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短編『危機』

 一週間後、地球に隕石が衝突する。

 全世界、ほぼ同時に隕石に関するニュースが駆け巡った。驚きだったのは、直径約十キロメートルもある隕石が、今の今まで気付かれなかったことだ。世界中の国や機関が、調査対応に追われた。

 ニュースが入った数時間後には、隕石衝突に関する情報が、様々な場所から全世界に共有された。大まかな情報は以下の通り。

 現状のままだと隕石は太平洋の真ん中、日本とカリフォルニアの中間くらいに落ちる。

 地球が壊滅というレベルではないが、衝突の際に巻き上げられる物質に、特定の成分が多く含まれると、太陽光を遮る期間が長くなり、人類滅亡レベルの氷河期が訪れる。もちろん人類が経験したことのない大きさの地震、津波、火山活動、その他、悪夢のような環境が人類を包み込む。

 唐突に現れた隕石。通常、地球に接近する隕石のほとんどは、火星や木星に付帯する小惑星帯や、カイパーベルトと呼ばれる場所からやってくる事が多い。あらゆる調査が行われたが、不可思議な点も多く、不気味に静かに忍び寄る、隕石に模した巨大宇宙船ではないかと言い出す調査機関も現れた。

「所長。本当に上手くいくのでしょうか?」

「心配しなくていい。これで核ミサイルは綺麗になくなる。これで地球は綺麗になる」

 数人の研究員たちが一人の男に詰め寄って言った。信念を持って計画を進めてきた研究員たちだったが、予想していたとはいえ、パニックに陥る世界を見て不安を抱かずにはいられなかった。

 電磁パルスを応用し、地表から八百キロメートルの宇宙空間に、ほぼ透明なオーロラを作り出す。そのオーロラをスクリーン代わりに巨大な隕石を投影する。計測や観測目的のレーザー、電磁波等はオーロラのうねりや強弱を設定し、自由にコントロールできる。

「世界を信じて様子を見よう。世界は、人類は必ず一つになれる」

 所長の言葉をみな、静かに聞いていた。少しの沈黙の後、別の部屋にいた研究員が飛び込んできて、アメリカとロシアの共同会見が始まりますと告げた。

「世界のみなさん、我々は今、人類史上初で最大の危機に面しています‥‥」

 アメリカとロシアの大統領が対面で、その他、中国、フランス、イギリス、インド、パキスタン、北朝鮮、八ヵ国のトップが、リモートで緊急会談を行い、会見を開いた。普段は互いに覇権利益を争う関係の国々が、モニターに勢揃いしていた。

 会見で語り始めたのがロシア大統領であったのが、世界中の人々を驚かせたが、所長は腑に落ちた表情でモニターを見つめていた。

 グラスの水を一口飲み、ロシア大統領は淡々と言葉を並べた。隕石が約六日ほどで地球に衝突すること。世界中が協力し、核爆発の力で衝突を回避する作戦を実施すること。現在、核保有国は、ここで会談している八ヵ国であり、規模は様々だが、合わせて一万三千発の核ミサイルを保有していること。そのうち過半数をロシアが保有していること。

 ここまで説明したロシア大統領は、グラスの水をもう一度口に含み、アメリカ大統領に目配せをした。アメリカ大統領は立ち上がり、ロシア大統領に歩み寄ると握手をし、入れ代わり壇上に立った。彼もまた口に水を含み、咳払いを一つしてから、力強く語り始めた。

 百パーセント作戦通りに事が進んでも、隕石からのダメージをゼロにするのは非常に厳しい。少しでもこの地球を人類を守るためには、我々八ヵ国の力だけでは難しいものがある。現在、ミサイル発射技術及び施設の提供をほぼ全世界の国々が快諾し、共に動き始めている。

 アメリカ大統領は演説途中で、大統領補佐官から一枚の紙を受け取った。

 核保有国として正式にはカウントされていなかったが、事実上核を保有しているとみられている、イスラエルから正式に核ミサイルと施設の提供の申し出があったようだ。

 「世界は今、一つに。一週間後、世界中のみんなで祝杯をあげよう!」

 こうして世界は一つになり、隕石を破壊するために動き出した。大きな敵に立ち向かうため、官民問わず、心を一つにしていた。多少の暴動や混乱はあったが、人間の心の強さ、優しさ、そして美しさが証明されたと言ってもいいだろう。

 隕石衝突まで三日と迫った日。時は来た。核ミサイル発射の準備が整い、全人類が固唾を飲んでいた。カウントダウンがなされ、世界中が祈りを込めて天を仰いだ。

「所長。やりましたね。地球上の核ミサイル、全て消えますね。それにしても、圧巻の景色ですね!」

 無数のミサイルが天に向かっていく姿を見て、研究員たちは所長に次々に声をかけた。所長は無表情で答えた。

「圧巻なのは、これからだよ」

 天に向かって飛んでいたミサイルたちが、オーロラに跳ね返されて、次々地上に降ってきた。


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