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「小説 雨と水玉(仮題)(58)」/美智子さんの近代 ”かかあ○○の兆し”

(58)かかあ○○の兆し

啓一の荷物の片づけはそこそこにして、当面の必需品を買いに駅近のスーパーに行った。リストアップしたものを順に取り揃えていったが、そういう生活に必要なものをきっちりと見極めていくのは男の啓一には感覚が鈍くいつの間にか眠たそうな顔になっており、結果的に美智子が主導していった。
「啓一さんって、一人暮らししてきた割に生活感覚っていうのんか、そういうのないみたいやねえ?」
美智子に少し角が出てきたように感覚だった。少し引け目を感じながら、それでも美智子がそこまで地を出してこちらのテリトリーに入って来てくれているのを心地よくも思った。
「でもね、ぼく、確かに一人暮らしは十年くらいしてきたけど、美智子さんの言う生活感覚っていうのは、夫婦生活するうえでの生活感覚と違うの?
それはぼくにあったらおかしいでしょ? 女性という意味ではもう五年以上美智子さんしか思うてへんねんから。
ぼくはそれはあったらおかしいと思う。
そう理解してくれてもいいと思うけど、違うかな?」
「うーん、なるほど。
そういうことか、そうかもしれない、たしかに夫婦生活する感覚がわかってる男の人っておかしいかもしれへん。」
「美智子さんは女兄弟で、言えばおんな家族やからなんていうのかなあ。
ほら、美智子さんのお父さん。お父さんは、ほら寅さん好きやったでしょ、
だから今はそうでもないかもしれんけど根はズボラなんちゃう?」
「うーん、なるほど、そうかもしれない。そうかあ、男の人ってズボラなんかあ」
「そうそう、ズボラ、ズボラそのもの、こういう男がいいんだよ、将来性あるよ!」
「あーあ、なんや開き直られた感じ。
でも、わかりました。そこはわたしも覚悟していくことにする。」
「わかってくれてよかった」
「でも私、しっかりやっていきたいので、啓一さんも覚悟してくださいね」
「はい、それはわかりました。何でも言ってください。もうそこは尻に敷かれることに決めたんで」
「ふ、ふ、ふ(笑)、なかかな潔くていいです。」

カーテンと最低限の食器、湯沸かし用やかんなどを買って帰り、取り急ぎ据え付けたりしているうちに夕方近くになった。美智子も明日仕事があるので急いで東京駅へ向かった。
十八時過ぎのひかり号に間に合いそうだった。

東京駅のホームで啓一が、
「これに乗れば一応、曽根の家には十時には帰れると思うけど、気を付けてね。来週は大阪に行きます。式の準備あるから泊りかな。」
「うん、お父さんに泊めてもらうよう言っとく」
「ありがとう、
美智子さんも疲れてるだろうから無理しないようにね」
「うん、ありがとう。
今回の東京は、なんや啓一さんの新しいところが発見できたような気がする。楽しかった。」
「えっとそれはズボラなところ?最後まで美智子さん、きついなあ。」
「ふ、ふ、ふ(笑)
それだけやなくてね。頼りになるところもわかりました。ふ、ふ、ふ(笑)」
「なにそれどこ?それ、聞いときたい。
今度美智子さんに叱られたとき、それをふところに入れとくから、教えて、なに?なに?」
「ふ、ふ、ふ(笑)
それは教えられへん、内緒です。フ、フ、フ(笑)」
「少しだけ、な、頼むから教えて」
「あのね、お昼のとき話ししててね、啓一さんと一緒に居たら結構面白い人生になるかもしれないと思った。わたしの眼鏡に狂いはないなと思った。それだけ話しておきます。これ以上はまたね」
「なんや、謎解きのような感じやけど、変なことでないかな。
まあ安心した。」
新幹線に乗り込んだ美智子を見ていると、静かに列車が滑り出していった。その瞬間、啓一はハッとして今日のお昼のことが思い出された。書物の川上と川下の話をしたときに、ただその時その時を大事にしていこうと言ったことだった。
でもあれは美智子さんに接してそう思うようになったんだけどなあ、それを面白い人生ってどういうことやろ、そうつぶやいた。
美智子を乗せたひかり号のテールライトが赤く光って走り去っていった。


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