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リンクスランドをめぐる冒険Vol.39 現金忘れるべからず サーソー・ ゴルフ・クラブ

前回のあらすじ
65歳ライターのスコットランド・ゴルフ1人旅も中盤に差し掛かり、場所はスコットランド北端へ。前回はジェームズ・ブレイド氏が改造したリーイー・ゴルフ・クラブでプレー。リンクスコースなのに荒々しさはなく、むしろジェントルな雰囲気を堪能。調べてみれば、リーイー・ゴルフ・クラブは波乱万丈の歴史があったことを知る。

このコースの北緯って日本ではどの辺り?

英国メインランドには3つの最北端コースがある。
1つは前回、紹介したリンクスコース最北端のリーイー・ゴルフ・クラブ。
もう1つは最北端の9ホールコース、ダーネス・ゴルフ・クラブ。
ここは後で知ったのだが、2023年スコットランドのゴルフツーリズム・アワードで9ホールコースのベストアワードを獲得している。
公式HPを見ると、9ホールとはいえ本格的なリンクスコースで海際にグリーンがあるシグネチャーホールもあるし、戦略性も高そう。いつか、またスコットランドを訪れることがあったら、寄ってみたいコースのひとつだ。
そして最後は本当の最北端、ここサーソー・ゴルフ・クラブ。
緑色の木造クラブハウスにはパネルが貼り付けられており、そこには、
「The most northerly golf course of the British Mainland」
「58°35′10″ North」
と描かれている。
英国メインランドの最北端にあるコース、は分かるが、北緯58度35分10秒って日本のどの辺なんだろう?
気になってgoogle mapで調べてみた。
で、調べた結果が以下の画像。

なんと、樺太島を通り越してロシア領オホーツク海上。
ちなみに樺太の1月の気温は北部でマイナス28〜32℃。
しかしサーソーの1月の気温は0.8〜6.2℃。
だから針葉樹が繁って芝も生えている。
日本の、私が住んでいる横浜と大差ない気温だ。

おじさん2人が決済端末と悪戦苦闘?!

駐車場に車を駐め、エントランスらしき扉の中に入ると薄暗くて誰もいない。
そして目の前には投函箱とタグ、それから記載するためのノート。

焦った。

システムではない。お金を投函して名前をノートとタグに記入する方法はライブスター・ゴルフ・クラブで経験済だ(Vol.33 Part.2を参照)。

問題はお金。£50。
現金を持ち合わせていなかった。
スコットランドへ来てから、現金を使う機会がホントに少ない。日本で両替していた現金はわずかだったが、ここまでそれで間に合っていた。ライブスターでは公式HPに支払い方法が書かれていたので現金を用意したが、サーソー・ゴルフ・クラブは公式HPを持っていなかった。

一度、サーソーの街に戻るしかないか…。
と思っていたら、タグの入った木箱の隣に小さな電卓みたいなデバイスがある。
あれ?これでひょっとしたら支払いできるんじゃないか?
デバイスを取り出してみると、カード読み取り部分と小さな液晶、それから電卓のようにキーが並んでいる。
しかし、初めて見るデバイスで操作方法がどうしても分からない。あれこれクレジットカードを試してみても決済されない。
途方に暮れていたら、プレーを終えた中年男性がクラブハウスに戻ってきた。
がっしりした体型、短い頭髪、目は鋭く口角は下がり気味。もちろん表情に笑顔はない。普段なら目線を外すところだが、この時ばかりはプレーしたい一心で声をかけた。
「あ、こんにちは。ここ、初めてなんですが、現金を忘れてきてしまったんです」

…まずい。聞き方を間違えた。
案の定、彼は怪訝な表情をした。金ならやらんぞ!と言わんばかりの。
そりゃそうだ。観光客が来るコースじゃないし、ましてワケの分からない日本人の、還暦を過ぎた男。
私は慌てて言った。
「いや、それでですね、クレジットカード払いをしたいので、このデバイスの使い方を教えていただけないか、と…」
彼は表情を変えず、私に近寄るとデバイスをじっくり見て、それから私に言った。
「カード、貸してみな?」
私はクレジットカードを差し出した。

断っておくが、私は海外では慎重な方だ(国内はともかく)。
これがローマやパリ、マニラや上海だったら手渡すどころか見せることもしなかっただろう。けれど、これまで約半月、私が回っているスコットランドの土地がいかに安全で平和で、親切な街だったか身を持って知っている。

彼はデバイスとカードを手にして、何度も決済を試みた。
表情が変わっていないので怒っているのか焦っているのか、まったく分からなかった。そのうち、彼はクラブハウスを出ると大きな声を上げた。
「おーい、ジェームズ!(仮名:というより忘れた)ちょっと来てくれー!」
「なんだい、チャールズ(仮名:というより忘れた)」
その声を聞いた、今度は長身で痩せた、チャールズさんと同じくらいの年齢の男性がやってきた。チャールズさんと違って温和な表情で、私を見るとすぐに笑顔で挨拶してくれた。
チャールズさんがジェームズさんに事の成り行きを説明している。うんうん、と頷くジェームズさん。
小さなデバイスを2人で覗き込み、あーだこーだと言いながら操作している姿はとても微笑ましく、可笑しかった。
思わず写真を撮ろうかと思ったが、それはあまりに失礼なので止めた。なにしろ、その原因は私だ。
「ああ、そこでピリオドを打って、そうそう。ほら、それでいいんだよ」
どうやらチャールズさんが操作し、ジェームズさんが説明しているらしい。決済が完了した瞬間、2人は「おおっ!」と子供のような声を上げた。
チャールズさんが私にクレジットカードを渡し、「決済できたよ」と初めて笑顔を浮かべた。
どこか気難しい大工の親父が仕事を終えた時のような笑顔、のような気がした。
それからチャールズさんとジェームズさんは私に向かってサムアップし、「楽しんできな!」と言って立ち去った。私はその背中に「ありがとう!」と大きな声で言った。
もう少しで「シェーン!カンバーーーッ(ク)」と言うところだった。

まあ、これはこれで助かったが、次のコースへ行く前にATMで現金を降ろしておこう、と固く決意した。

これが最北端を表す看板。マークは左からクラブのロゴ、それから英国地図、最後はレフテナンシー・エリア、ケイスネスの記章

続く


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