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リンクスランドをめぐる冒険Vol.46 オーガスタのもっとも基本的で大切な意匠

リンクスコースの対極にあるオーガスタ


「これはビギナー向けのコースだ」
1932年、ボビー・ジョーンズと共同創設者のクリフ・ロバーツ、そしてコース設計者のアリスター・マッケンジーがオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブをオープンさせた時のニューヨーク・タイムズ誌の評価だ。

酷評と言ってもいい。
「その通りです。でもこれが、皆が待望していたコースなのです。でもトッププロも、トップアマも大いに楽しめるコースなのです」と3人は答えた。

天国のゴルフコース、とその美しさが讃えられる反面、魔物が住んでいると言われるほど難コースに表現されることもあるオーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブ。
ここのクラブの会員はわずか世界で300人程度。
会員同伴以外で一般人は回ることができず、ジャック・二クラスでさえ予約も同伴者もなしで訪れた際、断られたという(マスターズ優勝前)。

ラフがほとんどなくバンカーが少なく、芝は絨毯のように均一で密集しており、ホールごとに違う花が咲き、会員数が限定されたプライベートコース。
パブリックコースで大地がデザインしたリンクスの代表格、セント・アンドリュースのオールドコースとは対極にある(…のはずだったが、その両者の間隔はかなり縮まってきている。これはセント・アンドリュースの記事を書く時に詳しく)。

対極にある2つのコース、じつは根っこの部分で繋がっている、と言って信じるだろうか?
…同じゴルフ場じゃん、というのはダメである。


マッケンジー博士とボビー・ジョーンズがオーガスタを作る場所の下見をしているところ

オーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブのコースを設計したのはスコットランド出身のアリスター・マッケンジー博士。
ゴルフのキャリアはシングルプレーヤーだったそうだが、彼が就いたのは医師。大英帝国軍医として第二次ボーア戦争に従軍している。
1914年、アメリカの「カントリーライフ」誌が募集した「理想の2ショットデザイン」つまりpar4ホールの設計コンペティションに優勝したことがゴルフコース設計者を志すきっかけになった。
マッケンジー博士の設計したpar4の特徴は初心者から上級者まで、その技量に合わせた攻略ルートが詳しく描かれていること。
点ではなく面で考えられる戦略性を持ったホールだった。

これがマッケンジー博士のコンペで優勝したホール設計。安い信之著「オーガスタのルーツは南アフリカにあり」から引用。マッケンジー博士に関して、日本語でもっとも詳しく書かれている本。

近代ゴルフコースの礎となった「ゴルフコース設計論」

マッケンジー博士がゴルフ業界で有名になったのは1920年に「ゴルフコース設計論」を執筆してから。その設計の基本理念には「老若男女、技術力に関係なく誰でも楽しめるコースでありながら、その人の技術力に合わせた挑戦意欲を掻き立て、成功した時には良い結果が得られるコース」であるべき、と記されている。

その頃のゴルフコースといえば前半9ホールをゴーイングアウト、後半9ホールをカミングインと称し、18ホールのスループレーが常識だった。
とくにリンクスコースはラフを伸ばし放題、フェアウェイには固いコブでボールがどこに転がるか分からない、ラフに入ればロストは必至。
このストロングさこそ自然と戦うゴルフではないか!というのがスコットランド気質、なのだが。
実際は18ホールのスループレーは女性や高齢者に厳しく、ビギナーには難しすぎたし、何より(当時は)高価だったボールがラフに入るとすぐなくなる、というサイレント・マジョリティが多くいた。

マッケンジー博士が提唱したのは前半9ホールをフロントライン、後半9ホールをバックナインと称し、9ホールごとにクラブハウスへ戻るスタイル。
またラフは短く刈ってボールが無くならないようにする、バンカーも少なくして無用のペナルティを避ける、ゴルフコースは人間と自然の戦いの舞台ではなく、人間対人間の戦いの舞台にする、という思想。
ただし、コースをカンタンにするというのではない。プレーヤーの技術力に合わせたいくつもの攻略ルートを備えていることが大切な条件となっている。

私たちが日本のコースで常識と思っていることのほとんどは、マッケンジー博士の設計理念に基づくものだった、と言っても過言ではない。

この考え方は(主にアメリカで)高い評価を得たが、やはりコース建造には膨大な費用がかかるため、なかなかマッケンジー博士に同調するコースは現れなかった。
最初にマッケンジー博士へ依頼したのはオーストラリアの名門、ロイヤル・メルボルンGC。1926年、西コースの改修を任せたことでマッケンジー博士の名声は一気に高まった。
マッケンジー博士はその後、海に突き出た16番がシグネチャーホールとなっているサイプレスポイント・クラブなどを設計して不動の地位を築く。

オーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブの設計にマッケンジー博士へ白羽の矢が立ったのはボビー・ジョーンズがサイプレスポイントでプレーしたことがきっかけとなった。
「リンクスコースとは違った近代的なゴルフコースを作りたい」という2人の共通の願いが、オーガスタ・ナショナル・ゴルフ・クラブの意匠を完成させた。

…ところでオーガスタとオールドコースが根っこのところで繋がっているという話。
マッケンジー博士はリンクスコースを嫌っているわけでもなければダメ出ししているわけでもない。
マッケンジー博士はR&Aの会員でもあり、オールドコースを「神が与えた教科書」と絶賛している。
彼の著書「The Spirit of St.Andrews」にはオールドコースに対する深い敬愛が込められているだけでなく、各ホールの攻略や歴史なども詳しく書かれていることからもオールドコース、ひいてはリンクスコースに対するリスペクトが推測できるだろう(残念ながら日本語訳本は出版されていない)。
彼の「ゴルフコース設計論」の理念の中には、このような一文もある。

すべての自然の美しさは保存されていなければならない。自然のハザードはそのまま利用し、人工的なものは最小限に留めなければならない。

リンクスコースなくして近代的コースはあり得ない。
リンクスコースの良い点を継承しつつ、近代的なコースを設計する。
これこそ、マッケンジー博士の設計理念。

幸い、今回のスコットランド1人旅でマッケンジー博士が改修に携わったコースを回ることができた。
次回はその話。

P.S. おかげで9ホール回った後、たらふく旨い飯を喰ってビールをガブ飲みできる、というのはけっしてマッケンジー博士の本位ではない(とも思うが、それもまた日本のゴルフなのだろう。大目に見ようではないか)。

マッケンジー博士が描くオーガスタ14番ホールの攻略4ルート

Play Will Continue!












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