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父の幕引き 18 私も直葬がいい

2020年6月26日

父の希望で
直葬という形で送り出すことになった

これがとてもいいスタイルだった

147,000円でおさまった
(義父のお葬式は100万円超えていた)

なにしろ
気の置けない人しかこない

これが何よりサイコーにいい

故人とゆっくりむきあえる

母の時は、
親戚やいとこや誰か知らない人
(私が知らないだけで母は知ってるのだろうけど)
の対応に追われて
バタバタしていたことしか記憶がない

バタバタしてはハッと母のことを思い
ウルウルしたり、 
またバタバタしたり

コントみたいになった
ゆっくりお別れできなかった

今は特に流行りのウイルスで
人が集まるのも
会食をするのも
高齢の方を呼ぶのも気が引ける

なので伸び伸びと
遠慮なく
直葬を選べる時なのかも

しがらみがなくて
気持ちもラク

口うるさい親戚もいないので
耳も心も服装もラク

お香典も頂かないから
香典返しもなくてラク

慎ましく質素に直葬
ミニマリストが増えている昨今

これからこのスタイルは増えるだろう

私もこれがいい

つくづくおもった

しかし
反対する人もいるだろう

寂しくて可哀想、

大勢で豪勢に送り出してあげた方が
故人も喜ぶはず、

そんな貧相な、、

香典断るなんて、、

そんなこと言う人が必ずいるだろう

そう思ってるのは
誰ですか?ってこと

本人の意思を尊重したい

父を綺麗に丁寧に安置してもらい
費用や段取りの打ち合わせも終わるころには
空が明るくなっていた
○□さんの
見た目と違う優しく丁寧な所作に
救われた

外に出ると
am4:30だった

父の家に戻り
少し眠った

am9:10
火葬場の予約状況で
父が荼毘に付されるのは
翌々日、28日の午前中と決まった

早い方がいいと思っていたけれど
一日空いたこの余裕が、

心を整えて、
その後の父の身の回りの片付けを
する上でも必要な時間だと思えた

お通夜と告別式の役割は
お別れの儀式を通じて
亡くなったということを確認して
残された側の気持ちを慰め整えるものだと
気づいた

姉と花を買いに行った

父が育てていた紫陽花
すでに剪定されていたのだけれど
ギリギリ数本を拾い上げた

遺影はなく
戒名もない

枕元には
父の最愛の母と
妻の写真を置いた(私の祖母と母)

額に入った祖母の写真が立派で
遺影のようで
誰が亡くなったのか
分からなくなって

笑えた


2020年6月27日

一日余裕があったので

新聞の解約をした(2紙)

ガスと電気を止める手続きをした
(ピコピコや見守りくんも)

遺品整理の業者を探した
(見積もりに来てもらう日程調整をした)

東京や神奈川から甥と姪がやってきた
3年ぶりや5年ぶりと聞き
そんなに会ってなかったのー!?
驚いた

20代で
亡骸を見る機会は
あまりないだろう
甥と姪は
遠巻きに怖々みていた

40過ぎたし
父親だし
亡骸は怖くない
(記念にツーショット写真も撮っておいた)

お通夜の代わりに
姉や甥や姪と食事をしながら
父の話をしようと試みた

何度父の思い出話をしようとしても
結局、母の話になってしまう

そういう関係だったのだ
私たちと父は

時代のせいか
父はほとんど家にいなかった
仕事と趣味に忙しい人だった

母が家庭も商売もまわしていた

遺品整理を兼ねて
昔のアルバムや父の服や時計やレコードを
掘り出してみた
それぞれが
欲しい写真や本やレコードを探した

それぞれの心の中の
父のカケラを探していた

若かりし頃の
微笑ましい父や母の姿

生まれたての私たちの写真

私たちの結婚式の写真が出てきた
大爆笑だった
(3組中2組が離婚している)

そして見たことない写真

父の兄弟と生まれ育った家、、
(父は4人兄弟の末っ子)

え!!のけぞった

中国の天津で
乳母に育てられたとは聞いていたけれど
こんなお家だったのーー

まるで学校

聞いてなかったよ

父はよく母から
大陸育ちで楽天的でいいなぁーと
言われていた

なるほど

大陸育ち ね

明日朝、父は荼毘に付される

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