見出し画像

リンクスランドをめぐる冒険Vol.44 マスターズとゴルフ映画 Part.1

迷える子羊を導く5ドルのキャディ

今回はちょいと寄り道してマスターズにつながるゴルフ映画の話。

マスターズ・トーナメントは数多あるゴルフ・トーナメントでも特別であり、最高峰でもある。
その理由のひとつが、参加するためには基本的に主催であるオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブによる招待状が必要なこと。
たとえ前年度にPGAツアーで年間チャンピオンになっても招待状が届かなければ参加できない。
とはいえ、招待状の基準は細かく設定されていてPGA年間チャンピオンが参加できない、なんてケースはまずないが。
要するに形式上、主催者がゴルフ・マスターと認めたプレーヤー以外は参加資格がないとしているわけだ。
誰でも参加できるオープン競技とは真逆のシステム。
けれど、マスターズで優勝するということはマスターの中でもっと優れたマスターの称号が与えられるわけだから、プロ・プレーヤーがこの試合を特別視する理由が分かるというものだろう。
なぜ、そのようなシステムになったのか、ということは検索すればいくらでも出てくるので、そちらを参照いただきたい。

では、映画の話。
1本目は「バガー・ヴァンスの伝説」
日本公開は2001年。

一応、カンタンにあらすじ。
1930年代、舞台は南部ジョージア州の架空の町サヴァンナ。将来を嘱望された若手ゴルファーのジュナは第一次世界大戦に志願したものの、その悲惨さにPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱えて地元に戻った。世の中は大恐慌。長く待たされた元彼女アデールは借金を抱えた父親のゴルフコースを再建するためにチャリティマッチの開催を目論む。スター選手を招くことに成功したけれど地元を活気づけるキーマンがいない。そこで目をつけられたのがジュナ。しかし彼はPTSDによってスイングを失っている。そんな時、闇夜からひょっこり現れてきたのがバガー・ヴァンス。5ドルでキャディをやってもいい、と申し出る…。

物語の主軸はストレイ・シープとなったゴルファーのジュナが、バガー・ヴァンスのキャディという形を借りた導きによってスイングを取り戻す、つまり自分の人生を見つめ直すという流れ。
ストレイ・シープ、迷える子羊に関しては新約聖書の「マタイによる福音書18章10−14節」を参照されたい。
バガー・ヴァンスに関しては「もうひとりの自分」とか「神」とかいろいろな解釈がされているが、ラストシーンまで観れば自ずと答えが出るだろう。
ただし宗教的、精神的な部分が根底にあるとしても、それを感じるか否かは見るものの解釈次第。
抹香臭い(西洋の映画でそれはないか)内容だったら私自身、見向きもしないが映画でなければ見られないゴルフの景色が美しいし、珠玉の台詞も散りばめられている。

ああ、ゴルフをしていてよかったなあ…としみじみ感じる映画だろう。

名キャディは辛辣な言葉を笑顔で伝える

監督はロバート・レッドフォード。
この映画の雰囲気が彼の主演作である野球映画「ナチュラル」とよく似ている…という話をすると脱線が延々と続いていくのでちょっとこっちに置いておく。

主演のバガー・ヴァンスにはウィル・スミス。
この映画公開時にはすでにハリウッドのドル箱スターだったからここも余計な解説は省く。

嘱望されていた若手ゴルファーのジュナにはマット・デイモン。今でこそ大スターの座を手中に収めているが、当時は「グッド・ウィル・ハンティング」で脚光を浴びていたものの、まだ一部で注目されているだけの若手俳優だった。
極めつけは元恋人アデール役のシャーリーズ・セロン。彼女がただのブロンド美人役を嫌がってアカデミー主演女優賞を受賞した「モンスター」に出演するより今作は2年も前。今では演技派というだけでなくエンターテイメントでもその実力を発揮している。
そーいえば「ハンコック」ではウィル・スミスと共演していたっけ。個人的にはこれも大好きな1本。
それにしても、かなりニッチなゴルフ映画によくまあ、これだけのスターが出演していたものだ。

で、肝心のゴルフの場面。
さすがにマット・デイモンは下手。1回だけウィル・スミスがスイングするが、こっちの方が断然、上手い。
ウィル・スミスは「アイ・アム・レジェンド」で確か、空母の上でドライバーを打っていた場面があった(空覚えで恐縮)が、かなりゴルフをやっているのだろう。

ヴァンスはキャディ・フィーを5ドルと申請するが、その理由を問われると「今の貴方の実力では賞金を貰えることができない。だから5ドルで十分」と答える。
とにかく辛辣。
闇夜から登場する時はジュナが「危ないじゃないか!」と言うと「貴方の球筋を見ていました。正面なら当たりませんよ」とか。
マッチでジュナがミスショットをしてやる気をなくし、「もうやりたくない。きっと恥をかく」と言えば、笑顔で「恥ならもうとっくにかいてます」と答えたり。

しかし、ジュナがヴァンスに心を開いた時から、的確なアドバイスを送り始める。
時に、物理的に。時に、観念的に。
「影の中から出てきて選択を」
「できない」
「できます。俺がついています。ずっと前から」
というように。

少年期のハーディがヴァンスに語る台詞もいい。
「ゴルフが好きなのか?」
「ゴルフは最高だもの。難しいけれど楽しいゲームだ。戦う相手は緑の芝のボールと自分だけ。自分にペナルティを課すゲームだ。誰もが正直に点をつける。そんなゲーム、他にある?」

ポケットから卵を産んだことがあるゴルファー諸君はぜひ、この台詞を忘れないようにしていただきたいものである。

実際のエピソードも散りばめられているマッチ・シーン

エキジビションマッチに招かれるのがボビー・ジョーンズとウォルター・ヘーゲン。
球聖と呼ばれたボビー・ジョーンズがオーガスタ・ナショナルクラブやマスターズの創設に関わったことは有名だが、その解説は次に譲る。
ウォルター・ヘーゲンもまた当時はボビー・ジョーンズに劣らない名選手であり、「プロ中のプロ」と呼ばれた。
この2人のエピソードがマッチのいたるところに散りばめられているのが面白い。
たとえば最終ホール、浜辺に打ち込んだヘーゲンが裸足になってショットを打つシーンとか(ウォルター・ヘーゲンは「両足の”グリップ・オブ・ザ・グラウンド"は手に勝るとも劣らない要素」と名言を残している)。

ボビーを演じたのはジョエル・グレッチ。
日本では知られていないが、この映画に関していえばボビー・ジョーンズの流麗なスイングをコピーしたかのように再現している。
またウォルターを演じたブルース・マッギル(こちらは「冒険野郎マクガイバー」でお馴染み)もスタンスの広いスイングをしっかり再現している。
マッチのシーンは心理戦も含め疎かにしていないのが、ゴルフ映画としての面目を保っていると言えるだろう。
なぜ、日本を含めた多くの(マナーすら知らないような)ゴルファーはこの映画を見ないのだろう?
YouTubeのレッスン動画を見るより(上手くならないかもしれないが)ゴルフの大切なエッセンスがいっぱい詰まっているというのに…。

追記

映画はこのマッチに関わるハーディという少年の目線が多用されている。冒頭はジャック・レモンが扮する老齢を迎えた心臓を患っているハーディのモノローグから始まる。
若い人には馴染みのない俳優だろうが、その演技力が光る作品群は数多。
個人的には夫婦でアル中に陥る「酒とバラの日々」が最高傑作だと思う。
ちなみにこの作品、「バガー・ヴァンスの伝説」がジャック・レモンの遺作となった。

ハーディは手引トロリーで1人でプレーしているのだが、林に打ち込んだボールを探しに行った時、心臓発作を起こしてラフの中に倒れ込む。

そして倒れ込んだ表情を見ると、わずかに笑っているのだ。

私も、できるならこんな死に方をしたい。

Play Will Continue!








この記事が参加している募集

映画が好き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?