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究極のアンチエイジング

人間の苦しみを仏教では、生・老・病・死の4つで教えられているが、その中でも老いる苦しみは皆実感として持っているだろう。

人類永遠の夢である不老不死。それを実現する、老いた体を戻す薬は存在するのだろうか。

結論

現在、一般的に使える薬はまだない。ただし、臨床試験が行われている治療法はいくつか存在するのだ。

老化細胞はなぜ病気を引き起こすのか?

細胞は一定の増殖後、分裂を停止する性質を持つ。これを「細胞老化」と呼ぶが、老化した細胞は機能が低下しているだけでなく、老化関連分泌表現因子(SASP因子)と呼ばれるサイトカインやケモカインを出すことで慢性炎症を惹起し、様々な疾患に関与していると考えられている。さらにSASP因子は、老化細胞の近隣細胞あるいは遠隔細胞にも作用して、新たな老化細胞を生み出すとも報告されている。
この老化した細胞には、細胞老化を示すシグナル分子であるp53の発現亢進が認められること、このp53を欠損させたマウスではインスリン抵抗性・耐糖能異常は軽度にとどまり、逆にp53を過剰発現させたマウスでは耐糖能異常を示すことが分かっている。

ではp53を抑制したらいいんじゃない?

たしかにp53を欠損させると細胞老化は抑制させる。ただしp53は癌抑制遺伝子として知られている。p53は傷害を受けた細胞が増殖を繰り返し癌化してしまうことを防ぐために細胞周期を停止させる働きがある。したがって、p53を抑制してしまうと、癌が増加してしまう懸念がある。

p53がだめなら、老化細胞から出る老化関連分泌表現因子(SASP因子)を抑制したらいいんじゃない?

老化関連分泌表現因子(SASP因子)を阻害する薬は「セノモルフィクス」と呼ばれるが、糖尿病薬であるメトホルミンや免疫抑制薬であるラパマイシン等は、このセノモルフィクスに含まれる。ただし、これらの薬が実際に老年症候群の発症を抑制するかはまだ分かっておらず、老化細胞そのものを除去するわけではないため、効果を持続させるためには飲み続ける必要があるという問題もある。

セノリティクス

体内には、傷付いて機能が低下した細胞を排除するための仕組みがいくつが存在している。代表的なものは免疫システムだが、他に「アポトーシス」という仕組みがある。これは傷害を受けた際などに細胞の自然死を誘導するもので、これらにより細胞が構成している組織をより良い状態に保っている。

正常ではナチュラルキラー細胞等の免疫細胞が老化細胞を除去していると考えられるが、老化細胞は加齢とともに体内に蓄積していく。なぜ蓄積していくのか?という疑問に対して、アポトーシスから老化細胞を保護する経路(=老化細胞抗アポトーシス経路、SCAPs)によりアポトーシス抵抗性を有しているのではないか、という仮説が立てられた。そこで体内に蓄積した老化細胞をアポトーシスで除去できるように設計された老化細胞除去マウスでは、筋肉や脂肪の萎縮、白内障などの老年症候群が改善されることが報告されている。このように老化細胞除去療法を「セノリティクス」と呼ぶ。

世界初のセノリティクス

アポトーシスから老化細胞を保護する経路である「老化細胞抗アポトーシス経路(SCAPs)」に作用する薬剤として、ダサチニブ(Dasatinib)とケルセチン(Quercetin)の組み合わせがある。抗がん剤として現在も使用されているダサチニブは、ヒトの脂肪前駆細胞に、ケルセチンは老化したヒトの血管内皮細胞にアポトーシスを誘導することが分かり、この2剤(D+Q)を組み合わせたカクテル療法が老化細胞除去薬として世界で初めて報告された。

研究中のセノリティクス

上記の老化細胞抗アポトーシス経路(SCAPs)を標的とする治療薬は抗がん剤を用いるものであり、副作用の懸念がある。そこで最近研究が進んでいるものとして、抗体やワクチン、免疫細胞を用いた治療がある。

老化細胞が特異的に発現している抗原に「GPNMB」というものがあり、このGPNMBを標的としたワクチンをマウスに投与すると、糖尿病や動脈硬化などの病態が改善したと報告されている。

ヒトに対しての治療効果

マウスでの実験では効果があるというのは分かった。ではヒトでは効果があるのだろうか?

上に「老化細胞抗アポトーシス経路(SCAPs)」に作用する薬剤として、ダサチニブとケルセチンの組み合わせ(D+Q)を挙げたが、これを有効な治療法が確立していない「特発性肺線維症」に罹患している患者に対して投与する臨床試験が行われており、投与群で改善が見られたと報告されている。

現在、治療法のない疾患や致死的な疾患から臨床試験が行われているため、生活習慣の改善が基本である生活習慣病そのものを対象にした、セノリティクス(老化細胞除去療法)を用いた臨床試験は行われていない。

まとめ

加齢を始めとして、食生活や運動不足、喫煙、過度のアルコール摂取、ストレス、不規則な生活習慣なども誘因となって生じる生活習慣病は、老化細胞が体内に蓄積することで疾患の発症や進展に関与することが示されている。既に体内に蓄積してしまった老化細胞は、生活習慣の改善や既存の薬物治療では除去できないため、血圧や血糖値の厳密な管理を行ったとしても、効果が十分であるとは言えない結果を引き起こす。しかし、老化細胞への治療法が開発されれば、従来の治療では制御が難しい加齢関連疾患の抑制が可能となるかもしれない。

参考文献

・南野徹氏、老化細胞除去療法:生活習慣病予防・改善の新たな切り札、日本内科学会雑誌113巻3号、P.360-367
・荒谷紗絵氏、セノリティクスの最先端、Geriatric Medicine61巻1号、P.63-67

用語説明

アポトーシス:細胞の自然死のことを指し、細胞が構成している組織をより良い状態に保つため、細胞自体に組み込まれたプログラムである。

GPNMB:glycoprotein nonmetastatic melanoma protein B

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