もう一つのスパイダーマン:ファー・フロム・ホーム~トニー・スターク卒業式~

 マーベル・シネマティック・ユニバースにおける最大の決戦となった、アベンジャーズ:エンドゲーム。最大の敵サノスを倒すことで、話に区切りはついた。むしろ、終わらせるならちょうどいいタイミングと言える。それに、これまでシリーズを牽引してきたアイアンマン(トニー・スターク)は死んだ。MCUをこれ以上続けられるのだろうか?という疑問に対して、出来る!と言い切ってみせたのが、スパイダーマン:ファー・フロム・ホームという作品でした。

 地球を揺らがす新たなる脅威エレメンタルズの出現、マルチバースよりあらわれたニューヒーローミステリオ。世界は騒がしいものの、それはそれとしてスパイダーマンことピーター・パーカーは青春真っ盛り。ウキウキ気分でヨーロッパ旅行に出かけたピーターを待ち構えるのは、いつも通り暗躍するニック・フューリーとエレメンタルズの脅威、そして立派な大人であるミステリオ。果たしてスパイダーマンは、エレメンタルズ相手にどう立ち回るのか。ピーターの青春はどうなってしまうのか――!?

 マルチバースの概念を取り入れた、新機軸のヒーロー物と見せかけて、そのテーマは亡きトニー・スタークの継承と遺産。ミステリオはヒーローでもなんでもなく、トニー・スタークを恨む者たちの首魁で、本性も立場もただのペテン師。子供であるピーターはニック・フューリーやミステリオといった大人の都合や言葉に翻弄されるものの、自分自身で動き考えることによりミステリオを撃破。旅を通して少し成長した子供が、ここまでさんざんに振り回してくれた大人を倒す。子供が少年となる過程を描いた、青春のロードムービーとしても良く出来た作品だったと思います。エンドロール後に、子供の成長をあざ笑うかのような、大人の本物のえげつなさに追い詰められるのも、シリーズ物であるMCUならではのどんでん返しとして、上手く機能したなと。

 そして、本題ですが、MCUスパイダーマンの前作となるホームカミングとファー・フロム・ホームを観た人は、こう思うのではないでしょうか。

「スパイダーマンはアイアンマンの影響下にあるヒーローだったのか!」

 スパイダーマンはアイアンマンの弟子であり、トニー・スタークの後継者。大人のヒーローを支える、少年のサイドキック。バットマンにはロビン、キャプテン・アメリカにはバッキー、そしてアイアンマンにはスパイダーマンがいる。こんな構図に見えてしまってもおかしくはない、いやむしろこう見えてしまった方が自然だとは思います。
 実際MCUのスパイダーマンは、シビル・ウォーにてアイアンマンにスカウトされたことにより急激に仕上がり、ホームカミングではストーリーの中心にアイアンマンがデンと居て、インフィニティ・ウォーやエンドゲームでは擬似的な親子関係とも思える距離感になり、ファー・フロム・ホームでは今は亡きアイアンマンの意志を継ぐ者として振る舞うと、非常に濃密な関係を築いておりました。
 要はファー・フロム・ホームまでのピーター・パーカーは、トニー・スタークの大人の庇護下にある子供だったわけです。実の父親だけでなくベンおじさんをも失ったピーターと、子供が居ないトニーを父性が仲立ちした関係とも言えるでしょう。

 その一方で、大人の庇護下にある少年、サイドキックという立ち位置は、実はスパイダーマンと相性の悪い概念。猫にとっての玉ねぎくらいに、その個性を殺しかねない、危険物でもありました。

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 1962年『Amazing Fantasy』#15にてスパイダーマンは初登場。画期的なヒーローであったスパイダーマンの人気は爆発し、掲載誌やマーベル・コミックの枠を飛び越え、全米の人気者となった。

 スパイダーマンの始まりを簡単に書くとこうなりますが、ここで注目してほしいのは、「画期的」のところです。何が画期的だったのか? 今までのアメコミは大人のヒーローばかりだったが、スパイダーマンは若い少年であり、それが同年代である若い少年の心を掴んだ。多少深掘りされたものの、これではまだ足りません。なぜなら、若い少年なら、既に前述のロビンやバッキー、ファンタスティック・フォーのヒューマン・トーチなどがいます。彼らも人気者ではあるものの、流石にスパイダーマンの人気には追いついていません。

 ならば、スパイダーマンは何が画期的だったのか。それはまず、素顔でも人気者でありスクールカーストなら最上位のジョックに属するであろうロビンたちとは違い、ピーターはスクールカースト最下層のギークでありブレインでありターゲットであり不器用と、読者層のメインとなるギークたちが親近感をいだき思わず応援したくなるような素顔であったこと。

 そして、スパイダーマンは庇護者の居ない存在であること。頼れる大人はおいそれとあらわれず、どんな困難も背負い、ただ一人で立ち向かう少年ヒーロー。ロビンやバッキーたちサイドキックはバットマンやキャプテン・アメリカが見守っている。単独での行動は一時的であり、大人が居ないならサイドキックの仲間たちみんなで悪に立ち向かう。ヒューマン・トーチは若いものの青年寄りであり、そもそもファンタスティック・フォーの一員である。だがスパイダーマンは、誰にも頼ること無く、一人で困難に立ち向かう少年なのだ。

 当時の少年少女は、スパイダーマンの健気な勇気にぐっと心を掴まれました。スパイダーマンは読者層に寄り添う主人公の成功例となり、後の創作に大きな影響を与えました。マーベルだけでも、若手の売出しにサイドキックを好むDCと、若手の売出しにサイドキック以外を好むマーベルの差別化。大人は指導者であり傍観者である若手ヒーローチームX-MENの設立と、60年代から今までの数十年間に大きな影響を与えています。今の日本でも、願望投影型のざまぁ系や転生系、地域に根づいたご当地キャラであるくまもんやふなっしーも、源流をずっとたどっていくと、カースト最下層でありNYのご当地ヒーローであるスパイダーマンと繋がるのではと思っております。

 寄る辺なき若者として生まれたスパイダーマンは人気キャラとなり、他のヒーローの作品にもちょびちょび顔を出す立場になりました。少年から青年へと成長していくピーター。ゆくゆくは大人のヒーロースパイダーマンとして、アベンジャーズに加入する。普通だったら、このルートになっていたでしょう。ですが、この時点でみんな薄々気づいていることがありました。

 スパイダーマンが頼りになる大人の集団に入ったら、本来のアイデンティティを失ってしまうのでは?

 アベンジャーズは大人のヒーローの集団であり、そこに少年や青年が入った時点で、大人は保護者の立場になってしまいます。保護者の居ないことがウリだった若きヒーローにとって、それは死のカウントダウンといっても過言ではないでしょう。そもそもスパイダーマンは出版社の屋台骨を支えつつ単独でも売れるヒーローなので、アベンジャーズのストーリーによる出張や拘束がデメリットとなる可能性も0ではありません。スパイダーマンは、チームの一員にするには特殊な大物すぎるのです。

 かくしてスパイダーマンは、アベンジャーズとは協力体制にあり名誉メンバーとしての称号は授かったものの、その立場は予備メンバーであり正式なメンバーではないという契約社員的な距離感を保つと、非常に微妙な立ち位置で2000年代まで過ごしてました。友達は多いものの、ずっと共に居られる立場にはなかなかなれない。この距離感は、アベンジャーズだけでなく、他のヒーローチームとも同じでした。解釈や資料により諸説あるものの、スパイダーマンが始めてヒーローチームの正式メンバーとして参加したのはニューアベンジャーズ(2005年3月)との話※があります。

※1990年にハルク、ゴーストライダー、ウルヴァリンと共にニュー・ファンタスティック・フォーを結成していたこともありますが、このチームは期間限定かつ結成過程も陰謀の中にあったと、ニューアベンジャーズと比べて、立場解釈的には弱いものがあります。

 こうして、60年代に初登場して、40年以上経ってからチームに始めて参加。扱いの慎重さを感じさせる40年であります。


 しかし、40年できなかったことに、なぜGOサインが出たのか。
・スパイダーマン誌の制作体制やストーリーラインが安定化し、出張させる余裕ができた。
・スパイダーマンをチームに参加させないデメリットの方が大きくなってきた。
・別次元の若いピーター・パーカーを主人公としたアルティメット・スパイダーマン誌が生まれ、正史ピーターが大人として働ける状況になった。
・キャロル・ダンバース(当時はミズ・マーベル)のプッシュやウルヴァリンの参加と、元々ニューアベンジャーズ自体が画期的かつ将来を見据えたチームだった。

 ファンの立場で考えてパッと思いつくだけでもこれだけありますが、おそらく実際には違うこと、コミックスだけでなく映画やゲームにアニメと多彩な内部事情が絡んでくるので、推測以上は難しいでしょう。とにかく、2005年以降、スパイダーマンはヒーローチームに参加できるようになったと把握していただきたいところです。

 2010年には本家アベンジャーズに参加、2011年にはフューチャー・ファウンデーションに名を変えたファンタスティック・フォーに参加と、これまではなんだったのかというくらいに、スパイダーマンのチーム入りの動きは活発化していきました。2023年の今では、もはやヒーローチームにいるスパイダーマンは普通の光景です。チーム全員スパイダーマンのスパイダーバースは、ちょっと違う路線な気はしますが、全く関係ない話でもないでしょう。

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 つまり、MCUのスパイダーマンは「連載当時の若きヒーローとしての姿と、2000年代以降のチームメンバーとしてのヒーロー」を合わせたハイブリットスパイダーマンと言えます。しかし若きヒーローとチームメンバーとしてのヒーローは、これまで述べた通り、一筋縄ではいかない関係性の難しさがあります。

 そしてコミックス基準のトニー・スタークとピーター・パーカーの関係ですが、一時期ピーターの職がトニーの助手、ピーターの住居はアベンジャーズタワーと、公私共に面倒を見てもらう立場となったものの、基本的には先輩と後輩としての付き合いが平均的かと思います。

 その一方で、技術者や科学者としてトニーに負けるものか――そんな矜持がピーターには見え隠れしています。事実、ピーターは科学者や発明家として優秀ですし、自分自身で超人用の強化スーツを考えていたため、強化スーツはトニー・スタークの技術が前提である世界において、独自路線を貫いてます。

 現在解散したものの、ピーターが創立したパーカー・インダストリーズは、ドクター・オクトパスの介入があったのを差し引いても、高い技術力により社長としてのトニーを追い詰める勢いでした。この時期に会社の財力と技術力で作り上げたスパイダーマンアーマーマークⅣは、ピーター自身が「僕がこのスーツにどれだけの機能を詰め込んだのかを知ったら、トニースタークもチビるぞ!」と言うほどの完成度でした。いろいろと気安いデッドプール相手への発言(Spiderman/Deadpool #14)とはいえ、技術者としての二人の関係性を考えさせられるセリフではあります。

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 コミックスのピーター・パーカーに比べたら、MCUのピーター・パーカーは技術者としてもトニーに従順です。ヒーロー、人間関係、技術者、すべてにおいてトニーが作り上げたアイアンマンの枠の中に居ます。ヴィランですら、トニーを恨むヴァルチャーにミステリオと、トニーに用意されたものです。

 しかし、本来スパイダーマンは保護者が必要なヒーローではない。更にMCUのトニー・スタークが亡くなった以上、将来的にアイアンマンの影響力は薄れていき、誰かの子供でしか無いスパイダーマンが残ってしまう。保護者のもとで育ったサイドキックであるロビンやバッキーも後にナイトウィングやウィンター・ソルジャーとして独り立ちしたものの、どうしても親であるバットマンやキャプテン・アメリカより世間的には下の立場になってしまう。このサイドキックのジレンマを壊した少年を、大人が保護していいものなのだろうか。今は良くても、将来的にどう転ぶかは、おそらくわからない。

 一度アイアンマンやトニー・スターク絡みのものを全部出して、スパイダーマンとピーター・パーカーを彼の影響下から卒業させよう。アイアンマンを悼みつつ、彼に過渡に頼らないようにしよう。ファー・フロム・ホームとは、スパイダーマンをスパイダーマンとして歩かせるための下準備にして、MCUのトニー・スターク卒業式。そんな側面があったように見えます。実際、次作ノー・ウェイ・ホームでもトニー・スタークやアイアンマンに言及するシーンはあるものの、扱いが濃厚だったホーム・カミングやファー・フロム・ホームと比べると、かなり薄い扱いとなっています。

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 卒業の後は、入社や入学がある。トニーを卒業したピーターが、スパイダーマンとして向かう先は。それは、独り立ちのはじまりでもあり、同窓会である、スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームにて示されることになります。

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