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プリズム(6)およそ8メートル

およそ8メートル。前をあるく彼とわたしの距離。目測で測ってみる。多分、そのくらい。
一体いつから?。わたしの後ろをトコトコと歩く子が、私を追い越し、前を歩くようになり、「ママ大丈夫?」と窺うようにこちらを振り返るようになったのは。
 
9年前。彼の身長は私の肩くらいだった。登校の準備は全部してあげていた。改札口を通る時もスムーズにできるかな?電車内では荷物が邪魔にならかな?と見守っていた。あの頃、距離は0メートル。
 
6年前。いつのまにか登校の準備は自分でするようになった。食欲が増していった。口うるさい私を避けるようになり、「ママあっち行け」と言うようになった。下校中、私は彼を見失っけど、ちゃんと家に帰ってくるなんてこと何度もあった。あの頃、距離は3メートル。
 
3年前、わたしは慌てなくなった。動じることも少なくなった。だけど、歩くペースは緩やかに落ちていった。
彼は自動販売機でジュースを買う。お金は数えられなくても、コインを入れればいいことは分かっている。下車する駅が日によって変わっても覚えている。私の方が忘れているというのに。毎朝コーヒーを淹れてくれるようになった。ミルクの分量もバッチリ。食後にお皿をあらうようになった。洗濯ものを取り込み、収納するようになった。私は何も教えていない。あの頃、距離は5メートル。
 
今年は仕事体験を何度もした。健常児に交じってダンスパフォーマンスに参加した。サーフィンに挑戦した。「カフェで働きたいんだよ」とハッキリ宣言したこともあった。その姿はとても眩しく見えた。
いつの間にか、距離は8メートルにもなっていた。
 
これからもっと離れていくんだろうね。10メートル?100メートル?できれば見える距離を保っていてほしいけど。
これまでの日常の中にちりばめられた小さな、とても小さな光を集めて、歩む方向を示してくれる灯にしていくんだろうね。
 
君は前しか見ない。予測できない未来に不安を抱いたりしない。そんな歩み方に、わたしはあこがれています。
 
ありがとう。この気持ちは言葉にできないけれど。
 
君はその名の通り、私の光。みんなの輝き。


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