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IBN寮物語—新入寮生歓迎会1—

 新入寮生となった4月1日にIBN寮内で歓迎会が行われることになった。本来はうれしいことなのだが、新入寮生全員が沈痛な面持ちをしているのは「口上(こうじょう)」の件があるからだろう。
 午後9時に開始された歓迎会は初め和気あいあいと始まって焼きそばなどを食べていたが、10分ほどして、2年生の先輩が一人すっと立ち上がり、「新入寮生の皆様、入寮おめでとうございます!これからも仲良くやっていきましょう。それでは、口上(こうじょう)の仕方をお見せします。」と言った。そうすると、他の寮生らから、「いいぞー、醤油―」と声が上がる。そう、この先輩は寮内では、「醤油」と呼ばれているのだが、その理由は彼が口上(こうじょう)を醤油で行ったという強者だからである。醤油の一気飲みというのは、ナトリウムの血中濃度の観点から、ほぼ自殺行為と思うのだが、周囲はそれを一向に止めなかったというのであるから、やはり常軌を逸した集団と言うしかない。
 「醤油」先輩が、遠目から見ると水に見える飲み物のグラスを片手に、「福島県立〇〇高等学校出身」と言うと、周囲が「おぉぉー」と声をかける。以下同様に、「12T(平成12年度入寮、TechnologyのTで工学部の意味)機械知能系」「おぉぉー」「〇〇(醬油先輩の本名)」「おぉぉー」「酒の一滴は血の一滴」「おぉぉー」「謹んで一気いかせて頂きます。」と言い、醬油先輩がグラスを傾けて飲み始めると、「わっしょい」「わっしょい」と言い、彼が飲み干すと、パチパチパチパチと周囲から拍手が鳴る。これが「口上(こうじょう)」の正体である。神社の神輿を担ぐ時以外で初めて「わっしょい」を使っているのを見たが、やはり予想通り、「口上(こうじょう)」はアルコールの一気飲みを奨励することで間違いない。これは相当にまずい、と新入寮生一同が顔を強張らせている。
 と、そのとき「醤油」先輩が鹿本を指差し、「じゃあ、新入寮生の君に口上(こうじょう)お願いしようかなー」と言う。鹿本は力なく立ち上がり、泡の立った麦茶に見える飲み物をグラスに注がれている。そして、鹿本が口上を行う。「岡山県立〇〇高等学校出身」「おぉぉー」「13S(平成13年度入寮、ScienceのSで理学部の意味)地学(地球科学)系」「おぉぉー」「鹿本〇〇」「おぉぉー」「酒の一滴は血の一滴」「おぉぉー」「謹んで一気いかせて頂きます。」と言い、鹿本がグラスを傾けて飲み始め、「わっしょいわっしょい」コールが起こる。飲み終わると「パチパチパチ」と拍手に包まれた。その後、周囲から誰かを指名するように急かされて、鹿本は別の新入寮生の名前をあげる。その人間が次の口上(こうじょう)を行うことになり、立ち上がろうとし、鹿本が席に座ろうとする。
 が、次の瞬間、鹿本は転げるように倒れ、立ち上がろうとするのだが、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えている。まずい事態が起きている。


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