。もし20分で許してもらえたら時給7800円の土下座になる。これは土下座、いや、僕自身の価値を高めるための挑戦だった。23分が経過し、僕が思いつく全リズムパターンの土下座を試したところでコーチが通りかかった。コーチと僕はその時初めて出会ったが、僕の土下座のあまりの美しさにコーチは涙を流していた。コーチ曰く、この時の僕の土下座は「虹とオーロラの従兄弟」と表現できるほどの美しさだったらしい。コーチは2600円を肩代わりしてくれ、「その代わり今後もその美しい土下座を見せてほしい」と言った。

あの時から3年、僕は一度もコーチに褒められていない。今だって「なんだその土下座は!レッドブルで育てた盆栽みたいな汚ねぇ土下座しやがって!」と言われている。悔しくて涙が出てきた。そもそもコーチは浮気癖のせいで彼女にたくさん土下座をしてきたというだけで、人として尊敬できる部分なんて一つもない。そんな人に変な言い回しで褒められたり貶されたりしながら土下座しなくてはいけない理由なんてないじゃないか。厚い雲が雨を降ろした。僕は全てを終わらせるために、3年ぶりに自分のためだけに土下座をした。コーチは涙を流しながら「そう、土下座も浮気も自分のためにするものなんだよ。」と言った。名言の雰囲気を出してきたことに腹を立てた僕は砂場を後にした。すべり台からコーチが、ブランコからは猫がこちらを見つめていた。

この日以来、コーチにも猫にもあっていないし、土下座もしていない。砂場で土下座の練習をしていた自分のやばさに気付いたからである。そしてもう一つ気付いたことがある。あの猫はアゼルバイジャン語で「こんにちは」を意味する「Salam」と言っていたのではなく、本当はこう言っていたのかもしれない。




「にゃー」

と。

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